■第七話 スケルトンシスター、聖堂の重鎮を驚愕させる。
カッカッカ。なんと、トルディカの街の正門を一切通らず、
直接聖堂の内部へと入り込みおったわい。
城壁の陰に隠された秘密の扉に、地下通路。
ふむ……表向きは平穏を装うこの聖堂も、裏には色々と企みや秘密がありそうだ。
もっとも、今の吾輩の興味は、
その背後に潜む怪しい「黒ずくめの修道女」にある。
エレノアの奴、頭から足先まで全身をすっぽりと布で隠しておるつもりらしいが、
吾輩の魔眼はごまかせんぞ。
ヴェールの奥で、骨の身体がなんとも嬉しそうにはしゃいでおるのが丸見えじゃ。
「まあまあ……! 素敵ですわぁ……」
静かな廊下に、エレノアの呑気な感嘆が響く。
「おい! エレノア! しっ……!」
隣を歩くヴィルメが、青すじを立てて小声でたしなめた。
「だって、ヴィルメ様。壁の魔石も、窓のステンドグラスも……キラキラして、
とっても綺麗なんですもの」
「気持ちは分かるわ、今は見学している場合じゃないのよ。」
「はい。かしこまりましたわ」
返事だけは、相変わらず淑女らしく実に素直である。
ここトルディカの聖堂には、多くの修道女が行き交っている。
練達の戦闘修道女であるヴィルメとすれ違うたび、彼女たちは足を止め、
恭しく胸に手を当てて敬意を払っていた。
「ヴィルメ様、お帰りなさいませ」
「お疲れ様でございます、ヴィルメ様」
ヴィルメは軽く首を振ってそれに応える。
だが、そのすぐ後ろをガシャガシャと(音を殺そうとして余計に怪しく)
ついてくる全身黒ずくめの修道女に、誰もが妙な不審感を抱いていた。
「……あの方、どなたかしら?」
「顔を一切お出しになっていないけれど……」
「ヴィルメ様があれほど警戒して連れているなんて……まさか重要人物?」
ひそひそと交わされる視線と噂話。
エレノア本人は全く気づいていないご様子で、能天気に廊下の絵画を眺めている。
カッカッカ! 大物なのか、単なる天然なのか。まあ、間違いなく後者じゃな。
メインホールを抜け、重々しい絨毯が敷かれた司教室への廊下を
進んでいたときである。
「これは、ヴィルメ様。お務め、お疲れ様でございます」
曲がり角から姿を現したのは、落ち着いた佇まいの年配の修道女であった。
胸元に飾られた銀のクロス。この聖堂の修道女たちを束ねる、修道長である。
「修道長。お疲れ様です」
「ところで……そちらの後ろにいらっしゃる修道女は?」
修道長の鋭い視線が、エレノアに向けられた。ヴィルメは平然とした顔で答える。
「あぁ、これは……修道長。この者は少々事情がありましてね。
これから司教のところへ報告に行くところですよ。
……そうだ、修道長も時間があったら、後で司教室に来てください」
「そうですか? 分かりました。では、後ほど参りますね」
修道長は怪しみながらも、ヴィルメの言葉に従って立ち去っていった。
◇
司教室の重厚な木製扉の前。ヴィルメは足を止め、コンコンとノックをした。
「司教、只今戻りました。報告があります」
だが、ヴィルメはドアノブに手をかけず、その場でじっと待つ。
扉の向こうから、いぶかしげな司教の声が聞こえてきた。
「どうしました? ヴィルメ殿。入ってください。」
「実は……例の城門から逃げた修道女を連れてきました」
「な、なんですって!?」
ガタン!と部屋の奥で椅子が倒れるような音が響いた。
「本気ですか!? 怪我はありませんでしたか!?……いや、
構いません、すぐにお入りください!」
ガチャリとドアが開く。
室内へ足を踏み入れたヴィルメの背後にぴったりと寄り添う、
全身漆黒の怪しい修道女。
書類を抱えた司教は、その姿を見るや否やギョッとして顔をひきつらせた。
「ヴィ、ヴィルメ殿……大丈夫なのですか? その者は危険では……」
「ええ。この者は、エレノアといいます」
ヴィルメは落ち着いた声で促した。
「エレノア、こちらはここの司教様よ。ご挨拶を」
エレノアはそっと前に出ると、修道服の裾を優雅につまみ上げ、
美しい動作で深々と一礼した。
「お初にお目に掛かります、エレノアと申しますわ」
その所作には、育ちの良さと品格が溢れ出ていた。
司教は「ほっ……」と安堵の息を漏らす。
(ふむ、言葉遣いも礼儀も完璧な淑女ではないか。
身分を明かせぬ理由でもあるのだろう……)
そう司教が思いかけた、その時であった。
カッカッカ! 見ろ。ヴィルメの口元を!
