第105話:黒き守護鐘と、吊られた鐘守
第105話をお読みいただきありがとうございます!
今回は、黒く染まった守護鐘に吊られていた少女を救出する回です。
アレンたちは守門騎士甲冑と戦いながら、鐘と少女の接続を慎重に剥がしていきます。
救出後に明かされる、王城地下の親鐘にも注目していただけると嬉しいです。
黒く染まった守護鐘は、地下導管の最奥に吊られていた。
高さは人の三倍ほど。表面には白銀の古い紋章が刻まれているはずだったが、今は黒い鐘紋に食い荒らされ、まるで腐った血管のような線が全体を走っている。
その真下に、一人の少女が吊られていた。
年は十代半ばほど。白銀に近い淡い髪が垂れ、両手首と足首には黒い鎖。胸元には、鐘と鍵を重ねた古い紋章が光っている。
「生きてる」
ミアが小さく言った。猫耳がぴんと立っている。
「けど、呼吸が薄い。あの鐘に吸われてる」
フェリスが即座に紫煙の針を展開した。
「脈はあります。ただし、精神導管が鐘へ直結されています。強引に外せば、意識が引き裂かれます」
「なら、無理矢理外すのはなしだ」
アレンは和泉守兼定を低く構えた。
鐘の周囲には、中身のない守門騎士甲冑が十数体。先ほどよりも隊列が厳密だ。まるで少女を守っているのではなく、少女を逃がさないために立っている。
クラウスが魔導小銃を構え、灰色の目を細める。
「標的を射線から外せば、鐘の支持鎖を破壊できる」
「撃つな。鎖が外れた瞬間、あの子ごと鐘へ落ちる」
「では選択肢は」
「鎧を止める。導管を眠らせる。鐘と体の継ぎ目だけを剥がす」
アレンの声は、冷えていた。
「いつも通りだ」
黒鐘卿の声が、鐘の内側から響く。
「記録対象、鐘守リディア・ベルフォード。王都守護鐘の血統末裔。適性、良好。原型との接触実験を開始」
「リディア……ベルフォード?」
フェリスの瞳が揺れた。
「ベルフォード家は、王都創建期に鐘守を務めた旧家です。百年以上前に断絶したと記録されています」
「断絶した家の娘が、ここで吊られてるわけか」
アレンは口元を歪めた。
「お上の記録ってのは、本当に都合よく穴が開く」
守門騎士甲冑が一斉に踏み出した。
狭い通路に、剣の壁が生まれる。
「シオン、正面を開けろ。ミア、ニナ、床の導線を見ろ。フェリス、あの子の痛覚を眠らせろ。クラウス、鐘じゃなく鎧の膝だ」
「了解!」
「分かったわよ!」
「任せな、局長」
「分かりました」
「命令ではなく、提案として受け取る」
次の瞬間、戦場が動いた。
シオンの浅葱色の残像が三つに割れる。魔剣『瞬界・三段霞』。一つ目の影が甲冑の剣を弾き、二つ目が胸の黒鐘紋を暴き、三つ目が膝の留め具だけを貫く。甲冑は倒れたが、胸の白銀紋は傷つけない。
クラウスの魔導小銃が乾いた音を立て、別の甲冑の膝を砕く。合理の極みの射撃だ。殺す必要のないものを殺さず、止めるべき部位だけを止めている。
ミアは床へ伏せ、耳を石に押し当てた。
「下にまだ鳴ってる! この鐘、床の下からも力を吸ってる!」
ニナが壁際の溝を見つけ、細い刃を差し込む。
「こっちだぞ。導線が一本、王都の中心へ伸びてる。切ると鳴る。塞ぐだけにしよう」
「やれ」
アレンは短く命じた。
フェリスの紫煙の針が、リディアの首筋、手首、胸元へ滑り込む。針は刺すのではなく、黒い導管の表面を撫でるように沿い、痛覚と恐怖の反応だけを眠らせていく。
リディアの睫毛がわずかに震えた。
「……鐘が……泣いてる……」
か細い声だった。
アレンの目が鋭くなる。
「聞こえるのか」
「逃げ道を……逆さまに……されてる……みんな、外へ行けない……」
黒い守護鐘が、低く鳴った。
意味が来る。
――守れ。
いや、違う。
黒く歪められた意味が、アレンの虚孔へ触れる。
――閉じ込めろ。
「チッ」
胸の奥の泥が跳ねた。虚孔が半分を呑み、残りが神経を擦る。だが、アレンは踏み止まった。
「守ると閉じ込めるを履き違えた鐘なんざ、迷惑なだけだ」
アレンは瞬歩で踏み込む。
和泉守兼定の刃に、赤黒い炎が薄く走った。業火流『硝煙ノ灯』。黒い鐘紋が放つ光の軌道を、逆に道標として辿る。
狙うのは、リディアを吊る鎖ではない。
彼女の胸元の紋章と、守護鐘の黒い導管を繋ぐ、一番細い継ぎ目。
「剥がすぞ。痛えのは少しだけ我慢しろ」
「……はい」
リディアの唇が、わずかに動いた。
刃が走る。
斬るのではなく、薄皮一枚を裂くように、黒い導管だけを削ぎ落とす。
ギィィィン、と守護鐘が悲鳴を上げた。
同時に、上方の竪穴から黒炎の矢が降ってきた。レイヴンの射撃だ。アレンの合図を待たず、最も危険な鐘紋の結び目を正確に射抜いている。
「相変わらず、勝手に気が利く」
アレンが低く笑った。
黒鎖がほどけ、リディアの体が落ちる。
フェリスが受け止めようと前に出たが、それより早く、アレンが片腕で少女を抱えた。
軽い。
軽すぎた。
「助けたぞ。礼も詫びも、無事に生き残ってからだ」
リディアは虚ろな目で、アレンの襟を掴んだ。
「違う……これ、親鐘じゃない……」
アレンの動きが止まる。
「何だと」
「ここは、逃げ道の鐘……王城の下に、もっと大きい鐘がある……黒い人たちは、そっちを鳴らすために……私を、鍵に……」
地下導管全体が、低く震えた。
遠く、王都の中心の方角から、誰にも聞こえないはずの鐘の残響が返ってくる。
クラウスの顔から、初めてわずかに余裕が消えた。
「王城地下だと」
黒鐘卿の声が、静かに笑った。
「記録完了。子鐘救出、成立。親鐘覚醒条件、一部充足」
アレンはリディアを抱えたまま、奥歯を噛みしめた。
救出は成功した。
だが黒の円卓は、それすら鐘を鳴らす手順に組み込んでいた。
「……上等だ」
アレンの三白眼に、冷たい火が灯る。
「王城の下だろうが何だろうが、鳴る前に叩き割る」
第105話をお読みいただきありがとうございました!
今回は、救出戦の達成感と、その直後にさらに大きな危機が見える構成にしました。
アレンが力任せに斬らず、導管だけを剥がす場面は、これまでの白鐘事件から積み重ねてきた技術が出せたと思います。
リディアは弱っている中でも重要な鍵を握る子なので、今後も大事に扱っていきたいですね。
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