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第115話:灯鏡の二重奏

第115話をお読みいただきありがとうございます!


今回は、灯籠卿と鏡面卿が仕込んだ二つの媒介核を同時に攻略する回です。

片方だけ壊すと親鐘へ反動が流れる状況で、アレンたちがどう連携するかに注目していただけると嬉しいです。

 親鐘室の奥で、青い灯の核と銀の鏡核が絡み合っていた。


 灯は道を増やす。


 鏡は映す。


 二つが重なることで、黒の円卓は親鐘室の空間そのものを、外から弄っている。


「片方だけ壊せば、もう片方が反動を吸って親鐘へ流す、か」


 アレンは兼定を握り直した。


「相変わらず、嫌な仕掛けだ」


「でも、逆に言えば」


 エレノアが親鐘の下へ魔法陣を広げる。


「二つの核を同時に親鐘から切り離せば、この区画への遠隔干渉は一気に弱まる。灯籠卿と鏡面卿本人を倒すことはできなくても、ここに差し込んでいる指は折れるわ」


「充分だ」


 アレンは短く答えた。


 敵の首を取れないのは、面白くない。


 だが、今この場の目的は幹部殺しではない。親鐘を黒の円卓の手から引き剥がし、王都の逃げ道を檻へ変えさせないことだ。


『アレンさん……二つの光、喧嘩してます』


 リディアの声が通信機から届く。


 息は荒い。無理をしている。だが、声の芯は折れていなかった。


『灯は道を増やしたい。鏡は映したい。でも、親鐘は本当は……人を逃がしたい。三つの音が、重なって、ずれてます』


「ずれがあるなら、そこを使う」


 アレンは親鐘の鐘舌を見上げた。


 白銀の巨大鐘は、まだ鳴っていない。ただ、青と銀の核に引かれて、かすかに震えている。


 フェリスが紫煙を薄く広げる。


「灯の核、鏡の核、それぞれに毒を入れて眠らせますか」


「眠らせるだけじゃ足りない。糸を緩める役を頼む」


「承知しました」


 フェリスの紫煙が二筋に分かれた。


 一筋は青い灯の核へ。


 もう一筋は銀の鏡核へ。


 紫煙は触れた瞬間に弾かれそうになったが、フェリスは無理に押し込まない。核の表面を撫でるように回り込み、黒銀の糸の呼吸だけを鈍らせる。


『あは。毒のお姉さん、くすぐったいよ』


 灯籠卿の声が笑う。


『でも、そこは道じゃない。触っても、どこにも行けない』


「行く必要はありません。足止めで充分です」


 フェリスは冷たく返した。


 鏡核から、鏡面卿の声が漏れる。


『その煙、綺麗ね。あなたの顔も映してあげましょうか。誰を守るために、そんなに必死なのか』


「不要です」


 フェリスの声は揺れなかった。


「私は、私の主に仕えるだけです」


 その言葉に、アレンはわずかに口元を緩めた。


「教授」


「ええ、分かってるわ」


 エレノアは両手を広げた。


 親鐘室の床に、細い魔法陣が走る。赤、白、淡い金。三色の線が複雑に絡み、青い灯と銀の鏡を繋ぐ黒銀の糸を、外側からなぞっていく。


「二つの核は、親鐘の鐘舌へ直接繋がっている。でも、途中に王都避難導線の古い白銀路が残ってる。そこを使えば、反動を親鐘ではなく空の水路へ流せる」


「流す先は」


「空の水路。今はどこにも繋がっていない、死んだ排水路よ」


「上等」


 アレンは踏み込む位置を測った。


 灯と鏡は、彼に二つの選択を迫っている。


 灯を斬るか。


 鏡を斬るか。


 どちらを選んでも、もう片方が反動を拾う。


 なら、選ばない。


 二つの間にある、まだどちらの所有にもなっていない細い線。


 そこを斬る。


『アレンさん、真ん中じゃないです』


 リディアが言った。


『真ん中に見えるところは、鏡が見せてるだけ。本当の間は……少し下。親鐘の影が一瞬だけ薄くなるところ』


「助かる」


 アレンの足が沈んだ。


 瞬歩。


 白銀の導線を踏まず、黒銀の糸を踏まず、青と銀の光の狭間だけを抜ける。


 灯籠卿の笑い声が消えた。


『また、道じゃないところを』


 鏡面卿の声が低くなる。


『あなた、本当に腹立たしいわね』


「褒め言葉として受け取っとく」


 アレンは兼定を引いた。


