■第八話 スケルトンシスター、神の御業を披露する
カッカッカ。吾輩は一羽のカラスである。
様々なものを見てきたが、聖職者どものこんなやり取りは見たことがないわい。
これというのも、エレノア、おぬしの存在ゆえじゃな。
どれ、成り行きを見物させてもらうとしよう。
司教室に流れる、なんとも言えぬ気まずい静寂。
司教は自分の机に戻り腰かけた。修道長は、まだ膝の震えが止まらぬ様子で
ソファに座り直していた。ヴィルメもソファーに座り、息を整える。
「……コホン。それで、ヴィルメ殿。一体どういうことなのですか?」
司教が掠れた声で尋ねる。
ヴィルメは整った顔立ちを崩さず、淡々と経緯を説明し始めた。
「かなり森の奥まで探索していたところ、ただならぬ気配を感じましてね......」
◇
カッカッカ。司教や修道長も驚きと感心と、複雑な様子で聞き入っておる。
「いやしかし、ヴィルメ殿のあの鋭い一撃を手で受け止めるなど……
スケルトンには出来ぬはず......」
「本当に……本当に怖かったですわぁ、殺されるかと……」
エレノアがその時の恐怖を思い出したのか、ベールの奥で肩(骨)を
抱えて震える声で呟いた。
その様子を見つめていたヴィルメは、ソファからおもむろに立ち上がった。
「エレノア、こっちへ来なさい」
「はい、ヴィルメ様」
トコトコと素直に歩み寄るエレノア。
すると次の瞬間、ヴィルメは腰の魔剣レイピアをシャキインと引き抜いた!
「ヒッ……!? ヴィ、ヴィルメ様……!?」
「ヴィ、ヴィルメ殿! な、なにを!?」
司教と修道長が悲鳴を上げる。 だがヴィルメは静かに言い放った。
「心配するな、エレノア」
シュバッ!
鋭い一閃。レイピアの先が、エレノアの修道着の裾を引っかけ、
スパッと勢いよく切り裂いた!……が、切れた端から生地がシュウッと
チリチリと瞬時に元通りに塞がっていく。
「見ましたか、司教。この者の衣服は、彼女自身の魔力で形成されているのです」
「お、おお……」
あっけにとられる二人。
「エレノア、お前が最初に着ていたドレス調の修道着を見せてあげなさい」
「はいですわ♪」
エレノアが胸の前でしとやかに手を合わせると、ふわりと光が溢れ、
黒と白の洗練された豪華で優雅なドレスへと衣装が変化した。
司教と修道長は目を丸くして開いた口が塞がらない。
「そして、もう一つ……」
ヴィルメはそう呟くと、迷いなくレイピアの刃を自身の左腕に押し付け、
グッと引き裂いた。
「っつ……!」
赤い血がじわりと滲み出る。
「きゃああああっ!? ヴィルメ様ぁっ! な、何をなさいますの!?」
エレノアが悲鳴を上げた。 司教も慌てて立ち上がる。
「ヴィルメ殿! ご自分の腕を切るなど、何を考えておられるのです!」
だが、血を流すヴィルメの瞳は至極真面目であった。
「さあ、エレノア。やって見せなさい」
ヴィルメは、血のにじむ腕をエレノアに差し出した。
「もう……! ヴィルメ様ったら、らんぼうですわ……!」
エレノアはプンプンと(骨の手で)抗議しながらも、その声には、
先ほどまでの怯えとは違う心配が滲んでいた。
「頼む」
ヴィルメの真剣な眼差しに、エレノアは小さく頷いた。
「……分かりましたわ」
彼女はヴィルメの腕にそっと手をかざした。 すると、淡い光が、
傷口を優しく包み込んだ。その光は、 温かく、 静かで、
どこか神聖な気配を帯びていた。
吾輩の魔眼にも、それははっきりと映った。ただの魔力ではない。
闇に属する力でも、死霊を動かす力でもない。
澄み切った、清らかな魔力。やがて、光が消える。
ヴィルメの腕にあった傷は、跡形もなく塞がっていた。
「……治りましたわ」
エレノアが、ほっとしたように手を下ろす。
「ヴィルメ様、もうご無理はなさらないでくださいませ」
「……ああ。ありがとう」
ヴィルメは治った腕を見つめ、静かに息を吐いた。
カッカッカ! またやりおった!
