■第六話 スケルトンシスター、秘密の扉をくぐる
カッカッカ。森の中で起きた一件は、
どうやら思いもよらぬ方向へ転がり始めたようである。
魔剣を素手で止め、泣き出し、挙げ句の果てには聖魔法で
傷まで癒やしてみせたスケルトンシスター。
エレノアという娘、まったくもって謎だらけである。そして現在。
ヴィルメはエレノアを連れて街へ向かっていたのだが……。
ぴたり。 突然、足を止めた。
「……」
腕を組み、何やら考え込んでいる。
カッカッカ。ははあ、なるほど。吾輩には分かるぞ。
この修道女、今さらながら重大な問題に気づいたのであろう。
全身骨のアンデッドを街へ連れ込む。ましてや、聖堂にまで入れる。
……普通に考えて、できるわけがない。
さて、どうするつもりか。見物させてもらおうではないか。
「……どうされました? ヴィルメ様」
エレノアが、不思議そうに尋ねた。ヴィルメは深いため息をついた。
「エレノア。お前、全身骨の身体を隠せるか?」
「え?」
「できれば、そのドレスもやめてほしい。私に合わせてくれ」
ヴィルメは自分の修道服を指で示した。
「普通の修道女に見えるように、だ」
「……はい。やってみますわ」
エレノアは素直に頷いた。
そして両手を胸の前で合わせ、祈るような仕草を見せる。
すると。 ふわり。 淡い光が、彼女の身体を包み込んだ。
黒と白のドレスが輪郭から薄れ、代わりに、ヴィルメとよく似た修道服が現れる。
頭部も深いヴェールに覆われ、顔はすっかり見えなくなった。
これならば、外見だけなら普通の修道女である。
中身が骸骨だなどと、誰が想像できようか。
「……よし」
ヴィルメは一度頷いた。
だが、すぐに眉間へしわを寄せた。
「エレノア。手だ。手がまだ見えている」
「あっ!」
エレノアが自分の手を見下ろす。
白い骨の指が、修道服の袖口から覗いていた。
「ど、どうしましょう? ヴィルメ様」
「……手袋を出してみろ」
「手袋ですね!」
エレノアは再び両手を合わせた。
ぽわん。
今度は、白い手袋が骨の手を包み込むように現れた。
指先までぴったりと覆われ、骨は一本も見えない。
「出来ましたわ、ヴィルメ様!」
エレノアは嬉しそうに両手を掲げた。
ヴィルメは、しばらくその手袋を眺めていた。
「……お前、本当に器用な奴だな」
「そうでしょうか?」
「褒めているわけじゃないんだが……」
カッカッカ!
まったく、同感である。
本人は何をしたのか、よく分かっていないらしい。
それなのに、頼まれたことは次々と形にしてしまう。
この娘の魔力、いったいどうなっておるのだ?
「よし。これなら何とかなるだろう。行くぞ」
「はい!」
二人は再び歩き始めた。
◇
やがて、森を抜けた。
目の前には、トルディカの城壁がそびえている。
しかし、ヴィルメが向かったのは城門ではなかった。
城壁沿いに歩き続け、人気のない場所で足を止める。
そこには、ただ石壁が続いているだけだった。
扉もない。窓もない。
「……あの、ヴィルメ様?」
エレノアが首を傾げる。
「ここから入るのですか?」
「そうだ」
ヴィルメは周囲を確認すると、壁に向かって片手を翳した。
すると。 淡い光が走った。
石壁の表面に、複雑な魔法陣が浮かび上がる。
幾重にも重なる紋様が回転し、中央に光が集まっていく。
そして、音もなく。石壁の一部が輪郭を現した。
まるで、最初からそこに扉が存在していたかのように。
「まあ……!」
エレノアは思わず声を上げた。
「扉が出てまいりましたわ!」
「声が大きい」
「あっ……申し訳ありません」
ヴィルメは扉に手をかける前に、エレノアを振り返った。
「いいか。このことは他言無用だ。誰にも話すなよ」
「はい、ヴィルメ様。秘密ですわね。うふふ」
「……本当に分かっているんだろうな?」
「もちろんですわ!」
その返事に、ヴィルメは何とも言えない顔をした。
カッカッカ。大丈夫か、この二人。
片や、秘密を守れるか不安になるほど素直な娘。
片や、その娘を秘密の通路へ連れ込もうとしている戦闘修道女。
先行きが心配である。
◇
扉の向こうには、地下へ続く階段があった。
ヴィルメが先に入り、エレノアが続く。
扉が閉じると、外の光は完全に遮られた。薄暗い石造りの通路。
壁には魔石の明かりが一定の間隔で埋め込まれ、ぼんやりと道を照らしている。
「まあ……地下に、このような通路があったのですね」
エレノアは、きょろきょろと周囲を見回した。
「昔からある通路だ。詳しいことは知らなくていい」
「そうなのですか?」
「そういうものだ」
ヴィルメはそれ以上説明せず、先へ進んだ。
カッカッカ。どうやら、あまり詳しく話したくない事情があるらしい。
それにしても、街の城壁に秘密の出入り口とは。
この聖堂、表向きの顔だけでは分からぬものがありそうだ。
しばらく進むと、通路の脇に部屋が見えてきた。
食堂である。見覚えのある石造りの壁。 長机。 椅子。
つい先ほどまでヴィルメが紅茶を飲んでいた場所だ。
「まあ! ここは……」
「声を抑えろ」
「あっ、はい」
エレノアは慌てて口元を押さえた。
二人は食堂を通り過ぎ、その先にある階段を上がっていく。
一段、また一段。やがて、
階段の先に扉が見えてきた。ヴィルメが扉を押し開ける。
その向こうには、聖堂の一階へ続く廊下が広がっていた。
「着いたぞ。ここがトルディカの聖堂だ」
「まあ……!」
エレノアは、目の前の光景を見渡した。ようやく街へ入ることができたのだ。
しかも、門番に追い返されたあの街へ。
「ヴィルメ様、本当にありがとうございます!」
深々と頭を下げるエレノア。
「礼はいい。これからが問題なんだからな……」
ヴィルメは額に手を当てた。
カッカッカ。さて。スケルトンシスター、ついにトルディカ入りである。
だが、彼女がこの聖堂で何を引き起こすのか。
そして、聖堂の者たちが彼女の正体を知ったとき、どのような騒ぎになるのか。
吾輩にも、まだ分からぬ。ただ一つ確かなことがある。
この娘、どうにも普通ではない。




