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姉と妹が国民的女優ですが、俺は機械をいじっていたい  作者: よんまるよん
第三部「守る人になりそうです」

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第58話「台本の外で」

 (ひいらぎ)(はな)はその日、撮影が終わったあと、水城(みずき)蒼真(そうま)を引き止めた。


 引き止めるつもりはなかった。


 なかったが、結果として引き止めた。


「蒼真くん」


「はい」


「あの、次のシーン、ちょっと気になるとこあって」


「次のシーン」


「相談、いいですか」


「いいですよ」


 蒼真は座った。


 座った椅子は、スタジオの隅にあるパイプ椅子だった。撮影が終わったあと、スタッフが片付けの動線から外して隅に寄せたやつ。座る人を想定していない椅子。それに蒼真が座って、華も座った。二人で隅で座った。


 台本を開いた。


 開いたが、華はどのシーンを相談したいのかを、まだ決めていなかった。


 決めていないまま引き止めてしまった。


「えっと」


「はい」


「次のシーンって」


「次の撮影日のシーンですか」


「あ、そう、それ」


 蒼真がページをめくった。蒼真がめくる方がなぜか華がめくるより早く目当てのページに着く。台本の構造を、蒼真は完全に頭に入れているらしい。完全に頭に入れている人は、めくるスピードが違う。華はめくるたびに、自分が今どこにいるかを少し迷う。


「これですか」


「あ、そう。これ」


 華は台本の余白を見た。


 余白には、何も書いていなかった。書いていないのは、華が、このシーンに何の疑問も持っていないからだった。疑問を持っていないシーンを「相談したい」と引き止めた華は、これから、急いで疑問を作らなければいけなかった。


「えっと」


「はい」


「ここの『行くよ』って、どんな感じで言うのが、いいと思います?」


 言いながら、華は自分の声が、ちょっと嘘っぽいことに気づいた。


 気づいたが、もう後戻りはできなかった。


「『行くよ』」


「うん」


「……どんな感じ、というのは」


「あの、ほら、強い感じか、弱い感じか、みたいな」


 蒼真は、少し考えた。


 考えるあいだ、目線を斜め下に落とす。考える時の蒼真の癖だ。華はその癖をもう知っている。知ったのが最近なので、見るたびに知っていることに軽く驚く。


「強くも、弱くもない、と思います」


「うん」


「『行く』ことだけ、決まってる声」


「決まってる声」


「うん。決まってるけど、何があるかは分からない、みたいな」


 華は頷いた。


 頷きながら、これは台本相談として成立しているのか、と内心で確認した。確認したが、たぶんぎりぎり、成立していた。成立していたので、華は次の質問に移れた。


「蒼真くんって」


「はい」


「子供の頃、どんな子だった?」


 訊いた瞬間、華は自分の口を、少し恨んだ。


 台本相談から急に子供時代の話に飛んだ。飛んだ理由は華にも分からない。分からないが口は飛んでいた。口が飛ぶというのは、口に意思があるということだ。意思のある口というのは、女優としてはけっこう困った装備だ。


 蒼真はまた目線を斜め下に落とした。


「……普通でしたよ」


「普通って、何」


「普通は、普通です」


「普通って、定義が、難しくないですか」


「難しいですね」


「具体的には」


「……何を食べてたか、とか」


「何を食べてたんですか」


「カレー」


「カレー」


「週に二回くらい」


「多いですね」


「母が、カレーが、得意だったので」


「お母さん、得意料理がカレー」


「はい」


「私の家、得意料理、誰もないかも」


「誰も、ない」


「うちの母、ミラノに住んでて」


「ミラノ」


「で、たまに帰ってくる」


「そうですか」


「だから、料理は、田中のおばちゃんが」


「田中さん」


「うん。近所の人」


「近所の人が、料理を」


「だから、得意料理が、田中さんのカレー」


「華さんの家のカレーは、田中さん」


「そう」


 蒼真が、少し笑った。


 笑った蒼真の顔を、華は、見た。


 見たが、長く見ると相手も気づくので、すぐに目線を台本に戻した。台本には相変わらず何も書いていなかった。書いていない余白を、華はペンの後ろで軽く叩いた。叩く必要はない。必要はないが、叩かないと何かが間に合わなかった。


