第四十話
お互いにお互いの正体に気付いたが、レントがつい先ほどまで見ていた彼女を、彼女だと一目で判断できなかったのには理由がある。
彼女は外を歩くためか、普段と見た目が少しだけ違ったのだ。
大きな黒縁の丸眼鏡をかけ、髪色も紫ではなく赤色。ヘアスタイルはライブ時とは対照的に眉毛まで届くほどの前髪を無造作に垂らし、特に髪も縛らずにストレートのままだ。赤い髪は路地の街灯の光を反射しており、彼女のキューティクルを輝かせている。
服装も地味で、黒いジッパーなしのパーカーに、エナメル生地のような半ズボンを合わせている。
彼女はレントに気付かれると、再びフードを被った。
「ヤババ…でもまぁバレちゃしょうがないか…。後は…お願い。」
彼女はそういうとレントの手の中でゆっくりと目を閉じた。
レントは何をお願いされたのか分からず、万里雄の方を見る。
万里雄はすぐに構造理解を発動し、彼女の現状を探り始めた。
「これは…まずいよレント。」
「どうしたんだ?」
「可憐ちゃん…刺し傷がある。」
レントは彼女を抱きかかえていた背中側の右手を外す。するとそこにはかなりの血痕が付着しており、その様子に目を見開く。
「そんな…!?」
「大丈夫、死ぬような傷じゃないみたいだ。急所は避けてる。」
万里雄はすぐに彼女の体をさらに構造理解する。ただしそんな時間がないことをレントは悟った。何を頼まれたのか未来から理解したのだ。
「追われている…のか。」
レントはすぐに霧島可憐を背中に背負うと、万里雄の方を見た。
「すぐにここから離れるぞ。」
「え?」
万里雄は驚いている。
「万里雄の分析通り、彼女は刺されたんだ。犯人たちがもうすぐここに来る。ここからすぐに避難しないと危険だ。」
「は、犯人たち?複数なの?そ、そんな!?でもどこへ?」
万里雄は急な事態にひどく動揺しているが、危険な未来が迫ってくるのをすでに察知しているレントはもはや説明している時間すらないことを知っていた。
「すぐに逃げるぞ。俺についてきてくれ。」
そういって彼はすぐに走り出してしまった。
レントの焦る様子を見て、万里雄も尋常ではない事態を察する。
落ち着きを取り戻したわけではないが、直ぐにレントの跡を追う。
「それにしても…こんな街中でなんて…一体どうして?」
走りながらも万里雄は口を開く。
「今は走ることに集中しよう。きっと彼女が目を覚ませば教えてくれるはず。」
木を隠すなら森の中とは言うが、目線の開けた大通りをあえて避け、路地を曲がりながら追手を巻くように動き続ける。
今のレントの限界範囲である二十メートルに能力を発動しつつ、細かい路地を素早く移動し続ける。追手が見えた瞬間ドボン程度の距離しか索敵範囲ではないが、確実に見えていない道を選び続ければいい。
しばらく走り続け、レントは急に移動手段を徒歩に変える。
「はぁっはぁっ…どうしたの…?」
万里雄は息を荒くしつつも、突然走ることを止めたレントの方を見る。
「かなり振り切れた。どうなるか分からないが、とりあえず彼女を人狼の牙に持ち帰ろう。今一番安全なのはあそこだ。」
万里雄は何とか深呼吸をしつつ、レントの隣まで追いつく。
するとレントは万里雄の方をみた。
「ただ自由に走り過ぎて…テレポータルの位置が分からなくなった。」
万里雄は思わずズッコケそうになる。だが人命がかかっている以上、何とかそれは耐えた。
「な、なるほど。ちょっと待って…。」
万里雄は今まで走った道を冷静に整理する。疲労を抱えながら走っていたにも関わらず、万里雄の脳内には今まで通ってきた道が正確に記録されていた。
「うん、多分こっちだね。」
万里雄が指をさす。ただ今まで来た道を戻るという訳ではない。周囲の街路の構造から、この町がどのように道を通しているか推測し、それを元に進み始める。
「わかった。」
ただの予想でしかないそれを、レントは全く疑うことはない。
およそニ十分ほど歩くと、追手にも見つかることなく、大通りにすら出ずにテレポータルへとたどり着いてしまった。
「ふぅ…これで帰れそうだね。」
「たまにバグるけど、相変わらず超一流の脳みそだな。」
「それ、褒めてるの?」
そういいながらレントと万里雄はテレポータルに乗った。
未界へ移動するためのテレポータルにはギルドカードやそれに準ずる何らかの証明証が必要になるが、こうした区から区、町から町へ移動するテレポータルに証明証は必要ない。
誰でも移動することができる。
もちろん国から国へは別の証明証が必要になるが。
二人はすぐに人狼の牙へと戻った。




