第一話「一羽のカラス」
楽しんで頂けたら、幸いです。
吾輩は一羽のカラスである。
吾輩はそれなりに長く生きた...するとどうだ、進化して魔物になったのだ。
全ての物が見えるようになった、感じるようになった。悪さをする訳ではない。
面白い物を見て回るのが楽しくなった。しかも吾輩、
不思議というか不自然な挟間に迷い込んだらしい。ほら、また何かを感じる・・・
そこは、崩れかけた聖堂だった。 高い天井には大きな穴が開き、
そこから差し込む月明かりが、石造りの床を淡く照らしている。
砕けた長椅子に崩れた柱。
祭壇には厚い埃が積もり、長い年月のあいだ人の訪れがなかったことを
物語っておる。そんな廃墟の片隅で、一人の少女がゆっくりと身を起こした...
どれ、しばらく様子を見るとするとしよう。
「ううっん~...」
少女はぼんやりと周囲を見回し、自分の手に目を落とした。
白い指。細い手首。
月明かりを受けて、骨の一本一本までくっきりと浮かび上がっている。
少女は指を曲げてみた。カタカタ、もう一度、曲げてみた。カタカタカタ。
どうやら、指の動きは問題ないらしい。
「……問題は、そこではないですわね。」
手首も、腕も、その先も、どこにも肉が...
「無い...」
カカカ。吾輩はまた奇妙な物を見つけてしまったな。
少女はしばらく考え込んでいる。
ほう、恐る恐る立ち上がったか。
幸い、足腰はしっかりしているし、歩くこともできるようだ。
床に割れずに残っていた大きなガラス片を見つけ、自分の姿を映したな。
カカカ。固まっておるわ。 頭蓋骨。眼窩。歯列。
どこからどう見ても、スケルトンである。
「……きゃ、わたくし……。どうしてこんな骨を晒しているの?
はしたないですわ。と、独り言を言ってみた所で仕方のないことですわ。
身だしなみを整えることは令嬢としてのたしなみよ。エレノア。
人前で肌をさらすなど、あってはならないことよ。
衣服を探すといたしましょうか。」
祭壇の裏、崩れた長椅子の下、瓦礫の陰。
使えそうな布切れを探して歩き回ったが、見つかるのは朽ちた木片や石ころばかり。
「困りましたわ。せめて、何か羽織れるものがあれば……」
カカカ。あの娘、立ち尽くし手を合わせ、祈っておる。吾輩の魔眼で少し見てやろう。
スケルトンらしからぬ魔物の魔力ではないぞ。
聖魔力か?面白い!胸の辺りから淡い光は小さな粒となって宙を舞い、
瞬く間に全身へと広がっていく。白い骨格を優しく包み込んだ光は、
やがて黒い布地へと変わりその上に白いレースが重なった。
長いスカート。優雅な袖。胸元を飾る十字架。
そして頭には、清楚な修道女のヴェール。まるで魔法仕立ての衣装が、
目の前で縫い上げられていくかのようだった。
光が消えたとき、そこには黒と白を基調とした美しい修道服をまとった
骸骨が立っていた。衣装は貴族令嬢の礼装を思わせる優雅な仕立てで、
長いスカートの裾には繊細なレースがあしらわれている。華美すぎず、
それでいて気品を感じさせる装いだった。裾をつまみ、そっと一回転してみた。
スカートが月明かりの中でふわりと広がる。そして、一礼。
「まあ……! 素敵ですわ。」
「今の光はわたくしの祈りが通じて神の奇跡が起きたのかしら?それとも、
この骨の身体に、なった事が原因なのかしら?今後の課題ですわね。」
「衣装はこれで良し。しかし、ガラス片に映る自分の姿は、生前の自分と比べると、
どうにも違和感がありますですわね。」
「胸元が、少々寂しい...かつての自分には、
もう少し女性らしい身体の輪郭があったはずよね。」
カカカ。娘よ、そなたの物言いと、立ち居振る舞い。どこぞの貴族の出であるな。
しかも、その力、次第に使いこなしてきておる。
ほれ、ぬしの思い通りに、胸元の魔力が輝き。
淡い光が骸骨の胸郭を包み、その前に柔らかな輪郭を形作っていく。
生前の姿を思わせる曲線が浮かび上がった。ガラスに自分の姿を確かめ、
嬉しそうじゃ。長い髪。金色の瞳。女性らしい身体の輪郭。
カカカ。素晴らしいぞ、娘よ一見すると清楚な修道女。
だが、悲しいかな骨に肉を表現する事は、できなんだか。
スケルトンに変わりはない。そもそも、魔物に聖魔力は規格外。
エレノアは、ガラス片を覗き込み、つるりとした肌触りに。
「まあ......お顔は骸骨のままね......これは、
さすがに仕方ありませんわねエレノア。」
と、自分に言い聞かせる...
「そもそも、痛くも痒くもない。苦しくも無い。むしろ、軽やかだわ♪」
「......うまく笑えませんけれど、心まで変わったわけではありませんものね」
「 生きているのか、死んでいるのか。それすらわからない...
でも、わたくしは今、こうして立っている。できることは限られている。
ならば、今できることから始めればよいですわ。」
カカカ。娘よ、いや、エレノア。その身体を受け入れるか。
エレノアは改めてガラス片の前に立ち、修道服の襟元を整えた。
乱れた裾を直し、ヴェールの位置を確かめる。
そして、いつものように穏やかな笑顔を浮かべようとした。
結果は、やはり歯を剥き出しにした骸骨の顔である。
エレノアはスカートの裾をつまみ、誰もいない聖堂に向かって
優雅に一礼した。
その姿は、少々奇妙ではあったものの、どこか気品に満ちていた。
ただ、本人はまだ気づいていない。
月明かりに照らされた廃聖堂に、黒と白の修道服をまとった骸骨が一人。
こうして、一人の奇妙な修道女が誕生した。
かつて大貴族の令嬢だったかもしれない、慈愛に満ちたスケルトンシスター。
その名は、エレノア。
新たな人生の幕開けにしては、少々骨の折れる出発であった。