「こ、この光は……! か、神の御業……!? なんということだ……信じられん、
魔物が神聖なる癒しの力を……!?」
司教はガタガタと震えながら叫んだ。
「私も……信じられません、司教様……」
修道長も胸の前で十字を切っている。
ヴィルメは、呆然とする二人を強い眼差しで見据えた。
「私が一番驚いたのが、この力です。……だからこそ、裁くのではなく、
ここに連れて参りました」
言葉を失い、完全に思考停止した二人が固まっていると——
コンコン。 ドアを叩くノック音が、静かな室内に響いた。
「お茶と、お菓子をお持ちしました」
ヴィルメがそちらへ目をやる。
「ああ、来たね。……さ、お二人とも。お茶が来ましたよ、一息入れましょう」
「コホンッ!」
司教がハッと我に返り、大げさに咳払いをした。
修道長も何事もなかったかのようにすまし顔でソファに深く座り直す。
扉が開き、お茶を持ってきた修道女が入ってきた。
テーブルに手際よく紅茶とお菓子を並べつつ、部屋の片隅でしおらしく
佇んでいる黒ずくめのエレノアをチラリと盗み見る。
重苦しく、異様な緊張感が漂う室内の空気に耐えかねたのか、
その修道女は一礼するとそそくさと退室していった。
ガチャリと扉が閉まる。
三人は沈黙したまま、温かい紅茶を一口すすった。
ズズ……と茶を飲む音が響いた後、司教がようやく口火を切る。
「……それで。今後、エレノアさんをどのように……」
語尾が濁る司教に、ヴィルメが答えた。
「はい。エレノアが言うには、家に帰りたい、と」
司教の視線がエレノアに向く。
「はい。わたくし、お父様とお母様の待つお屋敷に帰りたくて……
ここまで歩いて参りましたの」
「お屋敷……!?」
修道長が目を見開いた。
「あなた……もしかして、生前は貴族の出なのですか!?」
「ええ、そうですわ! 確か、爵位は……あぁぁっ、思い出せませんわ……!」
頭を抱えるエレノアを見て、ヴィルメが助け舟(?)を出した。
「ええ、そうなんですよ。彼女、私の剣を素手で掴んでわんわん泣きながら
『家に帰りたい』って言ったんです」
「まあっ! いやですわ、ヴィルメ様! 人前で言わないでくださいませ!」
エレノアが恥ずかしそうに顔を覆う。
ヴィルメは司教と修道長に向き直り、真剣な面持ちで頭を下げる。
「そこで、お二人にお願いがあります。エレノアの正体については、
どうか秘密にしておいていただけないでしょうか。彼女は私が責任を持って
面倒を……いえ、見張っておきますので」
司教は深く息を吐き出すと、ゆっくりと頷いた。
「……分かりました。そこまでの事情があり、ヴィルメ殿が身元を引き
受けるというのであれば、お任せいたしましょう」
「ありがとうございます」
修道長が立ち上がり、エレノアのもとへ歩み寄ると、
その手袋で覆われた手を優しく包み込んだ。
「エレノアさん。ヴィルメ様の言うことをよく聞いて、頑張るのですよ。
そうすれば、きっと神様が良いようにしてくださいますからね」
「はい! 頑張りますわ、修道長様!」
エレノアは嬉しそうに頷くと、くるりとヴィルメの方を振り返り、
両手を胸の前で合わせた。
「これから、よろしくお願いいたしますわ……ヴィルメお姉様♪」
「こら。調子に乗るんじゃない」
ヴィルメが呆れたように、だがどこか柔らかい手つきで
エレノアの頭を軽く小突いた。
カッカッカ!泣き虫でポンコツなスケルトンシスターと、
世話焼きな戦闘修道女の義姉妹(?)結成というわけか!
トルディカの聖堂に、何とも妙で、奇妙な平穏が訪れた瞬間であった。
……まあ、この娘の記憶が戻り、故郷を目指す旅が再開される頃には、
また一波乱も二波乱もあるのだろうがな。
どうやら、この二人から目を離すわけにはいかなそうじゃ。カッカッカ!




