第117話:鬼が望んだ褒美
第117話をお読みいただきありがとうございます!
今回は、王城での戦後処理と報酬回です。
大会の一時中断が決まり、アレンが国王から「今の特務隊に必要なもの」を問われます。
彼が何を望むのか、特務隊局長としての顔に注目していただけると嬉しいです。
夜が明けた。
王城の高窓から差し込む朝の光は、昨夜の騒乱など知らぬ顔で白い床を照らしている。だが、謁見の間に集められた者たちの顔には、誰一人として晴れやかな色はなかった。
国王レオンハルト。
第一王子ラインハルト。
第一王女クリスティア。
ガラルド・ド・グランヴェル公爵。
学園長ヴァルター。
そして、ルシアンの斜め後ろに控えるアレン。
魔法競技大会は、黒の円卓の襲撃によって事実上の戦場へ変わった。観客の避難、潜伏者の拘束、競技場地下の封鎖、王城地下親鐘の鎮圧。どれ一つ取っても、学園行事の後始末という言葉では済まない。
「結論から告げる」
レオンハルトが玉座ではなく、会議卓の上座に立ったまま言った。
「魔法競技大会は、本日をもって一時中断とする」
室内の空気が、わずかに揺れた。
だが、誰も異を唱えない。
ラインハルトが一歩前に出る。
「中止ではありません。王家、学園、各家の共同調査により競技場と地下導線の安全を確認した後、後日、形を整えて再開します。王国が黒の円卓に屈して祝祭を失った、などという印象は残しません」
「つまり、逃げたわけではなく、仕切り直しということですね」
ルシアンが静かに言う。
「その通りだ」
ラインハルトは頷いた。
「表の発表では、観客と生徒の安全を最優先するための中断とする。裏では、旧外郭水門、薬品搬入路、学園地下連絡路の三点を重点的に洗う」
アレンは無言で地図を見た。
三つの未復帰点。
どれも黒の円卓が残した匂いを持つ。だが、どれを先に潰すにせよ、人も金も道具も要る。
腕一本で斬り込むだけでは、もう足りない。
「そこでだ」
レオンハルトの視線が、アレンへ向いた。
「此度の功績、王として見過ごすわけにはいかん。競技場、旧外郭水門、王城地下親鐘。いずれも、お前と特務隊がいなければ被害は桁違いになっていた」
アレンは一礼した。
「過分なお言葉です、陛下」
「殊勝な顔をするな。似合わん」
レオンハルトが低く笑う。
ガラルドも、どこか誇らしげに目を細めていた。ルシアンはアレンを見て、少しだけ心配そうに、しかし口を挟まずにいる。
「本来なら、爵位だの屋敷だの勲章だのを並べてやるところだが……お前がそういうものを欲しがらん男だということは、すでに知っている」
レオンハルトの視線に、からかうような豪胆さと、王としての確かな理解が混じっていた。
かつてアレンは、自分への恩賞を主君とスラムのために差し出した。
この男に、ありきたりな褒美を並べるのは野暮というものだ。
「だから聞き方を変える。アレン。今のお前と特務隊に、何が必要だ」
「では、恐れながら申し上げます」
アレンは顔を上げた。
「特務隊への正式な増額予算。今回動いた隊士全員への臨時報奨金。負傷者の治療費と、今後の遺族扶助制度の創設。加えて、遠距離部隊新設のための装備、訓練場、通信魔導具の支給を願います」
アレンの声は淡々としていた。
だが、その内容は重い。
自分の名誉ではない。
隊士の飯。
怪我をした者の治療。
死んだ時に残される者の生活。
次に死なせないための武器。
「さらに」
アレンは続けた。
「王都地下導線に残る三つの未復帰点について、特務隊に臨時捜査権をいただきたい。王宮騎士団、学園、五家の兵が表を押さえる間、裏の水路と搬入路を私どもが洗います」
ラインハルトが静かに息を吐いた。
「褒美として、任務を望むのか」
