第三十九話
老いた店員はそういうと、レントの方を見た。
「ええ。その通りです。ここ最近なったばかりですが。」
「そうですか…それでこのマグを…。」
老人は空間収納機能付きリストバンドを見た。
「お名前は?」
「俺はレント…隣は万里雄って言います。」
「そうですか。私はエルダーと申します。見ての通り、あまり人気のない中古マグショップを営んでおりまして、あなたのような冒険者のお客様は珍しい。」
エルダーはそういうと、二人と握手を交わした。
「そうですね…今後またあなた達が来店して下さることを期待しまして、今回は半額でいいですよ。」
レントと万里雄はエルダーの提案に目を見開く。
「ありがたい話ですが…本当にいいんですか?」
エルダーは聞き返したレントに頷くだけだった。
「もちろんです。売り上げこそあまり良くありませんが、義理と人情で今日日商売を続けてきました。それにこう見えて私自身にはかなり貯蓄があるものですから、特にお金にも困っていないのですよ。ですからこれは半額でも大丈夫です。」
エルダーはそういうと、二人に微笑みを向けた。
レントはそんなエルダーの様子に少しだけ迷ったが、二人が未だに貧乏冒険者であることはまがいもない事実であり、今後この店を懇意にするという形で今回だけ甘えるのは、賢い選択であるように思えた。
万里雄の方を見て、お互いの考えが同じか確認すると、彼も静かに頷いた。
「それでは今回はお言葉に甘えさせてもらいます。これ…十万円です。」
レントは紙幣を差し出した。エルダーはそれを確認する。
「はい、確かに。それでは今後ともよろしくお願いいたします。」
エルダーにお辞儀で見送られながら、二人はアキバのほとりを後にした。
「いい買い物ができたね。」
万里雄が早速手首に付けたマグを見てそういう。一見ただのリストバンドにしか見えないので、よほどの慧眼でもなければ取られるようなこともないだろう。
「また行くしかないな。あれは。」
今の所万里雄の方が体力がないことは明らかであり、今後もレントを追い越すようなことはなさそうなので、依頼遂行中の負担を少しでも減らせるように、万里雄がリストバンドを持つことになった。
そうしたやりとりを済ませ、二人はとうとうアキバから帰ることにした。
霧島可憐のライブといい、リストバンドといい、二人にとってはかなり収穫の多い一日だったことは間違いない。
「そうだ、ギルドの食堂での食事も十分美味しいけど、今日は少し遅いからどこかで食べて帰らない?エルダーさんが半額にしてくれたし、少しだけ贅沢しようよ。」
万里雄がレントの方を見て、そう提案した。
「たまにはいいかもな。よし、ならどこかで適当に済ませようか。」
二人は飲食店に入るために再び大通りに出た。大手マグショップばかりだが、よく見れば飲食店もそれなりに点在している。
そんな大通りのさなか、横道に一本逸れると小料理屋が立ち並ぶ通りがあった。そこまで数は多くないが、いわゆる居酒屋みたいなものが立ち並んでいる。
「おっ、僕お酒飲んじゃおうかな。」
万里雄がそういいつつ居酒屋を見比べ始めた。
すると通りの向こうから一人の女性が歩いてくる。かなりふらふらと歩いており、すでに相当なアルコールを摂取している様子だ。
大通りから外れているのでこの通りは軽トラ一台が通れるかどうか怪しいようなスペースしかない。フラフラとしている女性にぶつかりそうだったので、二人は隅に寄った。
厄介な酔っぱらいに絡まれることほど時間の無駄はない。
丁度女性が警戒する二人を通り過ぎそうになった時、それは起きた。女性はフラフラとしながらレントの方へと倒れてきたのだ。
余談だがレントはこの時、すでにこの未来を知っていた。
いつも通りすでに見ていたからだ。
彼が倒れてくる彼女をかわさなかった理由は一つだけだ。
それはすでに見知った顔だったから。
「…霧島…可憐?」
レントは倒れてきた女性の顔を見る。
「あれれ…君は確か…警備員君?」
霧島可憐はレントの顔を見た。




