第三十二話 人間の社会
「……お前のことだ。何とかすると言うからには、何とかなるんだろう。だが、念のため聞くぞ。王都に着いてからはどうするんだ?」
時間のことは伏せるとして、だ。フォリンには帰る場所が――少なくともこの時代には――無い。地理的な場所は同じかもしれないが、時代が違うのだ。すぐ帰れる場所ではない。
キーロフはこの一筋縄でいかなさそうな問題を、当然といえば当然なのだが重く受け止めていた。しかし、ボルスはというと然程顔色を変えずに話を続けている。しかも、たった今キーロフにされた問いかけに対してもそれは同様で。
「それも含めて何とかするよ」
「……誰が?」
「君が察してる通り、俺が」
また笑って見せるボルスに、キーロフはいよいよ声を荒げた。
「軽く言うな! 動物の子を拾ってきた訳じゃないんだぞっ!?」
「わかってるって! そう大声出すなよ、フォリンちゃんもびっくりするだろ?」
「む……い、いや。話を逸らそうとするな!」
一瞬流されてしまいそうになったが、キーロフはなおも喰らい付いて見せた。キーロフの意見は至極まっとうなはずなのだが、どうもこのボルスという男の言葉には不思議な説得力があるらしい。
「あ……あの! 私も喋って、いいですか?」
思い切って口を開いたフォリンへと、大人達は振り返る。口を閉じ、黙って彼女を見つめた。彼女とて、不安はある。ボルスの言葉が親切であることも理解している。しかし、それに対してフォリンは申し訳なさを感じてしまっていた。
「ボルスさんが私を気にかけてくれるのは、とてもありがたいです。でも……私、狩りも、植物を育てることもできます。自分で生きていくことができます。だから、」
ここまで口にしたフォリンの肩に、ずしりとした重みがかかる。ボルスの大きな手が、彼女の肩に乗せられていた。俯きがちだった視線を上へと上げると、そこには酷く難しそうな、悲しそうな表情のボルスがいた。その雰囲気にフォリンが硬直していると、ボルスはゆっくりと首を振り、告げる。
「この時代はね、君のような女の子が一人で生きていけるようにできていないんだ。人間の社会は、残念だけど君がいた世界程美しくはないんだよ」
真剣な眼差しだった。ちらりとキーロフを見ると、彼女はふいと視線を逸らしてしまっう。その表情からは先程ボルスに見せていたような激しい感情は消え失せていた。控えめにボルスを見上げながら、フォリンはおずおずと口を開く。
「本当に……お世話になってもいいんですか?」
「あぁ、勿論だとも」
頼りがいのある、優しい笑み。マルクやミリアのものとは雰囲気の異なるそれから、何故かフォリンは目が離せなかった。フォリンが黙ってボルスの顔を見つめていると、彼は一言こう付け加えた。
「俺はお節介焼きだから。ま、気にしないでくれ」