「任務ではありません、殿下」
アレンは薄く笑った。
「次に隊士を死なせないための準備です」
沈黙が落ちた。
その沈黙を破ったのは、クリスティアだった。
王女は完璧な淑女の姿勢を崩さぬまま、しかし夜空のような瞳に隠しきれない熱を宿して、一歩だけ前へ出る。
「お父様。私からもお願いいたします。あの浅葱色の方々が守ったのは、王家の面目だけではありません。学園の生徒、観客、そして王都の逃げ道そのものです。彼らが次も立てるよう支えることは、王家の務めかと存じます」
レオンハルトが、娘の言葉に満足そうに目を細めた。
その沈黙の中で、ルシアンが小さく笑った。
「本当に、君らしいね」
「ルシアン様」
アレンは公の場の声で応じる。
「私は特務隊局長です。局長が腹を膨らませるより、隊士に飯を食わせる方が先でしょう」
レオンハルトが、ついに声を上げて笑った。
「はははははっ! よかろう! 爵位より飯、勲章より武器か。実にお前らしい」
王の笑いが止むと、ラインハルトが即座に書記官へ視線を送った。
「王命として記録せよ。王宮直轄特務隊に対し、追加予算、臨時報奨金、負傷者治療費、遺族扶助制度の試験運用を認める。遠距離部隊新設に必要な弓、投擲具、簡易通信魔導具、訓練場の使用権を支給。加えて、旧外郭水門、王城薬品搬入路、学園地下連絡路に関する臨時捜査権を付与する」
書記官の羽根ペンが、慌ただしく走った。
ガラルドが深く頷く。
「グランヴェル家からも出そう。特務隊の第二訓練場と、負傷者用の療養費を一部負担する」
「父上」
ルシアンが目を見開く。
「当然だ。アレンはお前の背中を守った。ならば、我が家がその背中を支えるのも当然だろう」
アレンは一瞬だけ目を伏せた。
恩を着るのは、得意ではない。
だが、隊士のためになるなら話は別だ。
「ありがたく頂戴いたします」
「うむ」
レオンハルトは満足げに頷いた。
「ただし、アレン。お前自身にも命じる」
「はっ」
「休め」
アレンの眉が、わずかに動いた。
ルシアンがすかさず頷く。
「陛下、その命令には全面的に賛成です」
「ルシアン様まで」
「君は黙っていると、負荷を抱えたまま次の水路へ飛び込むからね」
ラインハルトも苦笑した。
「臨時捜査権は与える。だが、今すぐ一人で動くことは認めない。調査班の編成、補給、学園側との調整が済むまで、特務隊は再編と休養に入れ」
アレンは、ほんの少しだけ不服そうに沈黙した。
だが、すぐに頭を下げる。
「承知しました」
休めと言われて休むのは、性に合わない。
だが、隊士を鍛え直し、遠距離部隊を作り、次の火種を潰す準備をする時間だと思えば悪くない。
レオンハルトが最後に宣言した。
「大会は一時中断。王国は退かぬ。黒の円卓に、我らが混乱したなどと思わせるな」
朝の光が、会議卓に広がる地図を照らした。
旧外郭水門。
薬品搬入路。
学園地下連絡路。
三つの黒い点は、まだ消えていない。
だが、アレンの胸中には、昨夜とは違う熱があった。
自分一人の刃ではない。
特務隊という組織を、次の戦場へ進ませるための飯と武器と権限。
鬼が望んだ褒美は、名誉ではなかった。
次に誰かを死なせないための、泥臭い力だった。
第117話をお読みいただきありがとうございました!
今回は、アレンが「自分の名誉」ではなく「隊士を次に死なせないための準備」を望む回でした。
爵位や勲章より、飯と武器と治療費を選ぶところが、本当にアレンらしいですね。
ルシアンたちがすぐに休養命令を乗せてくるところも、彼をよく分かっていて少し可愛かったです。
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