「で、蒼真くんのお母さんのカレーは」


「ルーから作ります」


「ルーから」


「市販のじゃなくて」


「すごい」


「子供の頃は、それが普通だと思ってました」


「普通の家、どうなってるの」


「分かりません」


 蒼真がまた、少し笑った。


 華も、少し笑った。


 笑ったあと、二人とも、しばらく黙った。


 黙ったが、気まずくはなかった。気まずくなかったというのが、華は自分でもちょっと不思議だった。普段の華は無言の時間があんまり得意ではない。得意ではないので無理に話をする。今日は話さなくても平気だった。平気だったが、その平気さが平気じゃなかった。


「あの」


「はい」


「蒼真くんって、犬派ですか、猫派ですか」


 訊いてから、華は自分の質問の貧弱さに、少しだけ落ち込んだ。


 台本相談として始めた会話が、得意料理に飛んで、犬派猫派に飛んだ。飛距離だけは、立派だった。


「……どっちかというと」


「うん」


「魚派です」


「魚」


「実家が魚を、飼っていたので」


「魚」


「金魚」


「ふーん」


「あと、どじょう」


「どじょう」


「父が、なぜか、どじょうが好きで」


「お父さん、どじょう派」


「派、というほどではないと思いますが」


「でも、家にどじょうがいたんですよね」


「いました」


「派です、それ」


「……そうかもしれません」


 華は笑った。


 笑った時、スタジオの時計を、ちらっと見た。


 時計の針は、撮影終了から、もう一時間以上、進んでいた。一時間以上のあいだ、華と蒼真は、パイプ椅子に座って台本を開いて、カレーとどじょうの話をしていた。


 していたが、華は、今の今まで、時間に気づいていなかった。


 気づかなかったというのは、台本相談に集中していた、ということではない。集中していなかった。集中していなかったのに、時間が、減っていた。減ったのに、減ったことに気づかなかった。


 これは、一体、何という現象だろう。


 華は考えた。


 考えたが、考えても答えは、出なかった。


   


 奈々は見ていた。


 宮本(みやもと)奈々(なな)は、スタジオの反対側の隅で、自分の出番が終わったあとも帰らずに座っていた。今日の奈々の出演シーンは午後の早い時間で終わっている。終わっているのに、まだいる。いるのは、自分の楽屋に戻る前に、ちょっと、目の保養がしたかったからだった。


 目の保養というのは、語弊がある。


 目の保養というよりは、観察、と呼ぶ方が正確だ。


 奈々は手元の手帳を開いた。手帳は二冊ある。一冊は仕事用で、もう一冊は、こっちだ。こっちの手帳には、いつから始まったのかは奈々も忘れた、ある記録が続いている。記録の名前は《柊華・水城蒼真 台本外会話時間》。


 《本日の経過時間:五十二分》


 奈々はボールペンで書き込んだ。


 この記録は、奈々の中でささやかな趣味だった。


 誰にも見せない。


 見せたら、たぶん奈々は社会的に終わる。


 でもつけている。


 つけたいからつけている。


 奈々は女優だ。キャリア二十年。子役からこの世界にいて、もう長い。長いから、現場で起きる小さな兆しに気づくのが、わりと早い。気づくが、たいていの場合は、見て見ぬふりをする。それが現場というものの平和の保ち方だと、奈々は知っている。


