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第103話:浅葱の合流、黒心臓の楔

第103話をお読みいただきありがとうございます!


今回は、旧外郭水門で特務隊本隊が合流する回です。

アレン一人ではなく、隊士たちそれぞれの役割で黒い心臓の罠を崩していきます。

浅葱の連携と、さらに下層へ続く不穏な引きにも注目していただけると嬉しいです。

 黒い心臓は、水門の底でゆっくりと脈打っていた。


 競技場から吸い上げた恐怖と、旧外郭水門に沈んでいた古い感情流。その二つを結び直した黒い塊は、ただそこにあるだけで周囲の兵の呼吸を乱し、膝を折らせようとする。


 斬れば終わる。


 だが、斬れば反動が周囲へ飛ぶ。


 アレンは和泉守兼定を構えたまま、舌打ちを飲み込んだ。力任せに切り裂くことは簡単だ。だがそれは、黒の円卓の望む形でもある。


「記録継続。原型、停止。判断理由、周辺被害への配慮」


 黒鐘卿の声が、水門の石壁を震わせる。


「黙って見てろ。手品師」


 アレンが低く返した瞬間、黒い水面が爆ぜた。


 鐘の舌が束になって立ち上がり、シオンとフェリス、黒鉄衆の足元へ絡みつく。クラウスが魔導小銃を構えるが、撃てば導管ごと弾ける位置だった。


「撃つな。今のは餌だ」


「命令される筋合いはない」


「なら、兵を二人ほど壊してから後悔しろ」


 クラウスの指が、わずかに止まった。


 その一瞬を、黒い心臓は逃さない。水門の奥から、鐘槌のような黒水の塊が振り下ろされた。


「局長ォ! 遅くなりやしたあああッ!」


 轟音。


 黒水の鐘槌を真正面から受け止めたのは、巨大な鉄のタワーシールドだった。ボルド・ザ・ブルータルが、水しぶきを浴びながら歯を剥いて笑う。


「二番隊、到着! 盾が欲しい時はこのボルドを呼びなァ!」


「声がでけえ。鐘の餌になるぞ」


「す、すんません局長!」


 アレンの冷たい一言に、ボルドは即座に背筋を伸ばした。だが盾は揺らがない。黒水の鐘槌が何度叩きつけられても、その巨躯は一歩も下がらなかった。


 水門の上、崩れた石梁の影から、猫耳の少女が顔を出す。


「局長! あの心臓、正面の導管だけじゃない! 水門の裏側、古い排水溝に細い根を逃がしてる!」


 ミアの声だ。


 その隣で、ニナが濡れた地図片を広げる。


「昔の補助水路だぞ。今は埋まってるはずだけど、鐘の残響だけ通してる。ここを塞がないと、斬った衝撃が外周の兵に回るさ」


「上出来だ、監察方」


 アレンの口元が、わずかに吊り上がった。


 さらに後方の暗がりで、黒い弓弦が鳴る。


「見えている。北壁の裂け目、右下の排水孔、崩れた鐘楼跡。三点が反動の逃げ口だ」


 レイヴンの漆黒の瞳が細くなる。長い耳はぴんと張り、だが声は冷たい。


「アレンの死角へ触れるものは、全部射抜く」


「殺すな。楔だけだ」


「分かっている。君に汚れを飛ばさせる趣味はない」


 三本の黒炎の魔矢が、闇を裂いた。


 矢は敵を射たのではない。壁に浮かんだ鐘紋の縁だけを貫き、内側の黒い根を焼き止める。黒い心臓が初めて、痛みに似た震えを見せた。


「シオン、舌を払え。フェリス、膝をついた奴らの導管を眠らせろ。ボルドは正面を押さえろ。ミアとニナは裏水路を潰せ。レイヴン、俺が踏み込む一拍前に三点目を抜け」


「うん、任せて!」


「分かりました」


「おうよ!」


「別にあんたのためじゃないんだからね!」


「はいはい、ミア照れない」


 浅葱の影が散った。


 シオンの魔剣『瞬界・三段霞』が、黒水の舌を三つの残像で切り払う。一撃目で流れを止め、二撃目で核を暴き、三撃目で核だけを貫く。以前の速さに、待つ呼吸が加わっていた。


 フェリスの紫煙の針は、倒れかけた黒鉄兵と王宮騎士の首筋へ滑り込み、精神鐘の命令を眠らせる。敵兵であろうと、今ここで壊れれば反動の道になる。それを彼女は理解していた。


 ミアとニナは、濡れた石壁の隙間へ潜り込む。小柄なミアが排水溝の奥へ手を差し込み、ニナが外から細い杭を打ち込んだ。


「ここ、噛んでる!」


「なら外すぞ。三、二、一!」


 黒い根が、ぶつりと音を立てて切れた。


 同時に、クラウスが低く呟く。


「帝国式徹甲弾、角度補正。反動核ではなく、固定具を撃つ」


「ようやく話が分かってきたな」


「貴様の指図ではない。最適解だ」


 魔導小銃が火を噴いた。弾丸は黒い心臓を避け、下部を支える黒銀の留め具だけを砕く。


 その瞬間、アレンの周囲に、濃密な気魄が沈んだ。


 天然理心流『方円の檻』。


 黒水の跳ね、鐘紋の震え、兵の呼吸、心臓の脈。それらすべてが、数メートルの檻の内側で線になる。


 レイヴンの三本目の矢が、崩れた鐘楼跡の楔を射抜いた。


「今」


 アレンの身体が消えた。


 瞬歩。


 地面を蹴った音すらない。ただ、次の瞬間には黒い心臓の懐に入り、和泉守兼定の切っ先が脈の継ぎ目へ届いていた。


「本体は斬らねえ。てめえが兵どもへ逃がしてる道だけ、貰う」


 刃が閃く。


 斬ったのは黒い心臓ではない。心臓と反動導管を繋ぐ、目に見えない楔だった。


 ギィン、と湿った鐘の音が悲鳴に変わる。


「記録、修正。原型、破壊より先に構造を選別。隊列連携による反動遮断、想定外」


 黒鐘卿の声が、初めてわずかに歪んだ。


 黒い心臓が沈む。


 だが、崩れ落ちたのではない。水門の底に開いたさらに古い穴へ、自ら落ちていく。


 アレンは追わなかった。


 黒水の奥に、階段が見えた。


 旧外郭水門の下。王都の地図にも載らない、もっと古い地下導管。


 クラウスが紫煙を吐く。


「逃げたな」


「違う」


 アレンは和泉守兼定の血も水もつかぬ刃を、静かに下ろした。


「案内されたんだ」


 水門の底から、遠い鐘の音が鳴る。


 特務隊本隊は合流した。


 だが、本丸はまだ、さらに下にある。

第103話をお読みいただきありがとうございました!


今回は、特務隊の連携を書くのが楽しい回でした。

ボルドの盾で戦場が安定し、ミアとニナが裏を暴き、レイヴンが精密に射抜く流れは、アレンが作った居場所の強さが見える場面になったと思います。

ミアの照れ隠しとニナの軽いツッコミも、少し可愛かったですね。


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