第2話 『ふたりだけのルール――目が合うだけで、息ができない』
あの日――卒業式の裏庭で交わされた“約束”は、
神谷陽翔にとって、誰にも言えない命のような秘密になった。
春休みを挟み、新学期が始まった。
高校2年生になった陽翔は、相変わらず目立つタイプではない。
目立とうとも思っていなかった。
けれど――誰よりも強く、教室のドアが開く音に耳を澄ませるようになった。
「Good morning, everyone. Let’s get started.」
水城梓――彼女は今日も変わらず、淡々と授業を進める。
けれど、陽翔はわかる。
ほんの一瞬だけ、教室の中を見渡すように目を動かす時――
自分の視線と、彼女の目がほんの数秒、交差する瞬間があることを。
(気づいてくれた……)
陽翔は、ペンを走らせながら、心の中だけで喜びをかみしめる。
クラスメイトは誰も気づかない。
彼女が特別に自分を見ているなんて、誰も思わない。
けれどそれでいい。
むしろ――その方が**“ふたりだけのルール”**が守られているようで、安心する。
•
ある日の放課後、英語準備室の前で、陽翔は偶然を装って立ち止まった。
プリントの訂正箇所を質問しようと思ったのは口実だった。
「水城先生、ここの熟語の使い方なんですけど……」
「ん……ああ、それはね、“keep an eye on”は“見張る”って意味だから……」
彼女がペン先でプリントを指し示すと、自然とふたりの指が近づく。
机の上で、そっと添えられた陽翔の指先に、梓の指がふれた――ような気がした。
(今の……わざと?)
ふたりの間にあった空気が一瞬だけ止まり、時間が動かなくなる。
だが次の瞬間、梓は視線を逸らしてペンを置いた。
「ちゃんと授業中に聞いてくれれば、わざわざ来る必要なかったのに」
少しだけ意地悪なその声は、
でもどこか、照れ隠しのような優しさを含んでいて――
陽翔は笑った。
「じゃあ次も、わからないふりして、来てもいいですか?」
「……ダメです。バレますよ?」
「……じゃあ、バレないように、上手く質問します」
梓はふっと笑った。
その笑顔は、他の誰にも見せていない、一瞬の隙だった。
•
帰り道。
陽翔はスマホの画面を見ながら、誰にも見せられない想いをつぶやく。
(目が合うだけで、苦しくなるのに。
それでも、今日も“先生と目が合えた”ってだけで、嬉しくなる自分がいる)
夜になって、机の上に開いた英語のプリントの隅に、
こっそりと小さな文字で書いた。
“I like your eyes.”
(先生の目が、好きです)
この気持ちは、誰にも渡せない。
けれど、いつか――卒業式の朝に、全てを伝えるために。
陽翔は、また明日も
“ふたりだけの恋”を続けるために、教室へ向かう。
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