第118話:黒鉄の皇太子、鬼を測る
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今回は王国側ではなく、帝国視点のお話です。大会中断と特務隊への報奨を、ヴィルヘルムとクラウスがどう見たのか。そして次の舞台になりそうな西方の国にも少し触れています。
王城で大会中断と特務隊への報奨が決定された、その日の午後。
王都北区に置かれたバルディア帝国使節団の離宮では、王国側とはまったく別種の沈黙が降りていた。
華美な調度はある。香のよい茶も用意されている。だが、室内にある空気は、客をもてなすためのものではない。
机の上には、四枚の報告書が並べられていた。
一枚は、アイビス王国による魔法競技大会の一時中断告知。
一枚は、王宮直轄特務隊への追加予算と臨時捜査権付与の写し。
そしてもう一枚は、黒鉄衆が密かにまとめた、黒の円卓とアレンに関する観測記録だった。
最後の一枚だけは、王国でも帝国でもない。
西方の中立国、オルフェリア聖教国の使節団に関する記録だった。
癒やしの聖術と巡礼路、古い鐘楼を多く抱える小国。軍事力そのものは帝国に遠く及ばないが、各国の貴族子弟や傷病兵を受け入れる療養院網を持つため、情報の流れだけは侮れない。
今回の大会にも、彼らは「医療魔法交流」の名目で使節を送っていた。
黒に近い帝国式軍装を纏った皇太子、ヴィルヘルム・フォン・バルディアは、窓辺から王都の街並みを見下ろしていた。
「王国は、崩れなかったな」
短い一言だった。
だが、その声には失望も賞賛もない。ただ、測定結果を告げる冷たさだけがあった。
その背後で、クラウス・フォン・バルツァー少将が葉巻の灰を落とす。
「少なくとも、貴族国家にしては応急判断が速い。王家が大会を完全中止にせず、あくまで一時中断としたこと。王子が表の旗を持ち、国王が裏の権限を即日で切ったこと。悪くありません」
「悪くない、か」
「ええ。帝国なら、もっと早く軍が制圧します。ですが、あの国の政治構造を前提にすれば上出来です」
クラウスの言葉は、褒めているようで少しも温かくない。
それでも、そこには確かな評価があった。
王国は、面子と格式に縛られる。
通常なら、王族、五家、学園、騎士団の責任の押し付け合いで、数日は空転してもおかしくない。だが今回は違った。
国王は裁可し、王子は指揮を取り、公爵家は補給を出し、学園長は中断を受け入れた。
そして、最も厄介な影の部隊へ、王命で餌と刃を与えた。
「問題は、その褒美の使い道です」
クラウスは机の上の二枚目の報告書を指で叩いた。
「爵位でも、屋敷でも、金塊でもない。隊士への報奨金。負傷者治療費。遺族扶助。遠距離部隊の装備。通信魔導具。臨時捜査権」
「平民の局長を富ませるなら、怖くはない」
ヴィルヘルムが静かに言った。
「だが、部隊を富ませた」
「はい」
クラウスの灰色の瞳が、わずかに細くなる。
「あの男は、ただの斬り手ではありません。兵を食わせ、傷を手当てし、死んだ後の家族まで制度に組み込もうとしている。兵が命令で動く段階から、居場所を守るために自発的に動く段階へ移りつつあります」
ヴィルヘルムは振り返った。
「黒鉄衆とは逆だな」
「不快な比較です」
「事実だ」
黒鉄衆は恐怖と契約で縛る。
命令は速い。裏切りも少ない。だが、命令の外側で兵が自ら考え、仲間の穴を埋めることは稀だ。
特務隊は違う。
旧外郭水門で、彼らは上から命令される前に動いた。盾が前に出て、監察が水路を読み、狙撃手が結び目を射抜き、隊長が殿を支えた。
それは、美談ではない。
戦場において、非常に厄介な自律性だった。
「アレン個人を測るだけでは足りなくなったな」
ヴィルヘルムの声に、初めてわずかな興味が混じる。
「はい。魔力ゼロの異常個体として測る段階は、もう古い」
クラウスは三枚目の観測記録を開いた。
「虚孔。黒の円卓はそう呼んでいるようですが、帝国式の分類にも該当しません。魔力計は空白を示す。精神鐘は削られる。魔力殻は斬られる。だが、単なる無効化ではない。容量が見えない器のような反応もある」