 でも、この二人については、見て見ぬふりをしない。


 しないというのは、業務上の何かではない。


 純粋に、面白いから、見ている。


 《五十五分》


 奈々はまた手帳に書き込んだ。


 書き込んでから、ペンを置いて、コーヒーをひとくち飲んだ。


 冷めていた。


 冷めたコーヒーを、奈々はそのままもうひとくち飲んだ。冷めたから捨てるという選択肢を、奈々は最近取らなくなっている。冷めたコーヒーを飲んでいる時間がけっこう好きだった。冷めたコーヒーを飲みながら、若手俳優二人が台本相談の名のもとにカレーとどじょうの話をしているのを遠くから見ている時間。これをもう少しやっていたかった。


「奈々さん」


 声をかけてきたのは、撮影監督だった。


「お疲れ様です」


「奈々さん、もう上がりですよね」


「ええ」


「あの二人、まだ相談してるんですか」


「らしいですね」


「奈々さん、付き合ってあげてるんですか」


「いえ」


「いえ?」


「観察してるだけです」


 撮影監督は、しばらく黙った。


 しばらく黙ってから「……奈々さんも、お疲れ様です」と言って、自分の仕事に戻っていった。


 奈々は手帳に視線を戻した。


 戻して、台本相談中の二人を、もう一度見た。


 二人はまだ座っていた。


 今度はなぜか、台本を閉じていた。


 台本を閉じた状態の台本相談というのを、奈々は今日初めて見た。


 《六十二分。台本、閉じる》


 奈々は書き込んだ。


 書き込んだ手帳の文字が、自分でもわずかにうきうきしているのが分かった。二十年やってきた女優がうきうきする現場というのは、業界でそう多くない。多くないものを、自分はたぶん今、見ている。


   


「蒼真くんって」


「はい」


「兄弟、いますか」


「いえ。一人っ子です」


「あ、そうなんだ」


「お騒がせしない兄弟がほしかったとは、たまに思います」


「お騒がせしない兄弟、いないですよ」


「いないですか」


「うちは、お騒がせ二人」


「お騒がせ二人」


「兄が二つ上」


「お兄さんが二つ上」


「お姉ちゃんが四つ上」


「お姉さんが四つ上」


「真ん中に兄、上に姉、下に私」


「真ん中の方は、何をされてるんですか」


「機械いじり」


「機械いじり」


「ずっとやってる」


「お仕事ですか」


「らしい」


「らしい?」


「私もよく分かってない」


 蒼真が小さく笑った。


「お姉さんは、女優さんですよね」


「うん」


「すごいご家族で」


「すごくはない」


「いえ、すごいですよ」


「うちでは普通」


「……普通の基準が、独特ですね」


「そうかも」


「お母さんは」


「ミラノに住んでる」


「ミラノ」


「今は帰ってきてるけど」


「あ、そうなんですね」


「もうすぐ戻る」


「ミラノにですか」


「うん」


「お父さんは」


「ロサンゼルス」


「ロサンゼルス」


「うん」


「家には、誰がいるんですか」


「私と、兄と、お姉ちゃん」


「三人暮らし」


「三人。あと、田中のおばちゃんが、ほぼ住んでる」


「ほぼ住んでる」


「夕食、ほぼ毎日いる」


「四人暮らし」


「数え方による」


 蒼真がまた小さく笑った。


 笑った蒼真の笑い方が、いつもより少しだけ長かった。長かったというのは、ほんの少しだ。普段の蒼真の笑いは瞬間で終わる、と華は知っている。知っているのが我ながらちょっとこわい。今日の蒼真の笑いは、それよりもう少しだけ続いた。たぶん、というのは、華が時間を計る女優ではないからだ。


 その差を、華は感じ取った。


 感じ取って、感じ取ったことを、自分の中にしまった。


   


「華さん」


「はい」


「華さんは、子供の頃、どんな子でしたか」


「私?」


「はい」


「うーん」


 華は考えた。


 考えながら、自分の子供時代をぼんやり回した。回しながら、自分の子供時代の中で、蒼真に話していい部分と話さない方がいい部分を無意識に選別している自分に気づいた。気づいて、選別している自分に軽く戸惑った。