 ここで必要なのは、絶空・平突きのような破壊力ではない。


 業火流のような焼き切る刃でもない。


 必要なのは、二つの術式が互いを支え合う一点だけを見抜き、刃筋を乱さず通す精密さ。


 天然理心流の基本。


 最短、最速、最小。


 刃が走った。


 キン、と細い音。


 灯の核と鏡の核の間に張られていた、見えない一本の黒銀糸が切れた。


 同時に、エレノアの魔法陣が反動を空の水路へ流す。


 フェリスの紫煙が二つの核を包み、暴発しようとする意味を眠らせる。


『あ』


 灯籠卿の声が、初めて幼く途切れた。


『嘘。そこ、道じゃないのに』


『……映らない』


 鏡面卿の声から、余裕が消えた。


『あなたの刃筋、鏡に映らない。何なの、その空白』


 アレンは答えない。


 答える義理もない。


 二つの核が、同時に揺らいだ。


 青い灯が道を増やそうとする。


 銀の鏡が上層を映そうとする。


 だが、互いを支える糸が切れた今、その力は親鐘へ届かない。


「今だ、教授」


「分かってる!」


 エレノアの魔法陣が、親鐘の鐘舌へ絡む黒銀の枝を外側から締め上げる。


「親鐘室、外部干渉経路を一時遮断! 王都避難導線、白銀路へ復帰!」


 親鐘が、低く震えた。


 鐘の音ではない。


 長く詰まっていた息を、ようやく吐いたような振動だった。


 親鐘室の床に走っていた黒銀の線が、ゆっくりと白銀へ戻っていく。


 青い灯の核が、ひび割れた。


 銀の鏡核も、表面に白い亀裂を走らせる。


『撤退するよ、鏡のお姉さん。これ以上は媒介が保たない』


『ええ。残念だけれど、ここは譲るわ』


 鏡面卿の声が、最後に少しだけ甘く響いた。


『アレン。あなたの中身、いつか必ず映してあげる』


「覗き見趣味は嫌われるぜ」


 アレンがそう返すと、銀の核が砕けた。


 青い灯も、ふっと消える。


 黒の円卓の気配が、親鐘室から一気に薄れた。


 フェリスが周囲を確認し、短く息を吐く。


「外部干渉、消失。少なくとも、この区画の灯と鏡は沈黙しました」


 エレノアは膝に手をつき、額に滲んだ汗を拭った。


「親鐘も、黒銀からかなり切り離せたわ。完全浄化とは言えないけれど、王城地下のこの区画は鎮圧できたと見ていい」


『……鐘、少し静かになりました』


 リディアの声が、かすかに安堵を含む。


『逃げ道の音が、戻ってます』


「よくやった」


 アレンは通信機へ短く言った。


『……蜂蜜湯、濃いめで』


「覚えてる」


 アレンは兼定を鞘へ戻した。


 親鐘室には、まだ傷跡が残っている。


 黒銀の染み。


 砕けた鏡の残滓。


 消えた灯籠の焦げ跡。


 だが、鐘は鳴らなかった。


 王都の逃げ道は、檻にはならなかった。


 その事実だけで、今は充分だった。


 ◇


 同じ頃、黒い円卓の一角で、青い灯籠が小さく割れた。


 銀の鏡面にも、深い亀裂が走る。


 灯籠卿は、唇を尖らせて割れた灯を見下ろした。


「つまんないの。せっかく道を増やしたのに、道じゃないところを歩くなんて」


 鏡面卿は、ひび割れた鏡を抱えたまま微笑む。


「でも、面白かったわ。あれは映らない空白じゃない。映す側を削ってくる刃よ」


 黒鐘卿が、二人の損傷した媒介を静かに見た。


「灯、鏡、親鐘室干渉失敗。だが、観測は進みました」


 その声に、灯籠卿が肩をすくめる。


「次はどうするの?」


 黒鐘卿の仮面の奥で、小さな鐘の舌が揺れた。


「親鐘室は鎮圧されました。ならば、次は外へ出た後です」


 黒い円卓の奥で、まだ灯っていない紋章が、わずかに明滅した。


 今回の場は、王国側が取った。


 だが、黒の円卓そのものは、まだ一歩も退いていなかった。

第115話をお読みいただきありがとうございました!


今回は、幹部本人を倒すのではなく、親鐘室へ差し込まれた媒介を破壊して撤退させる形にしました。

灯と鏡の二重奏を、アレン、フェリス、エレノア、リディアの連携で崩す流れが書けて楽しかったです。

リディアの蜂蜜湯の約束も、少しほっとする可愛さになりました。


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