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第101話:王命の旗と、五家の兵

第101話をお読みいただきありがとうございます!


今回は、旧外郭水門へ向かうための王命と作戦準備の回です。

ラインハルト王子が大将として立ち、五家連合にも兵を出させることで、事件が学園内の騒動から王国全体の危機へ広がっていきます。

アレンの特務隊局長としての見立てにも注目していただけると嬉しいです。

 競技場の騒乱から一刻後。


 聖アイビス国立魔法学園の大会運営本部は、急造の作戦室へと姿を変えていた。


 壁には王都東外縁の地図。中央卓には、エレノアが抽出した黒紫の残響結晶。窓の外では、王宮騎士団が学園外周を封鎖し、教師たちが生徒の避難確認と術式記録の保全に追われている。


 その中心に立つのは、ルシアンではなかった。


 第一王子ラインハルト・ヴァン・アイビス。


 王家の赤髪を持つ青年は、静かな視線で集められた貴族たちを見渡していた。五家連合の各家からは、当主または代理が呼び出されている。グランヴェル、ボルテール、フロストハイム、ウインザード、オルタニア。王国の力そのものと言ってよい名が、一室に並んでいた。


「旧外郭水門へ向かう」


 ラインハルトの声は、よく通った。


「これは学園行事の後始末ではない。王都外縁に潜伏した国際魔導犯罪組織への、王国としての正式な追跡である。ゆえに、兵を出す家は名誉を得る。兵を惜しむ家は、王都の危機に背を向けた家として記録される」


 室内の空気が、硬く締まった。


 特に、ボルテール家の席では、グスタフ・ヴァン・ボルテールが苦々しく唇を結んでいた。レナードの停学処分以降、家の威信は大きく傷ついている。ここで兵を惜しめば、面子はさらに地に落ちる。だが、兵を出せば、王家の監視下で動かされる。


 逃げ道のない命令だった。


「ボルテール家は雷撃部隊を」


 ラインハルトは淡々と告げる。


「フロストハイム家は防壁と退路確保。ウインザード家は上空と水門周辺の風路偵察。オルタニア家は精神干渉の検知と遮断。グランヴェル家は全体作戦の補佐と兵站。異論は」


 誰もすぐには答えなかった。


 沈黙を破ったのは、ガラルドだった。


「グランヴェル家、承った」


 短い一言で、他家の逃げ場がさらに狭まる。


 やがて各家が、渋々ながらも王命への従属を示した。


 その様子を、アレンは壁際から見ていた。


 燕尾服は整えている。だが、胸の奥ではまだ、鐘の残響が泥のように沈んでいる。呼吸を少し深くするだけで、知らない誰かの悲鳴の欠片が喉元へ浮かびそうになった。


(戦ってのは、大義が要る。旗がなきゃ兵はただの群れだ。……王子が立つなら、少なくとも表は形になる)


 ただし、形が整った戦ほど、裏は汚れる。


 アレンはそれも知っていた。


「ルシアン」


 ラインハルトが地図へ視線を落とす。


「見立てを」


「はい。旧外郭水門は、古い地下排水路と魔力排出管が重なる場所です。正面から大部隊を入れれば、相手に感知される可能性が高い。ですが、王宮騎士団と五家の兵を外周に展開すれば、逃走経路はかなり絞れます」


 ルシアンは指先で地図をなぞった。


「教師陣は前線へ出さず、学園側に残します。術式解析、証拠保全、生徒の精神汚染確認を優先すべきです。戦場に慣れていない教師を無理に出せば、守る対象が増えるだけですから」


 数人の教師が悔しげに眉を寄せたが、エレノアが肩をすくめた。


「正論ね。私も解析班に回るわ。前線で暴れたい子はいるでしょうけど、今回は遊びじゃないもの」


 ラインハルトは小さく頷き、次にアレンへ視線を向けた。


「アレン。特務隊局長としての見立ては」


 その呼び方に、室内の何人かがわずかにざわめいた。


 平民の執事ではない。


 王宮直轄の特務隊局長として、意見を求められている。


 アレンは一歩前へ出て、完璧な礼をした。


「罠でしょう」


 あまりにも端的な答えに、何人かの貴族が顔をしかめる。


 アレンは構わず続けた。


「敵は、こちらが大義と兵を整えて来ることを読んでいます。大部隊が動けば目立つ。目立てば、向こうはその気配を鐘の餌にできる。恐怖、責任、名誉、焦り。兵が多いほど、心の音も増える」


 ラインハルトの青い瞳が、わずかに細くなる。


「では、兵を出すこと自体が悪手か」


「いいえ。出さなければ王都外縁を押さえられません。表は表で必要です。ただ、内側へ最初に入るのは、鼻の利く少数がいい」


「特務隊か」


「王命の下で動く先行偵察としてなら」


 アレンはそこで、わずかに口元を歪めた。


「勝手な私闘より、そちらの方が後始末が楽でしょう」


 ガラルドが低く笑った。


「ようやく政治を覚えたか」


「嫌々ですがね」


 室内に、わずかな緊張の緩みが生まれる。


 だが、ルシアンだけは笑わなかった。アレンの顔色を見ている。まだ動くべきではないと、その瞳が告げていた。


「アレン」


 ルシアンが静かに言う。


「先行偵察に出るなら、僕が作戦時間を区切る。無理に深追いはさせない」


「承知しました、ルシアン様」


 公の場だ。アレンは執事の声で答える。


 ラインハルトは、二人のやり取りを見てから、王家の封蝋が押された短い命令書を取り出した。


「王命として許可する。特務隊は旧外郭水門の先行偵察を担え。ただし、第一目標は戦果ではなく情報。第二目標は生還。第三目標として、敵術式の破壊を認める」


 アレンは命令書を受け取った。


 紙一枚。


 だが、その紙は今、アレンの刃を王国の大義へ繋いでいる。


「御意」


 短く答えた瞬間、胸の奥で黒い泥が微かに疼いた。


 それは鐘の残響か。


 それとも、旧外郭水門の底から呼ぶ何かか。


 アレンは表情を変えない。


 ただ、懐の和泉守兼定へ指先を添えた。


 ◇


 王都東外縁。


 古びた水門の下で、黒い水が音もなく揺れていた。


 誰もいないはずの石壁に、細い鐘紋が一つ浮かぶ。


 やがて、暗い水面の奥で、低く、湿った鐘の音が鳴った。


 それは、王家の旗も、五家の兵も、帝国の銃も、すべてを待っている音だった。

第101話をお読みいただきありがとうございました!


今回は、誰が大義を背負うのかを書くのが大事な回でした。

ラインハルト王子が前に立ち、ルシアンは参謀として支え、アレンは裏の刃として動く。この役割分担が整理できたことで、次の旧外郭水門編へ入りやすくなったと思います。

アレンが政治を「嫌々」覚えている感じも、少し彼らしくて良いところでした。


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