 なぜ選別しているのか。


 選別しているのは、相手に、よく見られたい時だ。


 よく見られたいのは、相手のことを、気にしている時だ。


 気にしているのは——


 ここで、華は、思考を、止めた。


 止めて、無難な話を、選んだ。


「お姉ちゃんの真似ばかりしてた」


「お姉さんの真似」


「歌うとことか」


「歌、好きでしたか」


「うん。今もちょっと好き」


「歌、いい声してますよね」


 華は止まった。


 止まったが、止まったことを、悟られないように、頷いた。


「そう、ですか」


「うん。アフレコで聞きました」


「アフレコ」


「華さん、いい声」


「あ、そう」


「お姉さんの遺伝?」


「うちの家系、全員、声がでかい」


「あ、ちょっと違う話だ」


「違う話」


 二人で笑った。


 笑った二人の声が、誰もいない撮影スタジオに、ぽつぽつと落ちた。落ちた声は、機材の隙間に少し吸われていった。


   


 奈々は立っていた。


 いつのまにか、撮影スタッフがほぼいなくなっていた。残っているのは、奈々と、撤収を待っている照明スタッフが一人と、それから座っている二人だけだ。


 《一〇九分》


 奈々は書き込んだ。


 書き込んでから、書き込んだ数字を二度見した。一〇九分。一時間四十九分。終業後の、台本相談として始まった二人の会話。


 奈々は自分の手帳の一番下の欄に目をやった。


 一番下の欄には、これまでの記録の最高値が書いてある。


 《最高記録:八十四分》


 今日、それを超えた。


 大幅に超えた。


 奈々はしばらく自分の手帳を見ていた。


 見ていたら、目の前で蒼真が立ち上がった。


 立ち上がって何かを言った。


「華さん、ちょっとコーヒー、買ってきます」


「あ、お願いします」


「すぐ戻ります」


 蒼真はスタジオを出ていった。


 出ていったあとに、華が一人で座っていた。


 座って台本をもう一度開いた。


 開いたが、何のページかは見ていなかった。


 見ていない目で台本を見ていた。


 奈々はその横顔を遠くから見た。


 見たあとで、自分の手帳にもう一行書き加えた。


 《新記録達成。続行中。》


 書き加えてから、奈々はコーヒーをひとくち飲んだ。


 まだ冷たかった。


 冷たかったが、奈々はそれを一口で飲み干した。


   


 帰宅したのは、夜の十一時を少し過ぎた頃だった。


 玄関のドアを開けると、リビングのテレビから、バラエティの音がした。バラエティの音と、(りょう)のキーボードを叩く音が、重なっている。


「ただいま」


「おかえり」


 リビングに入ると、ソファに(りん)が座っていた。テレビを見ているふりをして、スマホを見ていた。ダイニングテーブルでは、遼が、ノートパソコンの画面を見ながら、何か、作業をしていた。


「華」


「うん」


 遼が画面から目を離さずに、こちらを見もせずに、言った。


「顔、赤いぞ」


 華は止まった。


 止まって、玄関の鏡を、急いで見た。


 見たが、玄関の鏡はリビングからは見えない位置だ。リビングから見えない位置の鏡を、リビングにいる遼が見るはずがない。見るはずがないのに、遼は顔が赤いと言った。言うということは、遼は画面から目を離さずに、華の顔の色を知っているということになる。


 知っているはずが、ない。


 ない、はずだ。


 ない、はず、なのに——


「赤くない」


「うん」


「うんって言わないで」


「うん」


「赤くない!」


「うん」


「お兄ちゃん!」


「呼び方戻ったぞ」


 華は止まった。


 止まって、自分が「お兄ちゃん」と言ったことに、気づいた。


 普段の華は遼を「遼」と呼ぶ。「お兄ちゃん」と呼ぶのは、子供の頃か、本当に怒った時か、感情が普段の場所からずれた時だけだ。今日は怒っていない。怒っていないのに「お兄ちゃん」が出た。


