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第104話:地図にない地下導管

第104話をお読みいただきありがとうございます!


今回は、旧外郭水門の下層へ進む回です。

黒い心臓の先にあったのは、単なる排水路ではなく、王都の古い守護鐘施設でした。

アレンたちの追跡が、救出戦へ変わっていく流れにも注目していただけると嬉しいです。

 黒い心臓が沈んだ穴の奥から、冷たい風が吹き上がってきた。


 水の匂いではない。古い鉄と、乾いた石と、長い年月閉じ込められていた祈りの匂いだ。


 アレンは和泉守兼定を納めず、階段の闇を見下ろした。


「局長、追うの?」


 シオンが浅葱色の羽織を揺らしながら、隣へ立つ。声は軽い。だが、剣先はすでに闇へ向いていた。


「追う。ただし、全員で突っ込む場所じゃねえ」


 アレンは背後を振り返った。


 水門上では、ボルドが盾を構えて黒水の残滓を押さえ、ミアとニナが補助水路へ印を打っている。レイヴンは高所から、まだ浮かぶ鐘紋の欠片を一つずつ射抜いていた。


 そこへ、外周側から王宮騎士団の伝令が駆け込んでくる。


「ラインハルト殿下より伝令! 外周封鎖完了。五家連合の兵は各持ち場に展開済み。グランヴェル家より、内部突入班は無理に増やすなとの指示です!」


「ルシアンの判断だな」


 アレンは小さく笑った。


 公の命令書には王子の名が立つ。だが、兵の配置と危険の切り分けには、ルシアンの癖が出ていた。守るべき者を後ろへ下げ、動ける少数だけを危険域へ入れる。あいつらしい。


「伝令。殿下へ伝えろ。下層へは少数で入る。外周の兵は鐘の音が聞こえても動かすな。勝手に英雄気取りで踏み込んだ奴は、こっちで守れねえ」


「はっ!」


 伝令が走り去る。


 クラウスが葉巻の火を指先で潰した。


「王国の兵は置く。合理的だ」


「帝国の黒鉄衆も同じだ。連れて行きたいなら、足音と心音を消せる奴だけにしろ」


「貴様に選別される筋合いはない」


「なら全員置いていけ」


 数秒の沈黙。


 クラウスは部下へ目配せした。黒鉄衆の大半が後退し、二人だけが残る。顔色一つ変えない、細身の兵だった。


「二名で足りる」


「最初からそうしろ」


 フェリスが、アレンの横へ滑るように立つ。


「ルシアン様からの命令は、あなたを無事に戻すことです。下層へ降りるなら、私も同行します」


「止めても来るだろ」


「当然です」


「なら邪魔だけはするな」


「貴方こそ、無茶をする前に一言ください」


 そのやり取りを見て、ミアが猫耳をぴくりと動かした。


「ちょっと、私も行くわよ。あの下、絶対に抜け道だらけだもん」


「ミアが行くなら私もだな」


 ニナが肩をすくめる。


「裏水路を読めるのは監察方の仕事だぞ。局長、置いていく理由がないさ」


 アレンは二人を見下ろした。


「危なくなったら、真っ先に逃げろ」


「命令なら聞いてあげる」


「命令だ」


 ミアは少しだけ目を丸くし、それから鼻を鳴らした。


「……分かったわよ」


 ボルドが盾を肩へ担ぐ。


「局長! 俺はどうしやす!」


「お前は上だ。ここが崩れたら全員帰れなくなる。盾で水門を支えろ」


「おう! 任されやした!」


 レイヴンが高所から静かに降りる。


「僕は」


「上から狙え。下で俺が合図を出したら、竪穴越しに撃てる位置を探せ」


「分かった。君の背中は、必ず空けておく」


 隊の形が決まった。


 下へ降りるのは、アレン、シオン、フェリス、ミア、ニナ。そこへクラウスと黒鉄衆二名。上にはボルドとレイヴン、王宮騎士団と五家兵。


 華々しい突撃ではない。


 だが、これが正しい。


 アレンは階段へ足をかけた。


 ◇


 地下導管は、予想以上に広かった。


 左右の壁には、古い王国語で刻まれた碑文が続いている。苔に覆われ、ところどころ崩れているが、魔導灯の淡い光に照らされると、文字の輪郭が浮かび上がった。


 ニナが目を細める。


「これ、排水路の文字じゃないぞ」


 ミアが壁へ鼻を近づけた。


「古い封印の匂いがする。お上の施設っていうより、祈りの場所みたい」


 フェリスが文字を読み上げる。


「大災厄の夜、王都の民を導くため、鐘をここに置く。恐怖に呑まれし者は、鐘の音を聞き、道を知れ……」


 空気が、重く沈んだ。


 アレンは壁の文字を見つめた。


「つまり、元は避難誘導のための鐘か」


 クラウスが灰色の目を細める。


「恐怖を集め、逃げ道へ変換する都市防衛機構。黒の円卓は、それを反転させた」


「逃がすための鐘を、縛るための鐘に変えたってわけか」


 アレンの声が、低くなる。


 ただの禁忌魔導具ではない。


 王都そのものを守るために作られた古い仕組みが、今は王都を鳴らすための凶器にされている。


 その時、壁の奥で小さな音がした。


 カン。


 金属が触れ合うような、乾いた音。


 シオンが剣を上げる。


「来るよ」


 闇の奥から現れたのは、甲冑だった。


 人ではない。中身のない古い王国騎士の鎧が、黒い鐘紋に吊られるように歩いてくる。胸には、かすかに浅い白銀の紋章が残っていた。


 フェリスが息を呑む。


「王都創建期の守門騎士……記録上は、全て廃棄されたはずです」


「廃棄品まで墓から叩き起こすとは、ずいぶん働き者だな」


 アレンは和泉守兼定を抜き直した。


 鎧の群れが、無言で剣を構える。


 だが、ただの敵ではない。踏み込みが揃いすぎている。個々に襲うのではなく、通路そのものを閉じるように隊列を組んでいた。


「局長、斬っていい?」


「中身は空だ。だが胸の白銀紋は残せ。あれが導線だ」


「了解」


 シオンの身体が霞む。


 アレンも同時に前へ出た。


 甲冑の剣が振り下ろされる直前、和泉守兼定の刃がその手首を斬り落とす。返す刀で膝を割り、胸の鐘紋だけを弾く。


 カァン、と乾いた音。


 白銀紋が一瞬だけ光った。


 道が、奥へ続く。


 黒鐘卿の声が、遠くから響いた。


「記録再開。原型、守護鐘の由来へ到達」


 アレンは刃を下ろさない。


「出迎えが古い鎧とはな。次は何を見せる気だ」


「王都が、何を隠してきたか」


 その言葉と同時に、地下導管の奥で巨大な鐘影が揺れた。


 黒く染まった守護鐘。


 そして、その真下に、人の形をした影が吊られている。


 アレンの虚孔が、鈍く疼いた。


「……チッ。まだ、生きてる気配がある」


 下層探索は、追跡では終わらない。


 今度は、救出戦になる。

第104話をお読みいただきありがとうございました!


今回は、第零鐘の背景に王都そのものの古い秘密を絡める回でした。

ルシアンが直接出ていなくても、配置判断に彼らしさが出るよう意識しています。

ミアとニナが下層探索に自然と必要になる流れも、特務隊らしくて良い感じにできたと思います。


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