SILENT AEGIS ──TechVision特殊部隊、東京作戦記録──第九話(前編)「INTERCEPT ZERO」
六月。
午後四時二十分。
サラ・キムのモニターに、二つの点が動き始めた。
先週のうちに仕込んでおいたGPSトラッカーだ。六台目と七台目——倉庫周辺に停まっていた車両のサスペンションアームに、磁石式の小型発信機をそれぞれ貼り付けてある。作業時間は合わせて十秒かからなかったが、サラが一番緊張したのはこの瞬間だ。誰かに見られていたら終わりだった。
その二つが、今、同時に動いている。
工業地帯の内部から出口方向へ。速度は時速二十キロ前後——急いでいるが、目立たないようにしている速度だ。サラはルートと方角と推定到達時間を三秒で頭に入れてから、無線に言った。
「ECHO、INTEL。トラッカー二台が動いた。工業地帯の出口へ向かっている。現在の方角から渋谷方面へ向かう可能性が高い。凛さんの撮影現場まで二キロ以内」
一秒の沈黙。
「今日だ」
ヴィクターの声は、いつもと変わらなかった。
ヴィクターの判断は速い。倉庫と別動隊を同時に制圧する余裕がないことは分かっていた——六人で二方向を同時に叩けるほど、ECHOは大きなチームじゃない。
「別動隊を先に潰す。工業地帯を出る前に」
「サラ、車両を止められるか」
「ECUハッキング《※1》を試みます。先週、OBD-IIデバイス《※2》を車体に仕込んでいます。ただし——止まった瞬間、中の人間が出てきます。武装しています」
※1【ECU(Engine Control Unit)ハッキング】現代の自動車はエンジン・変速機・ブレーキをECUというコンピュータで制御している。このシステムに外部から侵入してエンジンを強制停止させる技術。事前に車体へのアクセスが必要で、技術的難易度は高い。元NSAのサイバー専門家であれば現実的な手段。
※2【OBD-II(On-Board Diagnostics II)】自動車の自己診断ポート。整備用に車体に標準搭載されているが、外部アクセスのポイントにもなり得る。
「わかっている。鮎川がタイヤを潰す。ECHO三名が制圧に入る。サラは電子系統の支援を続けろ」
エリック、マルクス、ジュリアへの指示は一言だけ。
「工業地帯の出口。今から動く」
工業地帯の南側に、袋小路になった路地がある。幅四メートル、両側コンクリート壁、出口まで四十メートルの一本道——事前偵察のときにエリックが見つけていた場所だ。倉庫から外に出ようとすれば、車両は必ずここを通る。逃げ場がない。
三人が展開した。マルクスが路地の入口の角に身を潜め、エリックが反対側の出口付近の廃材置き場に滑り込み、ジュリアが路地の右側のコンクリート塀——高さ三メートル——の上によじ登ってMP5SD《※3》を抱えた。三方向から挟む形だ。路地に入った車両は、前に進めず後ろにも戻れない。
※3【MP5SD(H&K MP5 Schalldämpfer)】H&K社製の9mmサブマシンガン。内蔵サプレッサーで発射音を大幅に低減する。ジュリアのメインウェポン。
鮎川は倉庫とは別の廃ビルの屋上に移動していた。工業地帯の出口路地を見下ろせる位置を確認して、AI AXMC《※4》を据えた。スコープを覗くと、路地の手前から二台のハイエースが近づいてくるのが見えた。
※4【AI AXMC(Accuracy International AXMC)】英国Accuracy International社製の精密狙撃ライフル。.308 Winchesterと.338 Lapua Magnumのバレル換装が可能なモジュラー設計。今日の装填は.308 Win。世界三十カ国以上の特殊部隊に採用。鮎川のメインウェポン。
「SNIPER。車両二台、路地に入った。出口まで推定二十秒」
「サラ、止めろ」
サラの手がキーボードの上を走る。デバイスに接続、認証、エンジン制御系に侵入——停止コマンドを送信した。
一台目が路地の中央で突然止まった。二台目が急ブレーキを踏んで一台目の後部すれすれで止まった。二台が路地に詰まる。
「SNIPER。両車停止確認。タイヤを狙います」
引き金を四回引いた。一台目の後輪二本、二台目の前輪二本——これで車両はもう動けない。
四秒の沈黙があって、両方のドアが一斉に開いた。
男たちが出てきた。四人、六人、八人、十人。全員武装、グロックとM4《※5》が混在している。突然の停止とタイヤが潰れた音に混乱していて、まだ状況を把握できていない。この数秒が全てだ。
※5【M4カービン】アメリカ軍の主力突撃銃を短縮したモデル。5.56mm弾、30発マガジン。世界中で密輸され犯罪組織にも広く流通する。
「ECHO、ゴー」
エリックが廃材置き場から走り出て、路地の出口を塞ぐ。
前方の男二人に銃口を向ける。二人は逃げ場がない。
「On the ground! Now!」
一人が動いた——M4を持ち上げようとした。エリックは迷わず撃った。右肩。男が崩れてM4が床に落ちた。もう一人は両手を上げた。フレックスカフ《※6》をかけて、落ちたM4を蹴って遠ざける。以上。次へ。
※6【フレックスカフ(Flex Cuffs)】使い捨てプラスチック製手錠。軽量で複数携帯でき、突入作戦での迅速な拘束に多用される。
路地の中央では既に銃撃戦が始まっている。
マルクスが角から出る。入口側の男四人が銃を向けてきた——転がりながら壁際の出っ張りに身を滑らせて、そこから二発。一発が男の太股に入り、男が崩れて叫ぶ。もう一発は外れた。舌打ちして、また動く。立ち止まらない。
塀の上からジュリアがMP5SDで右側の二名を抑えた。発射音は小さいが、それでも路地に反響した。二名が床に伏せた。
残りの一人がM4を抱えたまま一台目の車両の後部に隠れる。
「SNIPER。一名、一台目の後部に隠れている。右側から出ようとしている」
エリックが動いた。一台目の左側を回り込む。男が右側から出てきたのと交差した。男がM4を向ける——エリックの方が〇・二秒速かった。一発、男の手首。M4が落ちた。
路地が静かになったのは、それから三十秒後のことだ。
十名。
死者二名——マルクスが撃った男は角度が悪く胸に入った。処置が間に合わなかった。
重傷二名。軽傷三名。無傷で拘束三名。
ECHOに被弾なし。
エリックは死んだ男を一秒だけ見て、それから視線を外した。感情は出なかった。アフガニスタンで二回、イラクで一回——そういう世界にいた人間の目だった。
ジュリアが塀から降りてきて、迷わずIFAKポーチ《※7》を開けた。重傷の二名から順に当たりながら、片手でヴィクターに報告した。
「二名、処置しました。搬送が必要です」
「処理班が来る。任せろ」
※7【IFAK(Individual First Aid Kit)】個人携行救急キット。止血帯、コンパックガーゼ、胸部シールなどで構成。
マルクスが壁に背中を預けていた。エリックが横に立った。
「大丈夫か」
「ああ」
二言はなかった。二人とも同じ場所を生きてきた人間だ。言葉にする必要がないことがある。
ヴィクターが路地に入ってきて、全体を見た。死者のところで目が止まった。何も言わなかった——こういう結果になることは、作戦を立てた時点で織り込み済みだ。
一秒後、言った。
「倉庫に向かう。十五分後に突入する」
六人が路地を出る。工業地帯の夕方の空気に、火薬の匂いが混ざっていた。
後編、第九話(後編)「FOUR SECONDS」へ続く。




