第119話:鐘楼の国へ、学園外実地研修
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今回は、大会中断後の学園に新しい動きが出るお話です。次の舞台となるオルフェリア聖教国への学園外実地研修が提案され、ミレイやリディアの今後にも触れていきます。
魔法競技大会の一時中断が正式に告知された翌日。
聖アイビス国立魔法学園は、奇妙な静けさに包まれていた。
競技場は封鎖され、教師たちは地下導線の調査に追われている。生徒たちには平常通りの講義再開が伝えられたが、誰もがどこか落ち着かない顔をしていた。
祝祭の熱が、急に蓋をされたのだ。
その重さを見越していたように、学園長ヴァルターは午後、主要な生徒と関係者を学園長室へ呼び集めた。
室内には、ルシアン、セレナ、リナ、ミレイ、クロード、エレナ、アルベルト、そして第一王女クリスティアの姿がある。エレノアは壁際に腕を組んで立ち、アレンはルシアンの斜め後ろで完璧な執事の顔を貼り付けていた。
「大会は終わったわけではない」
ヴァルター学園長は、白い髭を撫でながら静かに切り出した。
「だが、安全確認には時間が要る。その間、君たちを教室へ閉じ込め、ただ不安だけを熟成させるのは教育として下策だ」
「では、どうなさるおつもりですか」
ルシアンが問う。
ヴァルターは机上の地図を広げた。
王都の西。山道と巡礼路を越えた先に、小さな国の名が記されている。
オルフェリア聖教国。
「学園外実地研修を行う」
その言葉に、室内の空気が揺れた。
セレナの背に流れる金の長髪が、驚きに合わせてさらりと揺れた。
「学園外……つまり、王都の外へ出るということですの?」
「そうだ。行き先はオルフェリア聖教国。表向きの目的は、医療魔法交流、巡礼路の安全確認、そして先日の事件で傷ついた生徒たちの慰問を兼ねた視察となる」
「ずいぶん急な話ですね」
クロードが静かに言った。
彼の声には、警戒が混じっている。精神魔法の裏を知る少年らしい、柔らかいが鋭い視線だった。
エレノアが小さく笑う。
「急だから意味があるのよ。学園の中に閉じこもっていると、黒の円卓が残した恐怖だけが膨らむ。外へ出て、別の空気を吸わせる。教育としても、精神衛生としても悪くないわ」
「それだけではありませんわね」
エレナが扇子を開き、冷たい三白眼で地図を見下ろした。
「オルフェリアは古い鐘楼で有名な国。黒の円卓が鐘を使う以上、ただの慰問旅行で済むとは思えません」
「その通りだ」
ヴァルターは隠さず頷いた。
「聖教国側からも、巡礼路の古い鐘楼で微弱な不協和反応が出たとの非公式連絡が届いている。現地は黒の円卓との関係を否定しているが、念のため学園の名目で目を入れる」
アレンの黒い瞳が、わずかに細くなった。
慰問。
交流。
研修。
綺麗な言葉はいくらでも並ぶ。だが、要するに黒の円卓が次に触れそうな場所へ、学生と護衛を連れて歩くということだ。
(遠足にしちゃあ、ずいぶん血の匂いがするじゃねえか)
ただ、悪い手ではない。
王国騎士団が大軍で踏み込めば、聖教国の面子を潰す。特務隊だけで潜れば、国際問題になりかねない。
だが学園の実地研修なら、表向きは教育交流で通る。
ルシアンも同じ結論に至ったらしく、地図を見つめる目が一段深くなった。
「選抜制ですか」
「うむ。全生徒を連れて行くわけにはいかん。今回同行するのは、魔法競技大会で一定以上の成績を示した者、精神干渉への耐性または解析適性を持つ者、各家の責任において護衛を用意できる者に限る」
リナが小さく息を呑んだ。
「平民の私も……対象ですか?」
「もちろんだ」
ヴァルターは穏やかに微笑む。
「君の実戦判断と近接魔法の扱いは、今回の研修でも役に立つ。身分ではなく、必要な才で選ぶ」
リナの瞳がぱっと明るくなる。
その隣で、ミレイが膝の上の手をぎゅっと握った。
「あの……私も、行っていいのでしょうか」
十年分の眠りから戻ったばかりの少女の声は、まだ細い。
だが、その瞳には逃げだけではない、小さな意志が宿っていた。
「もちろん、本人の体調と希望を最優先する」
ヴァルターの声は柔らかかった。
「だが、ミレイ君。君は精神魔法被害から戻った生きた証人であり、同時にこれから学園へ戻る生徒でもある。オルフェリアの療養院と医療魔法を見ることは、君自身の回復にも、学園の今後にも意味がある」
「……はい。怖いです。でも、行けるなら、見てみたいです」
リナが、ミレイの肩をそっと支えた。
その隣でセレナが胸を張った。
