第11話:白亜の洗礼
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王都へ到着し、ついに国王との謁見に臨むアレンとルシアン。
しかし、謁見の間に掲げられた「王家の紋章旗」を見た瞬間、アレンの脳裏に前世・新選組を地獄へと突き落としたあの【忌々しい旗】の記憶が蘇り、王城が恐怖で凍りつきます――!
王城「アイビス」の白亜の回廊は、静謐でありながら、どこか刃の上を歩くような緊張感に満ちていた。
謁見の間へと続く道を塞ぐように立ちはだかったのは、華美な意匠の鎧を纏った数名の若手騎士たちである。
その中心にいたのは、かつて領主館で土方が叩き伏せた少年の親族――ボルテール家の縁者たちであった。
「……止まれ、辺境の小倅。ここから先は、選ばれし血統のみが許される聖域だ」
先頭の男が、ルシアンを嘲笑うような視線で射抜く。
そして、その背後に控える土方へ、汚物を見るような目を向けた。
「野良犬を執事に仕立てたところで、染み付いた泥の臭いは消えぬぞ。バルトスの件も、どうせ平民らしい卑怯な手段を用いたのだろう?」
土方は無表情のまま、一歩前へ出た。
抜刀はしない。ただ、和泉守兼定の柄に手をかけたまま、男の瞳をじっと見つめ返した。
その瞳には、函館の地で数千の兵を指揮し、死の淵を幾度も越えてきた男にしか宿らぬ「極寒の気配」があった。
「……吠えるだけの犬は、戦場じゃ真っ先に死ぬ。覚えておくことだ」
土方の低い声が、静まり返った回廊に冷たく響く。
「俺はな、お前のように綺麗なお理屈を並べ立て、実戦で喉笛を食い破られていった奴を数え切れぬほど見てきたんだ。……死にたくなければ、そのなまじ重いだけの鈍を大切に抱えて、奥の部屋で震えていろ」
言葉と共に放たれた圧倒的な圧に、ボルテール家の騎士たちは言葉を失い、蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
土方がさらに静かに一歩踏み出すと、彼らは悲鳴を上げるように、弾かれた左右へ道を空けた。
その様子を横で見ていたルシアンは、口元を片手で隠し、「クスッ」と密やかに、しかし愉快そうに笑った。
(……全く、彼を敵に回さなくて本当に良かったよ)
■ 謁見:王の天秤
重厚な扉が開かれ、土方たちはついに国王との謁見に臨んだ。
きらびやかな装飾が施された謁見の間。
その中央、高々とそびえる玉座の後ろには、王国の最高権威を示す「巨大な王家の紋章旗」が厳かに掲げられていた。
それを見上げた瞬間。
土方の脳裏に、ぞっとするほど鮮明な前世の記憶が駆け巡った。
(――鳥羽・伏見の戦い。目の前に掲げられた、あの忌々しい菊花の御旗)
突如として「朝敵(賊軍)」の烙印を押され、昨日までの正義がすべて引っくり返された、あの絶望と怒りの記憶。
雪に埋もれた北の地へ追い詰められる契機となった、国家という巨大な権力の象徴。
異世界の王旗が、あの「錦の御旗」と、一瞬だけ完璧に重なった。
パキッ。
土方が踏みしめた床の石畳に、微細な亀裂が入る。
抜刀こそしなかったが、彼の全身から、国家そのものを呪い、滅ぼしかねないほどの漆黒の殺気が、隠しきれずにじわりと漏れ出た。
謁見の間全体の空気が、一瞬で凍りつく。
周囲に控える近衛騎士たちが、本能的な恐怖から一斉に顔を青ざめさせ、腰の剣の柄に手をかけた。玉座の王さえも、その凄絶な気配にわずかに身を固くする。
隣のルシアンは、土方の横顔に滲む「底知れない深い闇」を察知し、冷や汗を流しながらも、静かに彼の袖を強く引いて意識を現実へと引き戻した。
土方がふっと息を吐き、殺気を霧散させると、場にようやくまともな呼吸が戻った。
傍らに立つ宰相が、青い顔のまま、震える声で口を開く。
「へ、陛下……! ルシアン殿の功績は認めますが、この執事の不遜さは見過ごせません! 王の前でこのような無礼な気配を放ち、さらに帯刀を解かぬとは……ド・グランヴェル家は王家を侮っておられるのか!」
だが、ルシアンは一歩も引かず、毅然と言い放った。
「彼は私の剣であり、盾です。彼の帯刀は、我がド・グランヴェル家が王家に捧げる忠誠の形に他なりません」
王はその回答を興味深げに聞き届けると、不意に土方へと視線を向けた。
その鋭い目は、先ほどの凄まじい殺気の主が、ただの子供ではないと確信していた。
「アレンと言ったか。……貴殿の目には、この王都はどう映る。忌憚なき意見を聞かせよ」
周囲が凍り付くような沈黙の中、土方は飾らぬ言葉を紡いだ。
「……平和の尊さを履き違えれば、ここは脆い硝子細工のような都になるでしょう。だが、この平穏を維持するための覚悟があるならば、ここはどこまでも発展し続ける地となる。……平和とは、戦いよりも維持するのが困難な、綱渡りのようなものだと俺は考えています」
不敬とも取れるが、絶対的な真理を突いた土方の言葉。
王は一瞬の沈黙の後、腹の底から響くような哄笑を上げた。
「……ははは! 綱渡りか! 面白い。辺境の少年の口から、まるで数々の修羅場を越えてきた老練な将軍のような言葉が出るとはな!」
王の笑い声に、周囲の貴族たちは安堵しつつも、王を物怖じさせなかった平民の少年に、言い知れぬ畏怖を抱くのだった。
■ 哀愁の帰路
その夜、王城を後にする馬車の中で、ルシアンは小さく溜息をついた。
「……アレン、君は本当に。王様相手にあんな説法をするなんて、時々心臓が止まりそうになるよ。それに……謁見の間に入った瞬間、君から信じられないほどの殺気が漏れていた。あれは一体……?」
土方は窓の外、遠ざかっていく王城の灯火を眺めながら、どこか遠い目をして答えた。
「……事実を言ったまでだ。守るべきものが多ければ、それだけ守り方も難しくなる。それは……どの世界でも同じだ」
その言葉の語尾は、夜の静寂に吸い込まれるように消えた。
かつて、守るべき「誠の旗」を掲げ、それでも守り通せなかった雪原の記憶。
権威という名の巨大な壁に抗い続けた男の孤独な横顔に、ルシアンはそれ以上、何も問いかけることができなかった。
馬車は静かに夜の闇を進む。
王都の華やかな光の裏で、新たな激動の足音が、静かに近づいているのを鬼の副長だけは感じ取っていた。
王の心を動かしたアレンの言葉、重みが違いますね……!
前世の「錦の御旗」に対する激しい怒りと、ルシアンの機転によるフォローが最高に噛み合った謁見でした。
王都編、ここからさらに大きな渦へと巻き込まれていきます。
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