「兵器化は可能か」
「兵器は規格化できるから兵器です」
クラウスは即答した。
「あれは規格外です。無理に奪えば、保管庫ではなく戦列そのものを切り裂く危険が高い。現状では、王国に持たせておく方が読める」
「黒の円卓に渡るよりは、か」
「それが最悪です」
その言葉だけは、葉巻の煙より重かった。
黒の円卓は、王国の失態を狙っただけではない。
王族、五家、学園、帝国、特務隊。
あの場に集まったすべての力を、まとめて鳴らそうとしていた。
王国が混乱すれば餌になる。
帝国が動けば観測される。
アレンが斬れば、その刃筋さえ記録される。
敵は、勝敗そのものより、反応の収集を重んじている。
それは、帝国にとっても気味の悪い相手だった。
その時、扉の外から黒鉄衆の兵が一人、音もなく入室した。
「報告。旧外郭水門周辺、王国側の封鎖強化を確認。王城薬品搬入路、学園地下連絡路についても、王宮騎士団と特務隊の下見が入る見込みです」
「黒の円卓の痕跡は」
「灯と鏡の残滓は、ほぼ自壊。術者の魔力紋は残っておりません。ただし、薬品搬入路に、甘い薬香と白手袋の繊維片に似た反応が微量」
クラウスの視線が鋭くなった。
「似た反応、か。断定できないように残した餌だな」
「はい」
兵は頭を下げた。
ヴィルヘルムは窓の外へ視線を戻す。
王都は平穏に見えた。
市場には人が戻り、馬車は走り、遠くの学園塔には夕方の光が差している。
だが、その地下にはまだ黒い線が残っている。
「大会は後日再開される」
ヴィルヘルムが言った。
「だが、安全確認まで、生徒をただ閉じ込めておくわけにもいかん。学園は必ず別の名目を作る。調査、研修、実地学習。何でもいい。外へ出す理由をな」
「帝国からも、見学者を出しますか」
「友好の名目でな」
クラウスは短く笑った。
「それは友好ではなく、測定です」
「国際政治では、同じことだ」
ヴィルヘルムは机の上の報告書を閉じた。
その指が、最後の一枚で止まる。
「もう一つ。オルフェリア聖教国を見ておけ」
「あの小国を、ですか」
「小国だからこそだ。王国の負傷者、学園の精神魔法被害者、貴族の療養先。癒やしの看板の下には、各国の秘密が集まる。黒の円卓が鐘を好むなら、古い鐘楼を抱えた国を見逃すとは思えん」
クラウスは、報告書の端に刻まれた小さな紋章を見た。
銀の鐘を囲む、白い蔦。
「王国の学園が実地研修先を選ぶなら、負傷者への慰問、医療魔法の視察、巡礼路の安全確認。名目はいくらでも作れます」
「そうだ」
ヴィルヘルムは淡々と頷いた。
「王国がそこへ向かうなら、帝国も目を置く。黒の円卓だけに、次の舞台を選ばせるな」
「アレンを殺すな。奪うな。今は王国の内側で動かせ。あの男が何を守り、何を切るのか、観測し続けろ」
「承知しました」
クラウスが頭を下げる。
その直後、机の端に置かれていた黒銀の微細な破片が、誰にも聞こえないほど小さく震えた。
鐘の音ではない。
だが、音になる前の残響のようなものが、離宮の空気を一瞬だけ冷たくした。
ヴィルヘルムは、その震えを見逃さなかった。
「……やはり、見られているか」
皇太子の口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「面白い。ならばこちらも見返すだけだ」
王国が傷を塞ぎ、特務隊が刃を研ぎ、黒の円卓が次の鐘を沈める。
そのすべてを、帝国の黒鉄の眼が冷たく測り始めていた。
第118話をお読みいただきありがとうございました!
今回はアレン本人がほぼ出てこない回ですが、逆に「敵国から見たアレンと特務隊の危険性」を出す話でした。さらにオルフェリア聖教国という新しい国の名前も登場。個人の強さだけではなく、隊士の飯や治療、遺族扶助まで求めるところが、アレンらしくてかっこいいですね。
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