■第二話「スケルトンシスター、故郷を目指す」
二話も、読んで頂ける?ありがとうございます。
吾輩は一羽のカラスである。
あの廃聖堂で、奇妙な娘を見つけてから、しばらく経った。
いや、正確には、まだ夜は明けておらぬのだがな。
エレノアと名乗った娘は、聖堂の中をもう一度見回していた。
崩れた祭壇。苔むした柱。床に散らばる瓦礫。
見上げれば、破れた屋根から月明かりが差し込んでいる。
「ここは、寂しい所ですわ……」
エレノアは静かに呟いた。吾輩から見ても、寂しい場所である。
吾輩には分かる、現世とも黄泉の世でもない。
生き物の気配が全く感じられない。もっとも、吾輩は廃墟をねぐら
にすることもあるので、住み心地については悪くないと思っているが。
「そうだわ!」
突然、エレノアが顔を上げた。
「お父様やお母さまの待つお屋敷に帰りたいのですけれど……
ここは何処かしら?」
カカカ。そこから考えるのか、娘よ。
エレノアは腕を組み、しばらく考え込んでいた。
「困りましたわね。自分の名前は覚えているのに、ここへ来るまでのことが、
どうにもはっきりしませんわ」
吾輩は首を傾げた。自分の名前は覚えている。父親のことも覚えている。
屋敷に帰りたいという目的もある。
しかし、肝心の場所がわからぬ。なるほど。
これはなかなか骨の折れる旅になりそうだ。
「いつまでも、ここで考えていても仕方ありませんわね。
まずは外へ出て、人に道を尋ねることにいたしましょう」
エレノアはスカートの裾を整え、背筋を伸ばした。その所作には、
どこか育ちの良さを感じさせるものがある。
骸骨の顔でさえなければ、月明かりの下に立つ美しい修道女に見えたかもしれぬ。
そして彼女は、崩れた聖堂の扉を押し開いた。
◆
聖堂の外には、草原が広がっていた。いや、かつては参道だったのだろう。
石畳らしきものが、雑草の中にところどころ顔を覗かせている。
道の両側には、枝を伸ばした木々が並び、暗い森が広がっていた。
長い年月、人の手が入っていないというより、時が止まった様な空間じゃ。
「まあ……ずいぶんと草が伸びていますのね」
エレノアは足元を見ながら歩き始めた。不思議なことに、
夜だというのに周囲の様子がよく見える。木々の枝。
「夜なのに、こんなに見えるなんて……便利ですわね」
カカカ。それは便利という程度の話ではないぞ、娘よ。
吾輩の魔眼にも似た感覚がある。魔物になってからというもの、
吾輩には普通の鳥にはわからぬものが見えるようになった。
エレノアにも、何かしらの変化が起きているのだろう。
それは人間をやめ、魔物『スケルトン』となった副産物。
おまけに聖魔力という規格外の力まで宿しておるのだから、恐れ入る。
「さて、まずは人の住む場所を探さなくては」
エレノアは月を見上げた。
「お父様、お母様。どうかご無事でいらしてくださいね」
カカカ。その言葉に、ほんの少しだけ寂しさが滲んでいた。
こうして、スケルトンシスターの旅が始まったのである。
◆
しばらく霧がかかった参道を歩くと、あの不思議な挟間からこの世に
戻って来たようじゃ。どうやら、娘は気付いてないのだろう。
前方から二人連れの男がやって来た。荷物を背負い、腰には剣を下げている。
旅人か、商人か。
どちらにしても、道を尋ねるにはちょうどよい相手だ。
エレノアは嬉しそうに小走りで近づいた。
「ごきげんよう。少々、お尋ねしたいことがございますの」
男たちは足を止めた。そして、エレノアを見た。
片方の男の口が、ゆっくりと開いた。
「……ひっ」
もう片方は、腰の剣に手を伸ばした。
「し、死霊だあああっ!」
二人は荷物を揺らしながら、一目散に走り去っていった。
「まあっ! お待ちになって!」
エレノアは慌てて追いかけようとしたが、
二人の姿はあっという間に闇の向こうへ消えてしまった。
「……わたくし、何か失礼なことを申し上げましたかしら?」
カカカ!吾輩は枝の上で笑いを堪えた。いや、無理であろう。
夜道で、黒と白の修道服をまとった骸骨が、優雅に挨拶をしてきたのだ。
相手が逃げたくなる気持ちも、わからぬではない。
「ご挨拶をしただけですのに……」
エレノアは肩を落とした。もっとも、骨だけの肩が落ち込んで見えるのだから、
不思議なものである。
「次の方に期待いたしましょう」
立ち直りは早かった。
吾輩は、この娘のそういうところを少々気に入り始めていた。
さらには、通りかかった熟練の冒険者パーティーに遭遇した際、
「人間ですわ〜!」
と大喜びでドレスの裾をひるがえして駆け寄ったところ、
『な、なんだあの禍々しくも聖なる矛盾した威圧感は!?』
『修道服を着た伝説の魔王……リッチ(死霊公)だぁぁぁッ!?』
と盛大に勘違いされ、冒険者たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「……また逃げられてしまいましたわ。リッチとは何のことでしょう?