 出たことを、遼は聞き逃さなかった。


「珍しいな」


「珍しくない」


「うん」


「うんって言わないで!」


「華」


 ソファから、凛が顔を上げた。


「うん?」


「お風呂、先に入る?」


「入る」


「じゃあ、入りな」


「うん」


 凛は、それ以上、何も、言わなかった。


 言わなかったが、凛は華の顔の色をもう把握していた。把握した上で、これ以上は突かないと判断したらしかった。凛はこういう判断が最近早い。早いのは、たぶん神崎の現場で何かが変わってきているせいだ。せいだが、その「せい」がいいことなのかよくないことなのかは、華にはまだ分からない。


 華はお風呂に向かった。


 向かう途中で、ダイニングを、もう一度、ちらっと見た。


 遼は画面に戻っていた。


 戻っていたが、画面のどこを見ているかはなんとなく見ていない感じだった。見ていない感じだが何も言わない。何も言わないのが、たぶん遼の優しさだった。


「遼」


 華は、振り返って、言った。


「ん」


「ありがとう」


「何の」


「分からない」


「そうか」


 遼は画面に戻った。


 華はお風呂に向かった。


 向かう途中、廊下の角で、自分の頬を、両手で、軽く、押さえた。


 たしかに、少し熱かった。


   


 桜井(さくらい)詩織(しおり)は、その夜、いつもの場所に、立っていた。


 マンションの自分の部屋の窓辺。カーテンの隙間から、向かいのマンションを、見ている。


 向かいのマンションの、九階。柊家。


 今夜は、リビングの灯りが、ついていた。


 ダイニングの灯りも、ついていた。


 遼の部屋の灯りも、ついていた。


 ぜんぶ、ついていた。


 ぜんぶついているということは、家族が揃っているということだ。揃っている柊家を、詩織はいつもこうやって遠くから見ている。


 今夜は、それで、十分だった。


 十分というのは、それ以上を求めていないという意味だ。それ以上を求めないと決めたのは、由紀と話した日からだった。由紀と話してから、詩織は自分の中で何かが少し解けた。解けたが、解けた先で何をするかはまだ決めていない。決めていないが、決めなくてもいいと思えるようになった。


 ぜんぶの灯りが、ついている。


 それを、見ている。


 それで、足りる。


 足りるというのは、満たされているということではない。満たされていないが、これでいいと決めたということだ。


 詩織はカーテンを少しだけ、閉めた。


 閉めて、ベッドに戻った。


 戻る前に、もう一度だけ、向かいのマンションを、見た。


 見たら、灯りは、まだ、ついていた。


 ついている灯りを、詩織はしばらく、見ていた。


 見ていたら、ふっと、向かいの一室の灯りが、消えた。


 消えた灯りは、遼の部屋ではなかった。遼の部屋の隣、たぶん華の部屋だった。華がお風呂に入って戻ってきて、灯りを消したのかもしれなかった。


 消したあとに、すぐ、灯りがまたついた。


 ついて、しばらくしてまた消えた。


 ついて、消えて、ついて、消えて。


 たぶん、華は、何かを、考えていた。


 何を考えているのかは詩織には分からない。分からないが、灯りがついたり消えたりしているのを、詩織はしばらく見ていた。


 見ながら、詩織は少し笑った。


 笑った理由は、自分でも、よく、分からなかった。


 たぶん、柊家の誰かが今夜、自分と同じように何かを考えている。それがなんとなく嬉しかった。嬉しいというより、ほっとした、のほうが正しいかもしれない。


 詩織はカーテンを最後まで、閉めた。


 閉めて、ベッドに入った。


 入って目を閉じた。


 閉じた瞼の裏に、向かいのマンションの灯りが、まだ、少し残っていた。


 残ったまま、詩織は、眠った。


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