「当然、私も参りますわ。アレンの弟子として、旅先でも鍛錬を怠るつもりはありませんもの」
「お嬢様。巡礼路で木刀を振り回すのはお控えください」
「分かっていますわ! たぶん!」
たぶん、で済ませるあたりが実に危うい。
クリスティアは、そんな二人を見て小さく笑った。
「私も王家代表として同行します。聖教国との交流は、王家としても軽んじることはできません」
「殿下が動くなら、護衛の数も増えるわね」
エレノアが肩をすくめた。
「でも、護衛が多すぎると鐘の餌になる。今回もそこが厄介よ」
「リディア・ベルフォードさんは?」
クロードが地図から目を上げた。
その名が出た瞬間、室内の空気が少しだけ静かになる。
王都守護鐘の血統末裔。鐘の声を聞く少女。
今回の目的地が鐘楼の国である以上、彼女の力はあまりにも大きい。だが同時に、彼女を動かすことは危険でもあった。
「基本は王家保護下での通信支援だ」
ヴァルターは慎重に答えた。
「ただし、本人の希望と医師の許可があり、鐘の反応が強まった場合に限り、国境手前の白蔦の門まで限定同行を検討する。彼女を鍵として扱うことだけは、絶対に避けねばならん」
アレンは無言で頷いた。
利用された少女を、また道具として引きずり出すわけにはいかない。
その言葉に、室内の浮つきが一瞬で引き締まった。
アレンは一歩前へ出る。
「学園長。ルシアン様の補助員として、私も同行いたします」
「無論、そのつもりだ。むしろ君を外す方が難しい」
「それと、特務隊から少数を影に置きたい。表の護衛とは別に、街道と宿場の裏を洗わせます」
「人数は」
「多くは要りません。音を消せる者、鼻が利く者、逃げ足の速い者を数名」
ヴァルターは少しだけ苦笑した。
「君の言う人選は、教師の引率名簿には載せにくいな」
「載せる必要はありません」
アレンは涼しい顔で答えた。
「影ですから」
ルシアンが小さく咳払いした。
「アレン。今回は学園の研修だよ」
「分かっております、ルシアン様」
公の場なので、アレンは丁寧に頭を下げる。
「表向きは、学生の皆様が見聞を広げる旅。裏では、余計な鐘の舌を切る旅です」
「言い方」
ルシアンは苦笑したが、否定はしなかった。
その後、具体的な班分けと日程が告げられた。
出発は三日後。
第一目的地は、オルフェリア聖教国の国境手前にある巡礼宿場町、白蔦の門。
そこから聖教国側の案内役と合流し、古鐘都市オルフェリアへ向かう。
説明が終わる頃には、沈んでいた生徒たちの顔に、少しずつ旅立ち前の色が戻っていた。
リナは荷物に何を入れるか真剣に悩み、セレナは「巡礼路でも鍛錬着は必要ですわよね」と言い出し、ミレイはリナに支えられながら小さく旅の持ち物を尋ねている。エレナは「暑い土地なら絶対に嫌よ」と小声で不満を漏らしていた。クロードはすでに地図の余白に精神干渉の危険点を書き込み、アルベルトは全員の水と食料配分を計算していた。
まるで、普通の学生たちの遠征前のようだった。
だが、学園長室を出た後。
二人きりになった廊下で、ルシアンはアレンへ視線を向ける。
「アレン。君はどう見る」
アレンは窓の外、西の空を見た。
「ルシアン、あれは研修じゃねえ。鐘の匂いを辿るための行軍だ」
「やっぱり、そう思うか」
「ただし、悪くねえ。閉じた場所で怯えているより、足を動かした方が人間は腐りにくい。生徒たちにも、少しは外の空気が必要だ」
ルシアンは静かに頷いた。
アレンは、薄く笑う。
「それに、黒の円卓が鐘楼の国で何か仕込んでいるなら、こっちから見に行く手間が省ける」
「君は本当に、休む気がないね」
「休養ならしたさ」
「いつ?」
「蜂蜜湯を淹れている間に」
「それは休養じゃないよ」
ルシアンの呆れた声が、白い廊下に柔らかく響いた。
その笑いの先、西の空には夕陽が沈みかけている。
銀の鐘と白い蔦の国。
癒やしと祈りを掲げるその場所で、どんな音が待っているのか。
アレンは静かに目を細めた。
旅支度は、すでに戦支度へ変わり始めていた。
第119話をお読みいただきありがとうございました!
今回は重い事件続きの後に、少しだけ学園らしい「外へ出る行事」の空気を入れてみました。リナやセレナが旅支度でそわそわしている感じ、そして怖くても外を見たいミレイが可愛いですね。リディアは無理をさせず、まずは通信支援という形にしています。もちろんアレンは遠足ではなく行軍として見ていますが……そこが彼らしいところです。
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