■第三話 スケルトンシスター、城門で逃げ出す
きゃーエレノア、感謝ですわ。
カッカッカ!吾輩は一羽のカラスである。
おや、何やら立ち止まって思案しておるぞ……街道の片隅で、
エレノアはふと足を止め、胸元に手を当ててつぶやいた。
「このままでは、また人を驚かせてしまいますわね……。これはいけませんわ」
流石に自分が通るたびに大騒ぎになるのはまずいだと察したのか、
彼女は街道を外れ、並走する森の中へと足を踏み入れた。
木々の隙間から街道の様子を伺いつつ、
森の中をシャカシャカと(骨の音を立てて)歩くエレノア。
カカカ。どれほど進んだであろうか。やがて森が開け、
頑丈で大きな街の城壁が見えてきた。所どころに見張り台が設けられていた。
街の正門には大勢の人々が列を作っている。荷車を引く商人。旅装の冒険者。
馬に乗った騎士風の男。籠を抱えた女性。皆、城門の前で順番を待っておる。
「まあ……賑やかな街ですわね。
ですが、ここからはどうしても人前に出なくてはなりませんわ」
木陰から様子を伺いながら、エレノアは再び困り顔(骨だが)になった。
「やはり、お顔をどうにかして隠さなければ……なにか隠すものを……」
独り言をこぼした、その時であった。
彼女の胸の奥から湧き上がった聖魔力が、スーッと顔の表面へと集まっていく。
光が収まると、漆黒の繊細なレースがマスクのようにエレノアの
顔全体を包み込み、怪しげながらも気品ある目隠しヴェールを作り上げていた。
手元も長袖の裾をすっと伸ばして見事に骨を隠す。側から見れば、
どこからどう見ても【顔を隠したミステリアスで気品ある修道女】の完成である!
「あら……? これで準備万端ですわね♪」
自覚はないが相変わらず都合の良い奇跡である。
エレノアは満足そうに頷くと、堂々と森を出て門へと続く行列の最後尾に並んだ。
門の近くでは、強面の衛兵たちが人々に対して何かを確認している。
お嬢様育ちには分からない。時には質問をし、時には荷車の中まで調べておった。
恐る恐る前に並んでいた行商のおじさんに声をかけた。
「あの……失礼しますわ。皆様、あちらで何をなさっていらっしゃいますの?」
「ん? ああ、入門審査だよ。通行証か身分証を見せるんだ。
どっちも無い奴は、銀貨1枚の通行料を払わなきゃ入れねぇよ」
「まあ! そうなのですか。ご親切にありがとうございますわ」
「……わたくし、何も持っておりませんわ」
カカカ。ようやく、そのことに気づいたか。
エレノアは自分の服を確かめた。優雅な修道服は良し。
金はない。
身分証はない。
許可証はない。
おまけに、どこの聖堂からと尋ねられても、答えようがない。
「……困りましたわね」
「ところで修道女さん、トルディカの聖堂へ行くのかい?」
「トルディカ……」
エレノアはその名を、心の中で繰り返した。それが、この街の名前であった。
「……ふふっ、心配いりませんわね!
信仰厚き修道女ですもの、事情をお話ししてお願い申し上げれば、
きっと快く通していただけますわ♪」
カッカッカ! 楽観的すぎるわ、この娘!!
見ず知らずの怪しい修道女をタダで通す衛兵がどこにいるというのだ!
「次! ……ん? 見ない修道女だな。どこの聖堂(教会)の所属だ?」
衛兵が物物しい態度で尋ねてくる。
「えっ? ええと……あ、あちらの……遠い聖堂ですわ!」
「あちらの遠い聖堂だと? 名前はなんだ?」
「な、名前……!? ええと、その……とっても静かな聖堂でして……」
しどろもどろになるエレノアに、衛兵の目が鋭く光る。
「おいおい、怪しいな……。おい、その黒いヴェールを取って顔を見せろ。
尋問室で詳しく話を聞くぞ」
「ですが、わたくしはトルディカの聖堂へ伺いたいのです。
どうか、通行のお許しをいただけないでしょうか?」
衛兵がズカズカと近づき、エレノアの顔へ手を伸ばしてきた。
「顔を確認する。ヴェールを上げなさい」
かっかっか。エレノアの思考が止まった。頭蓋骨を見せられるわけがなかろうよ。
「そ、それは……」
「どうした。聞こえなかったのか?」
「い、いえ、あの……」
エレノアは一歩後ずさった。
「恐れ入りますが、わたくし、少々……その……」
「いいから、顔を見せろ!」
衛兵が一歩踏み出した。エレノアは反射的にヴェールを押さえた。
(きゃっ!? 顔を見られたら、骸骨だとバレてしまいますわー!!)
「いやぁぁぁっ! ごめんなさいですわー!!」
かっかっか。思わず怯んだエレノアは、くるりと身を翻すと、
淑女の嗜みをかなぐり捨てて脱兎のごとく走り出した!
「なっ!? 待て! 捕まえろーッ! 逃げたぞーッ!」
衛兵の叫び声とともに、待機していた兵士数名が一斉に追いかけてくる!
「ひぇぇぇぇ! 追いかけてこないでくださいませー!」
スカートの裾を大きく持ち上げ、ガシャガシャと骨の音を響かせながら、
エレノアは一目散に近くの森へと飛び込んだ。
驚異的な脚力(魔物パワー)で木の根を跳び越え、茂みをかき分け、
どんどん森の深い奥へと突き進んでいく。
足元の石につまずきかける。森の中は、木々が密集しており、
足元には草や低木が生い茂っていた。
「きゃっ!」
「そっちへ行ったぞ!」
「森に逃げ込んだ!」
「追え! まだ遠くへは行っていないはずだ!」
「ひいいっ……!」
エレノアは思わず声を漏らした。
「はぁ、はぁ……どこへ消えた!?」
「くそっ、速すぎる……怪しい修道女を見失ったぞ!」
兵士たちの声が遠ざかり、ついに諦めて街へと引き返していった。
静まり返った森の深部で、エレノアは大木の陰に隠れて胸(骨)を押さえた。
カカカ。どうやら、追っ手は諦めたようだな。エレノアは、ようやく足を止めた。
「……た、助かりましたわ……。ですが、街に入るのも一苦労ですわね……」
カッカッカ! 一苦労どころの話ではないわ!
完全な不審者として手配されてしまったぞ、エレノアよ!
お父様とお母様の待つお屋敷へ辿り着くには、
まだまだ数々の災難(と本人の天然)が立ちふさがりそうである。




