第二十話 杜の王
フォリンがオルガに状況を説明している間、ミリアはひたすらに暇を持て余していた。ミリアは説明を求められることはなく、できることもない。寧ろ、口を開こうとしたならばオルガに止められてしまうだろう。故に、ミリアはただひたすら、本来ならば手に持っているはずの杖を浮かせているだけだった。
あまりにすることがなかったミリアは、杖を浮かせたまま、庭へと出て行った。自身の目が届かないところで術式を維持することは決して簡単なことではないのだが、この程度のことはミリアにとっては造作もない。
庭に出たっきり、特に何をするわけでもなく庭の雑草を眺めていたミリア。そんな彼女に、グリムは呆れ顔で声をかける。
「……おい」
「なぁにぃ?」
「……不細工な顔をするでないわ」
「だあぁってぇ……」
振り返ったミリアの表情は、グリムが形容した通り不細工としか言い表わし様がなかった。見るに耐えない、といった様子で、グリムは首を左右に振る。
「フォリンに見せられるのか? その顔を」
「……フォリンちゃんは私がこんな顔してても、怒んないし愛想もつかさないもん」
「お主……」
グリムはそれ以上言葉を続けなかったが、その顔には「齢数百は下らない人物の発言とは思えない」、とハッキリ書かれていた。
ミリアの見た目は、今滅び行く人間の目から見て若いというだけだ。杜人からすれば――彼ら自身は、見た目で年齢を測ることは基本的にしないが――ミリアはとうに成熟した"大人"なのである。
「自分で言っていて恥ずかしくなったりせんのか」
「ちっとも。恥ずかしさで死んだりしないし」
何を言っても堪える様子のないミリアに、グリムももうお手上げ状態だった。グリムは少し深めの溜め息を吐き、後ろ姿だけは普段通り美しいミリアに一際厳しい言葉を投げつける。
「……お主は杜人を統べる身じゃろ。もう少し、こう……威厳を保つことに頓着すべきではないのか?」
グリムの一言に、ミリアが振り返る。その表情は先程までのような"不細工"なものではなかった。痛い所を突かれたような、バツの悪そうなそれ。彼女は眉間に皺を寄せながら、黙ってグリムを見つめている。
ミリアは、ただの杜人ではなかった。強大な法力を持つ杜人の中でも、飛び抜けて絶大な法力を有するミリア。彼女はその能力故に、杜人を統べる杜の王の地位へ就いているのである。
人間を含む人型の知的生命体が滅び行く中、唯一その長命という特徴から現代においても個体数を維持する杜人。つまり、ミリアというこの杜人は、人型知的生命体の王とも言えるのだ。
「威厳って何? 先代みたいに王座に座ること?」
「わかっておるくせに、かようなことを言うでないわ」
ミリアも、内心では理解はしているのだ。しかし、過去の自分と兄のこともあって、受け入れ難いのである。彼女自身、兄のように振る舞えば"正解"であることは重々承知だった。
「本来ならば、此処に来るべきじゃったのもお主ではなかった。フォリンに法術を授ける役目を負ったのはオルガだった……そうじゃろ」
今、フォリンと会話をしているオルガ。オルガもまた、優秀な法撃師である。もう十年は前になるが、フォリンへ法術の手解きをする人物として当初名が上がったのはオルガだった。
「……オルガがやりたいって言ったんじゃないもの。無理矢理役目を奪った訳じゃないわ」
「あぁ、知っておる。オルガがディアデムに悲しい思い出を持っていることもな」
「――それなら!」
「かといって! 王のお前が! 死にかけの人間どもばかり構うわけにもいかんだろう!!?」
グリムが叫ぶと同時に、その身体の周りにバリバリと電撃が走った。原因は、グリムの人間を貶めていると取れる口ぶりだ。変質しているとはいえ、妖精は人間の僕。主人を悪く言うことは、プログラムが許さないのだ。
ミリアはグリムの頬に手を伸ばそうとするが、周囲の電撃の為に触れることは叶わなかった。
「……大丈夫? 壊れたり、しない?」
「あぁ……この程度なら、な」
パチパチと小さな光を纏いながら、グリムが返す。音と光が鳴り止むまで、ミリアは沈痛な面持ちでグリムの小さな身体を見守っていた。
「儂は、妖精じゃ。人間を大切にしてくれるお主のことは、勿論大好きじゃ。しかし……しかし、じゃ。王たるお主が、滅び行くものばかりを見ていることを、快く思わん者もおるじゃろうて……」
グリムの言葉は、正しかった。フォリンを見守ろうとするミリアへ送られる視線は、酷く冷たいものも幾つか混じっていることも事実なのだ。
――あと五十年かそこらしか生きられない脆弱な生き物。そんな人間にかまける必要などあるのか。
表立っての批判こそ少ないが、反対意見は燻っている。もしもミリアが生半可な法力の持ち主であったとしたら、人間との縁を切るべきという意見が大多数を占めてしまうことにもなり得ただろう。
黙りこくってしまったミリアの顔を、グリムは少し高度を下げ、下から覗き見た。悲しげなそれは、マルクによく似ていた。グリムは、静かに問いかける。
「……贖罪のつもりか? 兄への」
「まさか。……こんなんじゃ足りないわよ」
自身の顔を見上げてくるグリムから逃れようと、ミリアはその小さな妖精に背を向けた。
「私は……兄さんから色んなものをとっちゃったから。私が出来る限り、兄さんのやりたかったこと、してあげたいと思ったことを手伝いたいって思ってるの」
ミリアとマルク。同じ顔をしながらも、違い過ぎる人生を歩んできた二人。今でこそ二人は並んで歩いているが、かつてはそうではなかった。否、ミリアがそうしようとしなかったのだ。その事実が、過去が。ミリア自身に贖罪をすべきだと苛むのだろう。
「けど……怪我させちゃうくらいなら。止めておくべきだったかな……」
そう呟くミリアの心は、晴れやかな空とは真逆の様相を呈していた。




