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転生した世界は女神様に支配された世界だった  作者: 忘れな草


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第8話 目覚めれば、二人の間


 目を覚ましたとき。


 最初に感じたのは、後頭部の柔らかな感触だった。


「……また?」


 まだ目を開けないまま、嫌な予感がした。


 つい最近。


 同じような目覚め方をした記憶がある。


 ゆっくりと目を開く。


 金色の髪。


 こちらを見下ろす、整った顔。


「お目覚めですか、ユーリ」


「やっぱりお前か!」


 リリアナだった。


 俺はしっかりと。


 リリアナの膝の上へ頭を乗せられていた。


「何でまた膝枕なんだ!」


「寝かせておくなら、この方がよろしいでしょう?」


「長椅子があるだろ!」


「ありますわね」


「じゃあ使え!」


 勢いよく起き上がろうとする。


「待ちなさい」


 額へ手。


 押し戻される。


「またそれか!」


「急に起きてはいけませんわ」


「前にも同じことを言われた!」


「今回は前回より深刻です」


「何が?」


「あなたは今日だけで、二度も意識を失っていますもの」


「一回目はセリアにやられたけど、二回目は」


「二回目もセリアですわ」


「……そうだった」


 思い出した。


 セリアにお姫様抱っこで運ばれて。


 途中で目を覚まして。


 逃げようとして。


 さらに抱き込まれて。


「……」


 俺はゆっくり顔を横へ向けた。


 そこに。


「ユーリ先輩」


 青い髪。


 心配そうな顔をしたセリアが、長椅子の脇へ膝をついていた。


「お身体はいかがですか?」


「お前」


「はい?」


「僕が二回目に気絶した理由、本当に分かってなかったのか?」


「リリアナ様から伺いました」


 セリアは胸元へ両手を添えた。


「私が強く抱き締めすぎてしまったそうですね」


「そうだよ!」


「申し訳ありません」


 しゅん。


 セリアの垂れ目がさらに下がる。


「苦しかったのですね……」


「ものすごく苦しかった」


「私はてっきり、また逃げようとして暴れていらっしゃるのかと」


「助けを求めてたんだ!」


「まあ……」


 本気でショックを受けた顔をする。


 少しだけ。


 怒りづらい。


「次からは」


 セリアが顔を上げた。


「もっと呼吸しやすい位置へ収納いたしますね」


「次も収納する前提で話すな!」


「収納ではありませんわ」


 リリアナが訂正する。


「抱擁です」


「どっちでもいい!」


「大きな違いです」


「今は言葉の定義を議論してるんじゃない!」


 俺は今度こそ身体を起こした。


 リリアナの手をかわす。


 膝から転がるように長椅子へ降りる。


「ユーリ?」


「帰る」


 立ち上がる。


 少し。


 ふらついた。


「ほら」


 リリアナが言う。


「まだ休んだ方が」


「ここで休む方が危険だ!」


「まあ」


 セリアが悲しそうな顔をする。


「私がおりますのに?」


「そのお前に二回気絶させられたんだよ!」


「……」


「あ」


 また落ち込んだ。


 俺が悪いみたいになるから困る。


「とにかく」


 研究室を見る。


 扉まで十歩ほど。


 リリアナは座っている。


 セリアも膝をついている。


 今なら。


「失礼する!」


 走った。


「ユーリ?」


「《追い風》!」


 背中へ風。


 一気に加速。


 机と本棚の間を抜ける。


 扉。


「取った!」


 取っ手をつかむ。


 回す。


 がちゃ。


「……」


 開かない。


「鍵を開けておけ!」


「逃げないと約束してくださらなかったでしょう?」


 後ろからリリアナの声。


「だから鍵をかけるな!」


「逃げるではありませんか」


「閉じ込めるから逃げるんだ!」


「順序のお話は、昨日もしましたわね」


「まだ理解してないのか!」


 鍵。


 普通の機械式。


 その上に簡単な魔法封印。


 リリアナの研究室にしては、昨日より簡素だ。


 なら。


「風よ」


 指先を鍵穴へ近づける。


「内部へ入れ」


 細い風。


 小さな部品の感触。


 押す。


 回す。


「……ここだ」


「何をなさっていますの?」


「《微風操作》!」


 かちり。


「開いた!」


 鍵が外れた。


 扉を引く。


「今度こそ」


「させません」


 青い髪が。


 視界の横へ入った。


「え?」


 いつの間に。


 セリアが扉と俺の間に立っていた。


「速すぎるだろ!」


「先輩がまだ本調子ではありませんので」


「本調子でも追いつけない!」


