第111話:王城地下、封じられた親鐘路
第111話をお読みいただきありがとうございます!
今回は、いよいよ王城地下へ降りる回です。
王家の古い避難路、白銀の導線と黒銀の鐘紋、そして親鐘へ続く封印扉。
リディアが離れた場所から案内役として頑張るところにも注目していただけると嬉しいです。
謁見の間の床が、王命によって開かれた。
いや、壊したわけではない。玉座の脇に刻まれた王家の紋章へ、国王レオンハルトが自ら血判を押したことで、赤い絨毯の下に隠されていた石床が静かに割れたのだ。
そこに現れたのは、地下へ続く古い螺旋階段だった。
陽光の届く謁見の間とは違い、階段の奥は濃い灰色の闇に沈んでいる。冷たい風が下から吹き上がり、かすかに鐘の金属臭を運んできた。
「王家の避難路だ」
レオンハルトが低く言った。
「王都創建期、城が落ちた時に王族と民の代表を地下水路へ逃がすための道だったと伝わる。だが、余も実際に開いたのは初めてだ」
ラインハルトが眉を寄せる。
「古文書では、鐘守の家がこの道の起動を補佐したとありました。ベルフォード家が断絶した後、ほとんど使われなくなったのでしょう」
「断絶、ね」
アレンは短く呟いた。
断絶したはずの血筋の少女は、今も結界室で震えながら耳飾りを握っている。
その耳飾りから、細い通信が繋がっていた。
『……下、寒いです。鐘が、息を吸ってます』
リディアの声は弱い。だが、逃げていない。
「無理に喋るな。必要な時だけでいい」
『はい。アレンさん』
フェリスが階段の入口で紫煙を薄く広げた。
「毒香は、今のところ薄いです。ただし、下層から古い鎮静香の残滓があります」
エレノアは石壁へ手を当て、魔法陣を走らせる。
「封印は生きている。でも、ところどころ黒銀の鐘紋に食われているわ。大人数で降りれば、誰かが香か鐘に引っかかる」
国王が頷いた。
「ならば少数で行け。上は余とラインハルトが押さえる」
「父上、私は」
「お前はここで残れ」
レオンハルトは息子を見た。
「王城の床下を開いた以上、上で王家の旗を持つ者がいる。余が動かぬなら、お前が動け。余が倒れたなら、お前が立て」
ラインハルトは一瞬だけ目を伏せ、すぐに顔を上げた。
「承知しました。アレン、下は任せる」
「お預かりします」
アレンは一礼した。
同行は、アレン、フェリス、エレノア。加えて、結界室からリディアが声だけで案内する。ルシアンは上層で情報統制と王宮内の部署封鎖に回っている。ここで表を乱せば、鐘の餌が増えるだけだ。
「行くぞ」
アレンは和泉守兼定の柄へ指を添え、螺旋階段を降りた。
◇
階段は長かった。
石壁には、古い絵が彫られている。人々が鐘の音に導かれ、地下の道を通って水辺へ逃げる姿。王と民が同じ階段を下る姿。鐘守らしき人物が、銀の耳飾りを掲げて道を開く姿。
「守るための仕組みだったのね」
エレノアが小さく言う。
「黒の円卓は、こういうものを汚すのが好きらしい」
アレンの声は冷たかった。
最下層へ着くと、広い地下回廊に出た。空気は重く、どこからともなく水音が聞こえる。回廊の床には、白銀の線と黒銀の線が複雑に絡み合っていた。
白銀は古い避難導線。
黒銀は、後から食い込んだ鐘紋。
「踏むな」
アレンは即座に言った。
フェリスの足が寸前で止まる。
「踏むと?」
「たぶん、上の誰かが眠る」
エレノアが顔をしかめた。
「回廊そのものを、王城内の人間へ繋げているのね。踏み間違えたら、謁見の間や寝所に反動が返る」
『左、です』
通信越しに、リディアの声がした。
『白い線の上じゃなくて、線と線の間。そこは、まだ逃げ道です』
アレンは足元を見る。
確かに、白銀の線と黒銀の線の狭間に、針のように細い石の地肌が残っていた。
「見えるか」
「見えます。ですが狭い」
フェリスが言う。
「なら、落ちるな」
「簡単に言わないでください」
アレンは瞬歩の重心で、細い地肌を渡った。地面を蹴らず、力を吸わせる。草木どころか埃一つ揺らさない歩法が、古い回廊で静かに冴える。
フェリスも影のように続く。エレノアは浮遊魔法でわずかに足を浮かせた。
回廊の奥に、巨大な扉があった。
白銀の鐘と鍵の紋章。
そして、その中央に突き刺さる黒銀の杭。
扉の向こうから、まだ鳴っていないはずの鐘の息遣いが聞こえる。
『……親鐘の手前です』
リディアの声が震えた。
『でも、変です。扉が……閉じてるのに、開いてる』
「どういう意味だ」
『誰かが、中からこちらを見ています』
その瞬間、扉の黒銀の杭が脈打った。
甘い薬の匂いが、地下に満ちる。
そして扉の表面に、白手袋の手形が浮かんだ。
「お待ちしておりました」
カシウスの声だった。
だが、声は扉の向こうからではない。
扉そのものが、喋っている。
「王家の血、鐘守の鍵、原型の虚孔。役者は揃いつつあります」
フェリスが短刀を抜く。
「姿を見せなさい」
「姿とは、不便なものです。香に混じればどこへでも行ける。鐘に混じれば誰の記憶にも触れられる」
アレンは和泉守兼定を抜かなかった。
扉の向こうに親鐘があるなら、ここで不用意に斬れば反動が出る。
代わりに、黒誠を手に取る。
封じるための木刀。
「リディア」
『はい』
「この黒い杭は、鍵か」
少しの沈黙。
『違います。鍵穴を塞いでる棘です。抜けば、扉は開きます。でも……抜き方を間違えたら、親鐘が先に鳴ります』
「上等だ」
アレンは黒誠の先を杭へ向けた。
「なら、鳴る前に棘だけ抜く」
カシウスの笑い声が、扉の内側で薄く響く。
「それを、観測したかった」
その声の奥に、また別の鐘が重なる。
黒鐘卿。
アレンの三白眼が、冷たく細まった。
「見物料は高くつくぞ」
黒誠が、黒銀の杭へ触れる。
親鐘の息遣いが、地下全体を震わせた。
まだ、鳴ってはいない。
だが、確かに目を覚まそうとしていた。
第111話をお読みいただきありがとうございました!
今回は、王城の明るい謁見の間から、灰色の地下へ降りていく雰囲気を大事にしました。
リディアがまだ弱っているのに、耳飾りを通じて案内してくれるところが健気ですね。
親鐘本体まではあと一歩。黒鐘卿が観測している不穏さも残しています。
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