第123話:白蔦の門、鳴らぬ銀鈴
第123話をお読みいただきありがとうございます!
今回は、オルフェリア聖教国の入口である白蔦の門へ到着する回です。
清めの銀鈴がアレンだけに鳴らない場面や、案内役シスター・エステルの不穏な反応に注目していただけると嬉しいです。
巡礼路は、思っていたよりも穏やかだった。
王都を離れた馬車列は、畑と低い丘の間を抜け、西へ進む。道端には旅人用の小さな祈り石が点々と置かれ、そのたびに教師たちは「聖教国との国境が近い証だ」と生徒たちへ説明していた。
表向きは研修。
だが、アレンの目には、道そのものが巨大な血管のように見えていた。
巡礼者、薬草商、治療を求める親子、護衛つきの貴族馬車。
癒やしを求める者が集まる道は、噂も、病も、恐怖も運ぶ。
(よく出来た道だ。善意で敷かれたもんほど、悪党が踏み荒らしやすい)
アレンはルシアンの馬車の外側に座り、周囲の気配を拾っていた。足元では黒犬姿のアルクが丸くなっている。眠っているように見えるが、耳だけが時折ぴくりと動いた。
「アレン」
馬車の窓から、ルシアンが小声で呼ぶ。
周囲に聞かれない距離だったため、アレンは少しだけ肩の力を抜いた。
「なんだ、ルシアン」
「道中はどう?」
「今のところ、襲撃の気配はねえ。ただ、巡礼者の数に比べて、荷の中身が軽い連中が混じってる」
「物見かい?」
「たぶんな。どこの飼い犬かまでは、まだ分からん」
ルシアンは小さく頷いた。
「やっぱり、聖教国へ入る前から情報戦か」
「癒やしの国へ向かう道だ。腹の傷だけじゃなく、腹の内まで見られると思っておいた方がいい」
「分かった。僕は表の挨拶を整える。君は裏の匂いを見て」
「最初からそのつもりだ」
二人の会話は短い。
それだけで十分だった。
昼を少し過ぎた頃、馬車列の前方に白い石造りの門が見えてきた。
白蔦の門。
名前の通り、門の両脇には白い蔦が絡みつき、中央には銀の鐘が吊られている。鐘は大きくはない。だが、陽光を受けるたびに、ただの金属とは思えない柔らかな光を返していた。
門の前には、白い修道服をまとった若い女性が立っていた。
淡い薄緑の髪を首元でまとめ、胸には銀の鐘を囲む白蔦の紋章。穏やかな笑みを浮かべているが、その薄青い瞳は、馬車列の人数、護衛、荷の種類まで一瞬で数えていた。
「聖アイビス国立魔法学園の皆様ですね。私はオルフェリア聖教国、白蔦の門の案内役を務めます、シスター・エステルと申します」
エステルは丁寧に頭を下げた。
「長旅、お疲れ様でございました。ここから先は聖教国の巡礼路です。入国前に、清めの銀鈴をお通りください」
「清めの銀鈴?」
リナが小声で呟く。
その隣でミレイが少し肩を強張らせた。
鐘。
その言葉は、彼女にとってまだただの音ではない。
リナは何も言わず、ミレイの手を握った。
「大丈夫。嫌だったら、私が一緒に行くから」
「……うん」
アレンはその様子を横目で見ながら、門の銀鈴を見上げた。
清め。
祈り。
安全。
そういう言葉が塗られたものほど、中身を確かめる必要がある。
まず、教師たちが通った。
ちりん、と澄んだ音が鳴る。
次に生徒たち。
セレナが通ると、銀鈴は明るく細い音を返した。リナがミレイの手を引いてくぐると、鈴は一瞬だけ震えたが、音は濁らなかった。
ミレイは小さく息を吐く。
「……怖くなかった」
「でしょ?」
リナが得意げに笑う。その栗色のポニーテールの先が、ほっとしたように揺れた。
ルシアンが通ると、鈴は一段深い音を鳴らした。
周囲の修道士たちが感嘆したように目を見開く。高い魔力と整った器を、銀鈴が祝福したのだろう。
だが、アレンはその音に興味を示さなかった。
彼の視線は、銀鈴の内側にあった。
鐘の舌。
そこに、髪の毛より細い黒い筋が絡んでいる。
(なるほどな。綺麗に掃除された表の奥に、一本だけ残してやがる)
そして、アレンの番が来た。
「どうぞ」
エステルが微笑む。
アレンは無言で門をくぐった。
銀鈴は、鳴らなかった。
風が止まったような沈黙。
周囲の修道士たちが、ほんのわずかに息を呑む。
アレンの足元で、黒犬姿のアルクが低く唸った。額に隠した小さな角の奥が、布越しに赤黒く熱を帯びる。
エステルの薄青い瞳が、一瞬だけアレンとアルクを捉えた。
だが彼女は、すぐに柔らかく笑った。
「長旅の砂塵で、鈴の機嫌が少し悪いようですね。失礼いたしました」
「機嫌、ですか」
アレンは静かに返す。
「ええ。聖具も、人の祈りを受け続ければ疲れるものですから」
上手い言い方だった。
不安を広げず、失礼にもならず、現象を誤魔化す。
ただの案内役にしては、随分と慣れている。
ルシアンが穏やかな笑みで前へ出た。
「お気遣いありがとうございます、シスター・エステル。僕たちは、この門で一泊する予定と聞いています」
「はい。巡礼宿をご用意しております。古鐘都市へ向かうのは明朝がよろしいでしょう。夕刻以降の巡礼路は霧が出ますので」
「霧、ね」
アレンの声が少し低くなる。
エステルは変わらず微笑んだ。
「白い霧です。旅人を迷わせるものではなく、疲れた足を冷ますためのもの。……本来は」
最後の一言だけが、わずかに沈んだ。
アレンはそれを聞き逃さなかった。
宿へ向かう馬車列が再び動き出す。
その途中、アルクがアレンの足元へ身を寄せ、小さく喉を鳴らした。
「クゥ……」
「どうした」
黒犬の口元が、わずかに動く。
人には聞こえないほど小さな声で、アルクは言った。
「白い門。中、くろい。あの女、嘘の匂い。でも、悪い匂い、ちがう」
「そうか」
アレンは振り返り、遠ざかる銀鈴を見た。
鳴らなかった鈴。
笑って誤魔化した案内役。
白い霧。
そして、鐘の舌に絡んだ黒い筋。
(こいつは、宿で一晩のんびりとはいかなそうだ)
白蔦の門は、一行を穏やかに迎え入れた。
だがその清らかな白の奥で、何かが確かに息を潜めていた。
第123話をお読みいただきありがとうございました!
今回は、癒やしの国らしい清らかな入口と、その奥に混じる黒い違和感を書くのが楽しい回でした。
ミレイを支えるリナの優しさや、アルクの匂い探知も良いアクセントになったと思います。
エステルは嘘をついていますが、悪意だけではなさそうなところがポイントです。
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