「では、大人しくなさってくださいませ」


「嫌だ!」


 右。


 セリアも右。


 左。


 セリアも左。


「通してくれ」


「嫌です」


「即答するな!」


「先ほど、私のせいで気を失わせてしまいました」


「そうだな」


「ですから」


 セリアが胸の前で手を組む。


「今度こそ、私が責任を持ってお世話いたします」


「被害を増やす方向に責任を取るな!」


 なら。


 下。


 セリアは俺より三十八センチも高い。


 腕の下を抜ければ。


「ここ!」


 腰を落とす。


「あっ」


 セリアの反応が僅かに遅れた。


 抜けた。


 扉。


 まだ鍵は開いている。


「開け!」


 手を伸ばす。


 取っ手をつかむ。


「今度こそ」


 背後。


 両脇へ腕。


「え?」


「捕まえました」


 身体が。


 浮いた。


「うわっ!」


 両足が床から離れる。


「また持ち上げるな!」


「先ほどより元気になられたようで安心しました」


「だったら下ろせ!」


「それはできません」


 セリアがそのまま後ろへ歩く。


「待て!」


 俺は扉へ手を伸ばした。


「あと少し!」


 指先。


 取っ手まで。


 ほんの数センチ。


「届く!」


 その瞬間。


 ばたん。


 扉が閉じた。


「……」


 かちり。


 また鍵。


 リリアナだ。


「惜しかったですわね」


 ぱちぱち。


 拍手までしている。


「応援するなら開けろ!」


「風魔法だけで錠前を開けるとは思いませんでした」


「昨日も窓の封印を崩しただろ!」


「あれとは別です。内部構造を見ず、空気の感触だけで錠前を操作する。やはり、あなたの魔法の使い方は面白い」


「だからって閉じ込めていい理由にはならない!」


「逃げなければ閉じ込める必要もありません」


「だから順番が逆だ!」


 セリアは俺を抱えたまま長椅子へ戻る。


「リリアナ様」


「何です?」


「ユーリ先輩は、どちらへお戻しすればよろしいでしょうか?」


「どちらへって何だ!」


「わたくしの膝へ」


 リリアナが当然のように答えた。


「戻すな!」


「……」


 セリアが少し考える。


「リリアナ様」


「何ですの?」


「今度は」


 僅かに頬を赤くする。


「私の膝では、いけませんか?」


「駄目です」


「即答ですのね……」


「当然です」


「一度くらい」


「駄目ですわ」


「人を置き場所で争うな!」


 二人が。


 俺を間に挟んだまま見つめ合う。


「では」


 セリアが俺を見る。


「ユーリ先輩がお決めになればよいのでは?」


「僕?」


「はい」


 にこっ。


「私の膝と」


 次。


 リリアナ。


「リリアナ様の膝」


「どちらがよろしいですか?」


「どっちも嫌だ!」


「その選択肢はありませんわ」


 リリアナが言う。


「あるだろ!」


「床では身体が冷えます」


「長椅子がある!」


「固いですわ」


「普通に寝られる!」


「では、どちらに?」


「だから」


 俺は二人を見る。


 リリアナ。


 金色の髪。


 整った顔。


 自信満々。


 そして。


 セリア。


 青い髪。


 おっとりした垂れ目。


 俺を抱えたまま。


 少しだけ期待するようにこちらを見ている。


「……」


「ユーリ先輩?」


 さっき。


 セリアのせいで気絶した。


 その前には、戦って気絶させられた。


 そのうえ。


 リリアナの命令で俺を連行してきた本人だ。


 普通なら選ばない。


 だが。


 今も俺を抱えている腕。


 柔らかな体温。


 青い髪から漂う、あの甘い香り。


 それから。


 少しだけ不安そうに答えを待っている顔。


「……セリア」


 研究室が。


 静まり返った。


「……」


「……」


 俺も。


 言ってから気づいた。


「……あ」


 セリアが目を大きくする。


 リリアナの笑顔は。


 見事なまでに固まっていた。


「ユーリ」


「何?」


「今」


 妙に低い声。


「何とおっしゃいました?」


「……セリア」


「二度言いましたわね?」


「聞き返したのはお前だろ!」


 腕の中。


 セリアの顔が。


 見る見る赤くなる。


「ユーリ先輩……」


「いや、違うぞ」


「私を」


「膝枕だけの話だからな」


「リリアナ様ではなく」


「そこを強調するな!」


「私を選んでくださったのですね」


「だから膝枕だけ!」


 ぱあっ。


 花が咲いたような笑顔。


「光栄ですわ」


「大げさだ!」


「大切にいたしますね」


「膝枕を大切にするって何だ!」


 セリアが嬉しそうに胸を張った。


 その動きで。


 俺の頭が。


