第二十三話 狩猟採集
フォリンが階下へ降りると、ミリアがソファ――といっても、我々が想像するようなふかふかとした物では無い、過去の遺物である――に気怠げに転がっていた。ミリアはフォリンの足音に反応し、仰向けのまま胸を反らせた。
「あ、フォリンちゃん。結構長かったわね」
寝そべった姿勢のまま、ミリアが声をかけてくる。頭が逆さまになっているせいで長い髪は床すれすれに垂れ落ちているが、本人は気にするそぶりがない。
「うん。ちょっと、話し込んじゃった」
「そっか」
フォリンの回答は、あまり正しくはない。それは何となくミリアにもわかっていたが、彼女は何も言わなかった。ミリアは寝返りをうつようにして身体を起こすと、ソファから立ち上がる。
「そうそう、妖精王だけど。ついさっき出てったわ。貴方によろしく、ですって」
「え、帰っちゃったの? ……挨拶しそびれちゃった」
「気に病むことはないわよ。妖精王だって妖精だし、役目があるんだから」
グリムは、紛れもなく妖精だ。人外の機構。人外の能力。人外の容姿。法力ではなく科学によって動く絡繰。最低限のコミュニケーション能力を与えられてはいるものの、本来、グリムのような"祖母のような"挙動をしないのが妖精というものだった。
ミリアはフォリンへと歩み寄り、その残念そうな肩をとんとんと叩くと、微笑んだ。
「ねぇ、フォリンちゃん。私達もお茶でもして、少しのんびりしましょ?」
ミリアはフォリンの横をすり抜け、「台所借りるわね」と言いながら足を進めた。彼女はポットを片手に持ちつつ、自分の腰周りのポーチに収納していた小瓶を後ろ手に引き抜いた。
「それ、何です?」
「シェロとガァプのブレンドよ。甘いお菓子とよく合うんですって。果物も良いらしいわ」
ポットに注がれる小瓶の液体は、明るい色彩を纏っていた。水を追加し蓋を閉め、ポットを火にかける。
「果物なら、一昨日もいだアプルが三つあるよ。あと、グプレも」
「あら、丁度良い! 一緒に食べましょ!」
おやつの時間だ、と楽しそうなミリアの横でフォリンがしゃがむ。台所の床の近く、そこには冷蔵装置や食糧貯蔵庫が備え付けられている。彼女が先程述べた果物も、そこにしまってあるのだ。妖精に頼らず、人力で開ける蓋。取っ手を掴み、少し力を込めて引き、開ける。
「――あぁっ!」
ミリアの足元から、悲鳴にも似た声が聞こえてきた。彼女は目を丸くしながら、床に膝をついているフォリンの顔を覗き込む。
「どうしたのフォリンちゃん!?」
「れ……冷蔵装置……」
冷蔵装置もまた、人間が造り出した過去の遺物の一つだ。装置内を低温にすることで、食物を出来る限り新鮮に、長期間保つことができるようになっている。だが、それには妖精により管理される機構が組み込まれており――
「昨日の騒ぎで。冷蔵装置がダメになってたみたい……」
「……あらぁー」
装置内からは、蓋を開けた際は必ず広がる冷気というものが無かった。手を差し入れても、外気温と変わらない空気しかそこには無い。アプルは食べられそうだったが、グプレの外皮には皺が寄ってしまっていた。
「魚は……もう食べられないな……」
まだ食べられないものと、食べられないものを選り分けていくフォリン。魚などの生物の類はそこはかとなく食べられなくなっている雰囲気を纏っており、処分する他なかった。
果物は、残念ながら諦める他ない。しかし、今日の夕飯として考えていた食材が傷んでしまっている事実には弱ってしまう。三人分にしては、少し量が心許ないのだ。
フォリンはすっかり風通しの良くなってしまった冷蔵装置の蓋を閉めると、すっくと立ち上がった。
「私、何か狩って来ます。このままじゃ夕飯が寂しくなるし」
「狩りは大変じゃない? いいのよ、私達に気を遣ってるのなら気にしなくても」
実際、フォリンの行動原理はミリアとマルクがいるからに他ならなかった。しかし、少女は構わず玄関へと向かう。フォリンは玄関に立てかけていた弓を手にすると、ミリアへと振り返る。
「怪我や病気をした時も、最低限食事は摂らなきゃダメって言ったの、ミリアさんじゃないですか」
そう言うと、ミリアはむぅ、と難しい顔をした。正しい。間違ってはいない。けれど、今この場では肯定したくない。
「何かあった時、マルクさんを護れるのはミリアさんだし。ちょっとの間、家のことお願いしますね」
フォリンの右手首で、紅い石が煌めく。マルクが与えた獣避けの腕環だ。それがあれば、彼女の手に余る程の獣は現れないだろう――ミリアは兄の腕前を思い返しながら、口を窄ませて息を吐いた。そして、しっかりとフォリンの顔を見て、口を開く。
「……わかったわ。とびきり美味しいの、お願いね!」
「はいっ!」
ミリアの同意と獲物の希望を受け、フォリンはようやく胸を張って王都の外へ出ることが出来るようになった。フォリンは駆け足で石畳の街路へ出たると、片手で自身の足首を囲うように円を描く。
「乞い願う、疾風よ私に微かな助力を!」
フォリンの靴の踵に付けられた小さな石が、彼女の詠唱に反応して煌めいた。それと同時にふわりとフォリンの足が浮き上がる。
「じゃあ、行ってきます!」
「ええ、気を付けてね!」
王都に、二人の声だけが木霊する。フォリンは反響する自分達の声を聞きながら、風のように寂しい石畳を駆け抜けた。




