第127話:地下鈴室、白蔦に刺さる黒い楔
第127話をお読みいただきありがとうございます!
今回は、地下鈴室へ降りる回です。
白蔦の門の儀式が本来どういうものだったのか、そしてノエルに負担を押しつけ続けた証拠が少しずつ明らかになります
礼拝堂の床に現れた石の継ぎ目は、白霧を吸い込むように静かに開いていた。
地下へ続く階段は、思っていたよりも古い。
白い石ではない。灰色にくすんだ石材に、幾重にも白蔦の紋様が刻まれている。壁には小さな銀鈴が等間隔で並び、アレンたちが一段降りるたび、音もなく震えた。
アレンは黒誠を手に、先頭を歩く。
その後ろを、黒犬姿のアルクが低く身を沈めて進んだ。さらにノエル、シスター・エステルが続く。
「本当に……地下鈴室が開くなんて」
エステルの声は、かすかに震えていた。
「知らなかったのか」
「存在は古文書で知っていました。けれど、白蔦の門の鈴室は、何十年も前に封じられたはずです」
「封じた理由は?」
「白霧の流れを、大地へ返すための中枢だったと。けれど扱いが難しく、鈴番の負担が大きすぎるため、上層の小礼拝堂だけで儀を行う形へ変わった、と記録には」
アレンは鼻で笑った。
「記録ってのは便利だな。都合の悪いところを削れば、綺麗な歴史になる」
ノエルが小さく肩を揺らした。
「それでも……ここで救われた方々は、本当にいました。嘘だけでは、ないと思います」
「ああ。だから全部を斬る気はねえ」
アレンは振り返らずに言った。
「腐ったところだけ見る。そう言っただろ」
ノエルの片耳で、銀鈴の耳飾りが微かに鳴った。
階段の先に、丸い空間が広がっていた。
地下鈴室。
天井から吊るされた古い銀鈴は、上の礼拝堂のものよりも大きく、ひび割れた表面に白蔦の浮き彫りが絡んでいる。床には巡礼路の地図のような溝が走り、そこへ白霧がゆっくり流れ込んでいた。
本来なら、ここで霧は濁りを失い、大地へ返るのだろう。
だが今は違う。
銀鈴の胴に、黒い楔が三本打ち込まれていた。
楔は釘というより、黒く乾いた蔦の根に近い。銀鈴へ深く食い込み、そこから細い黒筋が上階へ伸びている。
「あるじ。あれ、いたい匂い」
アルクが牙を剥く。
「噛むな。反動が上へ飛ぶ」
アレンは黒誠の先で床の溝に触れた。
白霧の流れが、指先に触れる冷水のように伝わってくる。巡礼者の疲労、不安、眠れぬ夜の気配。その大半は、まだ清い流れだった。
黒いのは、楔の周りだけだ。
(本体は腐ってねえ。横から刺されて、流れを曲げられてる)
その時、鈴室の壁に影が揺れた。
白霧が人の形を取り、古びた修道服の輪郭を作る。顔はない。だが、首元には鈴番の印があった。
「鈴番の残響……」
エステルが息を呑む。
白霧の人影は、声なき声でアレンたちへ手を伸ばす。責めるでも、襲うでもない。ただ、止めてほしいと縋るような動きだった。
だが、黒い楔が脈打った瞬間、人影たちの腕が鋭く歪む。
霧の刃がノエルへ向かった。
「っ……!」
ノエルは逃げなかった。
両手を胸の前で重ね、震えながらも祈りの形を作る。
「私は、受けるだけにはなりません……!」
銀鈴の耳飾りが、澄んだ音を立てる。
ノエルの祈りは、刃を受け止めた。だが、力は弱い。すぐに霧の圧に押し潰されそうになる。
アレンはその横を、瞬歩で抜けた。
黒誠の先端が、霧の刃の根元を叩く。
パキン。
魔力殻ではない。もっと柔らかい、傷の殻だ。黒誠はそれを割らず、縁だけを押し広げる。
「飲み込むな、ノエル。押し返すんじゃねえ。流せ」
「流す……?」
「自分の中に入れるな。手の外を通せ」
ノエルは息を整えた。
両手の間に、小さな白い輪が生まれる。霧の刃はその輪を通り、床の溝へ落ちた。
鈴室の床が、かすかに明るくなる。
エステルが目を見開いた。
「大地へ返した……」
「本来のやり方は、そっちだろ」
アレンは黒い楔を睨む。
その根元に、薄く刻まれた紋があった。
黒い円環。
その内側に、小さな鐘。
「黒の円卓」
エステルが呟いた。
ノエルの顔が青ざめる。
「では、聖教国の儀式が……外から」
「外からだけとは限らねえ」
アレンは鈴室の隅へ目を向けた。
そこには古い帳簿棚があった。黒い楔から伸びた筋が、棚の一冊へ絡んでいる。
アレンが黒誠の柄で棚を叩くと、一冊の帳簿が床へ落ちた。
表紙には、鈴番記録と書かれている。
ページを開いたエステルの表情が、凍った。
「……半年分、ほとんどノエルの名ばかりです」
ノエルは言葉を失った。
アレンは帳簿を見下ろす。
同じ筆跡。同じ承認印。同じ夜。
事故ではない。
習慣でもない。
誰かが選んで、押しつけ続けた。
「証拠は出たな」
アレンは黒誠を腰へ戻さず、低く言った。
「エステル。上で誰がこの帳簿に触れる」
「鈴務長と、白蔦の門の上席修道女。それから……外部監査役の司祭です」
「名前は」
エステルが唇を噛む。
「ガルディオ司祭。今夜、この宿にいます」
その名が出た瞬間、黒い楔が激しく鳴った。
鈴室全体が震え、白霧が一斉に上へ逆流し始める。
ノエルがふらつく。
アレンは彼女の肩を片手で支えた。
「立てるか」
「……はい。まだ、立てます」
その声は細い。
だが、折れてはいなかった。
アレンは口元だけで笑う。
「なら上等だ。次は、糸を握ってる奴の面を拝みに行く」
地下の古い銀鈴が、低く鳴った。
それは悲鳴ではなく、長く閉じ込められていたものが、ようやく誰かに見つけられた時の、かすかな安堵の音だった。
第127話をお読みいただきありがとうございました!
今回は地下鈴室の雰囲気と、ノエルが少しだけ自分の祈りを制御する場面を大事にしました。
「受けるだけ」だったノエルが、霧を自分の中に入れず大地へ返すところは、彼女の小さな成長として書いています。アレンが証拠を見つけて、次の相手へ刃を向ける流れも気持ちよく繋がったと思います。
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