 少しだけ。


 胸元へ近づいた。


「待て!」


「あ」


「また収納するな!」


「申し訳ありません」


 セリアが慌てて位置を直す。


「今度はきちんと呼吸できるようにいたします」


「膝枕の前に呼吸の確認が必要な時点で何かがおかしい!」


「安心してくださいませ」


「それが一番安心できない!」


 リリアナが。


 まだ固まっている。


「ユーリ」


「何だよ」


「本当に」


 じっと俺を見る。


「わたくしより、セリアがよろしいのですか?」


「本人に選ばせたのはお前たちだろ!」


「当然、わたくしを選ぶものと思っていました」


「それなら最初から聞くな!」


「では、再選を」


「しない!」


「今の選択は無効です」


「勝手に無効にするな!」


「ユーリ先輩は、ご自分の意思で私を選んでくださいました」


 セリアが言った。


「セリア」


「はい、リリアナ様」


「あなた」


「はい」


「随分と嬉しそうですわね」


「はい」


「少しは否定なさい!」


「嬉しいものは、仕方ありませんもの」


 まずい。


 二人の間。


 何かが始まっている。


 俺を置いて。


「とにかく!」


 俺が声を上げる。


「膝枕したら、そのあと帰すんだな?」


「それは別のお話ですわ」


 二人が同時に答えた。


「そこだけ息を合わせるな!」


 結局。


 セリアが長椅子へ腰を下ろした。


「では、失礼いたしますね」


「僕がお願いしたみたいに言うなよ」


「お選びいただきましたので」


「選択肢がおかしかっただけだからな!」


 身体を横たえられる。


 頭。


 セリアの膝。


「……」


 柔らかい。


 温かい。


 さっきまで散々逃げ回っていたせいもあり。


 正直。


 かなり楽だった。


「いかがですか?」


 頭上。


 嬉しそうな声。


「……悪くはない」


「本当ですか?」


「ああ」


 言ってから。


 また余計なことを言ったと気づいた。


「嬉しいですわ」


「ただし!」


「はい?」


「頭を胸の中へ収納するのは禁止!」


「気をつけます」


「気をつけるじゃなくて、二度とするな」


「努力いたします」


「約束しろ!」


 セリアが笑う。


 指先が。


 俺の髪へ触れた。


「ユーリ先輩」


「何?」


「私を選んでくださったこと」


「その言い方やめろ」


「忘れませんわ」


「忘れてくれ」


「嫌です」


「特に学園で言うなよ?」


「皆様にも教えて差し上げたいです」


「絶対にやめろ!」


「ユーリ先輩が私の膝を」


「やめろ!」


「リリアナ様ではなく」


「そこを付け足すな!」


 横。


 リリアナ。


 無言。


 笑顔。


 ただし。


 長椅子の肘掛けを叩いている指だけが。


 とん。


 とん。


 とん。


 少しずつ。


 速くなっている。


「……リリアナ?」


「何ですの?」


「怒ってる?」


「いいえ?」


 絶対に怒っている。


「セリア」


「はい、リリアナ様」


「いつまで貸すつもりです?」


「ユーリ先輩が起き上がりたいとおっしゃるまでです」


「ユーリ」


「何?」


「もう十分ですわね?」


「今セリアに聞いたんじゃないのか?」


「わたくしが聞いています」


「どっちなんだよ!」


 身体を起こそうとする。


 その瞬間。


「うっ」


 少し眩暈。


「先輩!」


 肩へセリアの手。


「やはり、まだ休んでいてください」


「そうですわね」


 今度はリリアナまで額へ手を当てる。


「魔力も体力も消耗しています」


「誰のせいだと思ってるんだ……」


「わたくしは今回は何もしていません」


「今回は、って自分で言ったな」


「聞こえませんでしたわ」


「絶対聞こえてた!」


 セリアが俺の頭を膝へ戻す。


「安心してくださいませ」


「何を?」


「私がずっとお側におります」


「それが安心できない原因の一つなんだけど」


「まあ」


「照れてない!」


「ですが」


 また。


 嬉しそうな笑顔。


「私の膝を選んでくださいました」


「その話から離れろ!」


 この日。


 俺は。


 三日連続で女子に敗れた末。


 研究室へ連行され。


 さらに。


 逃げるために自力で鍵を開けたところを、セリアに捕まえられ。


 最後には。


 自分からセリアの膝を選んだことにされてしまった。


 そして。


 その何気ない一言が。


 リリアナとセリアの間に。


 妙な競争心を生むことになる。


 その事実を。


 このときの俺は。


 まだ少しだけ。


 軽く考えていた。


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