わたくしの名前はエレノアですのに」
差し伸べた骨の手を寂しそうに見つめ、小さなため息をつく。
さらに歩くこと、しばらく。草むらから、凶暴な魔獣は、
エレノアが無意識に放つ「聖魔力」の威圧感に気圧され、
毛を逆立てて一目散に逃げ出し。
「あら? 可愛らしいワンちゃん……やはり、わたくしが怖いのですかしら?」
カカカ。そりゃあ、逃げるだろう。エレノアの身体から漂う魔力は、
普通の魔物とは違っていた。
聖なる力を感じさせる一方で、死者の気配も濃い。
相反する二つの性質が、奇妙な形で同居しているのだ。
魔獣にしてみれば、何を相手にしているのかもわからぬ。
下手に手を出すより、逃げるほうが賢明というもの。
「魔獣というのは、意外と臆病なのですわね」
かっかっか。エレノアよ、違う。違うぞ!そなたが怖いのだ。
もっとも、本人に教えてやる義理もない。
吾輩は面白いものを見せてもらえれば、それでよいのである。
◆
やがて、空が白み始めた。森を抜けた先に、街道らしき道が伸びている。
エレノアは疲れを感じることもなく、軽やかな足取りで歩いていた。
腹も減らぬ。喉も渇かぬ。足に豆ができる心配もない。
骸骨の身体というものは、旅には向いているのかもしれぬ。
時折、服の裾が枝に引っかかることはある、が、プッと抜ける。
魔力で生成した生地なのであろう。破れたりしないのである。
「もう……気をつけませんと」
エレノアは裾を持ち上げ、丁寧に整えた。本人はまだ気づいていないようである。
「それにしても……困りましたわね」
エレノアは胸元に手を当てた。
「人とお話しするのは、なかなか難しいものですわ」
そして、少し考えたあと、顔を上げた。
「でも、落ち込んでいても始まりませんわね。
お父様とお母様のお顔を見るまでは、くじけるわけにはまいりませんもの!」
パンと(骨の音で)頬を叩き、再びしゃんと背筋を伸ばすエレノア。
彼女は再び歩き始めた。今度は、少しだけ控えめな足取りで。
吾輩は翼を広げ、頭上の枝から飛び立った。この娘の行く先には、
まだまだ面白いことが起きそうである。人間たちは逃げる。魔獣も逃げる。
冒険者たちに至っては、魔王軍の幹部に遭遇したかのような騒ぎようだ。
だが、エレノアは何も知らない。自分がどれほど奇妙な存在になったのかも。
その身に宿る力が、どれほど異質なものなのかも。
そして、故郷への道が、どこに続いているのかさえも。
カカカ。さて、次はどんな者が、この奇妙な修道女と出会うのだろうな。
吾輩は一羽のカラスである。どうやら、退屈とはしばらく無縁でいられそうだ。