あの冷徹な戦闘修道女の顔に、なんとも意地悪な悪戯心が芽生えておるぞ!
「エレノア。司教様にお顔を見せて差し上げなさい」
「ええ、喜んで♪」
素直なエレノアが胸の前で手を合わせると、顔を覆っていた黒いベールが、
スーッと光の粒となって消失した。
現れたのは——朝の光を浴びてつややかに輝く、白い頭蓋骨。
金色の瞳が、可憐に(?)司教を見つめている。
「ぎゃあああああああああッ!!!!」
司教は絶叫した。
持ち上げていた書類が舞い散り、膝の力が完全に抜けて
ガクガクと床に崩れ落ちる。
「ひっ、ひぃぃぃッ!? し、死霊人ぉぉぉッ!?」
ヴィルメは間髪入れずにくるりと後ろを向き、
口元を手で押さえて必死に肩を震わせていた。
(カッカッカ! 笑いをこらえておる! 完全な確信犯じゃ!)
そこへ、運悪くタイミングが重なった。
バンッ!
「な、何ですか今の悲鳴は!? 司教様!?」
悲鳴を聞きつけた修道長が、勢いよくドアを開けて部屋へ飛び込んできた。
部屋の真ん中でへたり込む司教。背中を向けて震えているヴィルメ。
そして……声のした方へ「あら?」と親切心で振り向いた、骨だけの修道女。
「お初にお目に掛かりますわ、修道長様——」
「ぎゃあああああああああッ!!!!」
本日二人目の、見事な腰抜け絶叫である。
修道長は白目をむきかけて壁にしがみつき、ズルズルと崩れ落ちた。
「あ……」
エレノアは、またやってしまったと申し訳なさそうに肩を落とし
(カシャリと骨が鳴り)、俯きながら再びベールで顔を隠した。
「すまない、二人とも。悪戯が過ぎた。申し訳ない……」
ヴィルメはようやく振り返り、真面目な顔を作って二人に深々と頭を下げた。
その直後である。
廊下からドタドタと慌ただしい大勢の足音が近づいてきた!
「司教様!?」「修道長様!?」「敵襲ですか!?」
「まずい……!」
ヴィルメは素早くドアの隙間から顔だけを出し、
間一髪のところで廊下の修道女たちを押し止めた。
「どうされましたか!? すごい悲鳴が聞こえましたが!」
「あー……すまない。ちょっとしたアクシデントで驚いただけよ。もう済んだわ」
ヴィルメは冷や汗を拭いながら、努めて冷静な声を繕う。
「すまないが、皆動揺している。紅茶と何かつまむ物を持って来てくれないか?」
「……分かりました。すぐにお持ちします」
足音が遠ざかり、ヴィルメはホッと息を吐いてドアを固く閉めた。
カチャリ。
室内には、沈黙が落ちた。
床にへたり込んだままの司教と修道長は、魂が抜けかけた顔で呆然としている。
「二人とも、本当に申し訳ない」
ヴィルメが改めて頭を下げ、エレノアも手袋をした両手を合わせて、
心底申し訳なさそうに呟いた。
「お二人共、驚かせてしまって本当にすみませんでしたわ……。
……ヴィルメ様、もう、こんな事なさるなんて、ひどいですぅ」
ベールの奥から小さく抗議するエレノアに、
ヴィルメは「ぐっ…」と言葉を詰まらせる。
やがて、ようやく正気に戻った司教と修道長が、
ガクガク震える膝を押さえながら立ち上がった。
「ヴィ、ヴィルメ殿……! これは一体どういうことですかな……!?」
「はい。順を追ってお話しします」
カッカッカ!いやはや、やってくれたわい!
冷酷な戦闘修道女の知られざるお茶目(?)な
一面と、それに巻き込まれる哀れな重鎮たち。
さて、ヴィルメよ。魔剣を素手で止め、泣き出し、聖魔法で傷を癒やしたこの
「骨のお嬢様」の存在を、一体どう説明するつもりかな?
吾輩は高みの見物を決め込むとしよう。カッカッカ!




