第6話 可憐な後輩と、三度目の連行
翌日の放課後。
「今日は、さすがに何も起きないよな?」
男子寮へ続く小道を歩きながら、ダンが周囲を警戒していた。
「その台詞、僕に言わせないために自分で言っただろ」
「お前が言うと本当に何か起きそうだからな」
「昨日は僕が言わなくても起きたぞ」
「それはそうだが」
昨日。
俺たちはリリアナの命令を受けたミナに襲われ、三人まとめて敗北した。
俺は肩に担がれて研究棟へ連行。
研究室から何度も脱出を試みたものの、最後はリリアナに捕まり、ルーチェが迎えに来るまで散々な目に遭った。
「今日はルーチェと一緒に帰ればよかったんじゃないか?」
ルウが言う。
「毎日守ってもらってたら、本当に一人で歩けなくなるだろ」
「すでに二日続けて捕まってるけどな」
「うるさい」
俺だって危機感がないわけじゃない。
ただ、男子三人で歩くことすら危険だから〈聖女〉に付き添ってもらう、となれば冒険者活動以前の問題だ。
「昨日のミナには負けたけど、何もできなかったわけじゃない」
俺は二人を見る。
「次はもっとやれる」
「その前向きさだけは感心する」
「負けたら次を考えるしかないだろ」
角を曲がる。
そこで。
三人とも足を止めた。
「……また?」
俺の口から、思わず声が漏れた。
小道の中央に、一人の少女が立っている。
長い青髪。
柔らかな垂れ目。
俺たちより一回りどころか、かなり背が高い。
きちんと着こなした学園制服と、おっとりした微笑みだけを見れば、待ち伏せをしているようには到底見えなかった。
「ごきげんよう、先輩方」
少女は両手を身体の前で重ね、礼儀正しく頭を下げた。
「セリア……だよな?」
俺が名前を呼ぶ。
少女の表情がぱっと明るくなった。
「まあ。私の名前をご存じなのですね、ユーリ先輩」
「一年生首席だからな。有名だよ」
セリア。
一年生にしてすでに中級職〈魔法戦士〉へ到達している、学園でも指折りの天才。
しかも男子の間では、実力とは別の意味でも有名だった。
青い長髪。
おっとりした顔立ち。
長身で、女子の中でもかなり発育のよい体つき。
表立った学園人気ならルーチェやリリアナが目立つが、男子だけで密かに行われている人気投票では、セリアを一番に挙げる者も多い。
「それで」
俺は警戒しながら尋ねた。
「何の用?」
「はい」
セリアはにこやかな笑顔のまま答えた。
「リリアナ様のところまで、ユーリ先輩をお連れしに参りました」
「やっぱりか!」
ダンとルウが同時にため息をつく。
「昨日、本人に断った!」
「存じております」
「そのうえ研究室から逃げた!」
「それも伺っております」
「だったら、僕が行きたくないことも分かるだろ!」
セリアは少しだけ困ったように眉を下げた。
「リリアナ様は、今度こそきちんとお話しなさりたいそうです」
「リリアナの『きちんと話す』は、扉に鍵と封印をかけた状態なんだよ!」
「まあ」
セリアは胸元へ手を添える。
「それほどまでに、ユーリ先輩をお守りしたいのですね」
「どうしてそう解釈するんだ!」
ダンが俺の横へ顔を寄せた。
「こいつ、リリアナを全面的に信じてるタイプだぞ」
「見れば分かる」
「聞こえていますよ?」
「すみません」
二人揃って反射的に謝った。
セリアは再び俺を見る。
「さあ、ユーリ先輩。参りましょう」
「断る」
「……残念です」
本当に悲しそうな顔をされた。
一瞬だけ罪悪感が湧く。
いや。
待て。
俺は何も悪くない。
「でしたら」
セリアの笑顔が戻った。
「少しだけ眠っていただきますね」
「結局それか!」
ダンが俺の前へ出た。
盾を構え、剣を抜く。
「昨日と同じだ。ユーリには触れさせない」
ルウも煙玉を取り出し、壁際へ離れた。
「三人がかりだぞ」
「はい」
セリアは腰の細剣へ手を添えた。
「承知しております」
「今度は昨日より連携もよくなってる」
俺も両手へ魔力を集める。
「簡単にはいかないぞ」
「そうなのですね」
セリアは嬉しそうに微笑んだ。
「では、始めてもよろしいでしょうか?」
「行くぞ!」
ダンが先に踏み込んだ。
男子戦士として最大限の力を込め、剣を振り下ろす。
セリアも細剣を抜いた。
甲高い音。
