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第128話:外部監査役ガルディオ、白い法衣の黒い笑み

第128話をお読みいただきありがとうございます!


今回は、地下鈴室で証拠を掴んだアレンたちの前に、外部監査役ガルディオ司祭が現れる回です。

ノエルが震えながらも帳簿を返さない場面と、ルシアンが公的に介入する流れに注目していただけると嬉しいです。

 地下鈴室から上がる階段は、降りた時よりも冷えていた。


 白霧は足元から逆流し、壁に並ぶ小さな銀鈴を音もなく震わせている。ノエルは鈴番記録を胸に抱え、細い指を白くしていた。


「怖いか」


 アレンが問うと、ノエルは小さく頷いた。


「……怖いです。けれど、もう知らなかったことには、できません」


「それでいい。震えても足が前に出るなら、十分だ」


 その言葉に、ノエルの薄紫がかった灰色の瞳がかすかに揺れた。礼を言おうと唇が動く。だが、アレンは先に視線で制した。


「礼も詫びも、無事に生き残ってからだ」


 小礼拝堂へ戻った瞬間、薬草と香油の匂いが鼻を刺した。


 強すぎる。


 さっきよりも濃い。まるで、床下から上がってきた白霧の匂いを、無理やり塗り潰そうとしているようだった。


 アルクが黒犬の姿で低く唸る。


「あるじ。甘い。くろい」


「分かってる」


 アレンは黒誠を手にしたまま、礼拝堂の扉へ目を向けた。


 扉の向こうに、人の気配がある。


 殺気ではない。敵意でもない。もっと厄介な、整えられた静けさ。剣を抜く相手ではなく、書類と印章で人を殺す者の間合いだった。


 扉が開いた。


 そこに立っていたのは、白い法衣をまとった痩身の男だった。年は四十前後。淡い灰金の髪を後ろへ撫でつけ、細い銀縁の眼鏡の奥で、薄い琥珀色の瞳が柔らかく笑っている。


 胸元には、銀の鐘を囲む白蔦の聖印。


 ただし法衣の裏地だけが、夜の水底のように黒かった。


「夜分に小礼拝堂を騒がせていると聞きましてね。これはこれは、聖アイビス国立魔法学園の皆様でしたか」


 男は優雅に頭を下げた。


「外部監査役、ガルディオと申します」


 ノエルの肩が、目に見えて強張った。


 エステルもまた、青い瞳を伏せる。


「ガルディオ司祭……」


「シスター・エステル。困りますね。封鎖済みの地下区画へ、外客を案内するなど。しかも、下級聖女見習いを同行させるとは」


 柔らかな声だった。


 叱責ではない。祈りの言葉のように、丁寧で、静かで、逃げ道を塞ぐ声。


「その子は、銀鈴感応が少々不安定です。強い霧を浴びると、記憶と記録を混同することがある。今夜のことも、可哀想に、恐怖から何かを見間違えたのでしょう」


「見間違え、ですか」


 ノエルが震える声で言った。


「鈴番記録に、私の名ばかりが記されていました。地下の銀鈴には、黒い楔が」


「ノエル」


 ガルディオの声が、少しだけ低くなった。


「祈りの場で、己の不安を真実のように語ってはいけません。あなたは昔から、痛みを自分のものにしたがる。だから皆、あなたを心配しているのですよ」


 ノエルの顔から血の気が引いた。


 自分を責める癖のある者ほど、こういう言葉に弱い。心配という形をした縄は、責め言葉よりも深く食い込む。


 アレンは一歩、前へ出た。


「ずいぶんと都合のいい心配ですね、司祭殿」


 ガルディオの視線が、初めてアレンへ向く。


「あなたが、鳴らぬ方ですか」


「鳴らぬ方?」


「清めの銀鈴が沈黙したと聞いています。祝福を受けなかったのか、それとも鈴があなたを測れなかったのか。興味深い」


 薄い笑みの奥に、黒い光が一瞬だけ滲んだ。


 アレンの三白眼が細くなる。


 この男は知っている。


 少なくとも、ただの聖職者ではない。アレンという異物を、すでに観察対象として見ている。


「質問に答えていませんよ。ノエルへ半年も鈴番を押しつけた理由を聞いている」


「押しつけた? いいえ。記録にあるものは、正式な配置です。鈴番記録は白蔦の門の管理物。勝手に持ち出せば、盗難になります」


 ガルディオは、ノエルが抱えた帳簿へ手を差し出した。


「返しなさい、ノエル。それはあなたの手に余るものです」


 ノエルの指が震える。


 だが、帳簿は離さなかった。


「……いいえ」


 小さな声だった。


 けれど、逃げなかった。


「これは、私だけのためではありません。今まで鈴番だった方々と、これから鈴番にされる方々のために、確かめなければいけません」


 ガルディオの笑みが、ほんのわずかに薄くなった。


 次の瞬間、廊下の奥から足音が響いた。


「その帳簿については、僕たちも確認させてもらうよ」


 ルシアンだった。


 寝間着の上に外套を羽織っただけの姿だが、その瞳は完全に覚めている。隣には、黒犬姿のアルクに呼ばれて来たのだろう、リナとフェリスも控えていた。


 アレンは公的な顔へ戻り、一歩下がる。


「ルシアン様」


「アレン、状況はだいたい分かった。ここからは、表の手続きも必要だね」


 ルシアンはガルディオへ向き直る。


「聖アイビス国立魔法学園の実地研修中に、同行者が関わる儀式で不正の疑いが出た。僕はグランヴェル公爵家の名において、正式な説明を求めます」


 ガルディオは、深く、深く一礼した。


「もちろんです、ルシアン様。ですが、ここはオルフェリア聖教国の巡礼施設。最終判断は、古鐘都市の聖務監査院で行うべきでしょう」


 その言葉に、エステルが息を呑む。


「まさか、ノエルを……」


「保護です」


 ガルディオは穏やかに告げた。


「明朝、ノエル・アルヴィーネを古鐘都市へ移送します。鈴番記録も、黒い楔とやらの訴えも、すべて聖務監査院で精査しましょう。外客の皆様にも、正式な立会いを認めます」


 逃げるのではない。


 より大きな場所へ、舞台を移す気だ。


 アレンはその狙いを悟り、口元だけで笑った。


「上等だ」


 ガルディオの眉がかすかに動く。


「古鐘都市だろうが、聖務監査院だろうが構わねえ。糸を握ってる奴が奥にいるなら、奥まで行くだけだ」


「勇ましいことです」


 ガルディオは微笑む。


「ですが、祈りの国では、刃よりも鐘の音が遠くまで届きますよ」


「なら、その鐘が鳴る前に止める」


 アレンの声は低い。


 黒誠の柄が、かすかに鳴った。


 白い法衣の司祭は、最後まで柔らかく笑っていた。


 だが、その背が廊下の闇へ消える瞬間、アルクがぽつりと呟いた。


「あいつ。人の匂い、うすい」


 アレンは目を細めた。


 白蔦の門で見つけた黒い楔。


 鈴番記録。


 そして、人の匂いが薄い司祭。


 オルフェリア聖教国の夜は、まだ明けない。


第128話をお読みいただきありがとうございました!


今回は、直接戦闘ではなく、優しい言葉や正式な手続きで相手を追い詰めてくる怖さを意識しました。

ノエルが小さな声で「いいえ」と拒む場面は、彼女にとって大きな一歩だったと思います。

ガルディオ司祭の白い法衣と黒い裏地も、かなり不穏にできたかなと感じています。


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