二本の剣がぶつかる。
「ぐっ……!」
押されたのは。
ダンだった。
「嘘だろ!」
両手で握ったダンの剣を。
セリアは片手で受けている。
しかも。
一歩も下がらない。
「まだだ!」
ダンは足を踏み替えた。
二撃。
三撃。
角度を変える。
上。
横。
下。
セリアはすべて細剣で受け流した。
そのたびに長い青髪が揺れる。
そして。
「……」
ダンの剣が。
一瞬だけ止まった。
理由は分かった。
身体を大きく使って剣を振るたび、セリアの制服の胸元も揺れている。
しかもダンよりセリアの方がかなり背が高い。
近距離では嫌でも視界に入る。
「ダン!」
「分かってる!」
本人も気づいた。
だが。
遅い。
「先輩?」
セリアが首を傾げる。
「戦いの最中に」
にこり。
「どこをご覧になっているのですか?」
「違う! 俺は」
細剣が閃いた。
刃ではない。
峰。
側頭部へ正確な一撃。
「ぐっ!」
ダンの膝が崩れる。
倒れかけた身体を。
セリアは空いている手で受け止めた。
そのまま地面へそっと横たえる。
「一人目です」
「ダン!」
「ユーリ、離れろ!」
ルウが煙玉を地面へ叩きつけた。
白煙が小道いっぱいへ広がる。
一瞬でセリアの姿が消えた。
「俺が引きつける!」
ルウの声。
だが。
足音はしない。
盗賊の技能。
煙幕の中で気配を消し、背後へ回っている。
俺も距離を取った。
今のうちに術式を。
煙の向こう。
ルウはセリアの背後へ完全に回っていた。
短剣を逆手に持つ。
もちろん刃を当てるつもりはない。
柄で首筋へ一撃。
「取った!」
腕を振る。
その直前。
「え?」
ルウの手首が。
止まった。
セリアは。
振り返ってすらいない。
片手だけを後ろへ伸ばし、ルウの手首をつかんでいた。
「甘いですわ」
「どうして分かった!」
「気配が消えても」
ゆっくり振り返る。
「風の流れは消えませんもの」
近い。
セリアの柔らかな笑顔が。
ルウのすぐ目の前にある。
「……」
「ルウ!」
動け!
そう叫ぼうとした。
だが。
「……こんな近くで見ると」
ルウが呟く。
「本当に可愛いな……」
「まあ」
セリアの頬が僅かに赤くなる。
「ありがとうございます」
「しまった!」
我に返った。
遅い。
セリアがルウの腕を引いた。
懐へ入る。
掌が胸元へ軽く当たる。
「お休みなさい」
「ぐっ……!」
力が抜ける。
ルウも倒れた。
セリアはその身体を受け止め、先に倒れていたダンの横へ寝かせる。
「二人目ですね」
煙が薄くなる。
俺だけが残った。
「まだだ!」
すでに術式は完成している。
「風よ、刃となれ!」
セリアへ向ける。
「《風の刃》!」
三日月形の風が飛んだ。
速い。
今まで何度も使ってきた。
男子としてはかなり強力な魔法。
だが。
セリアは細剣を一度振った。
「え?」
剣へ風がまとわりつく。
そして。
俺の風の刃へ。
ぶつかった。
ぱんっ!
二つの風が砕ける。
「相殺した……」
「はい」
セリアは平然としている。
「私も風魔法は使えますから」
「なら!」
属性を変える。
「火よ、集え!」
赤い火球。
「《火炎弾》!」
正面。
セリアへ一直線。
今度は剣を使わなかった。
左手を伸ばす。
「《水流》」
細い水。
火球へ突き刺さった。
じゅっ。
白い蒸気。
炎が。
完全に消える。
「風も……火も……」
俺が使える二属性。
両方とも。
あっさり処理された。
「これで終わりでしょうか?」
「まだ!」
次を。
もっと違う使い方を。
考える。
だが。
蒸気が揺れた。
「え?」
青い髪。
目の前。
「捕まえました」
「速っ」
腕が首へ回った。
「うぐっ!?」
ヘッドロック。
昨日。
リリアナにもやられた形。
「またこれか!」
両手でセリアの腕をつかむ。
細い。
見た目だけなら。
なのに。
「くっ……!」
動かない。
それどころか。
身長差のせいで。
俺の頭は完全にセリアの脇へ抱え込まれ、顔のすぐ横へ制服の柔らかな感触が押しつけられている。
青い髪。
体温。
そして。
甘い香り。
「……っ」
「ユーリ先輩?」
「離せ!」
「嫌です」
「近い!」
「捕まえておりますので」
「それに……!」
まずい。
口にするな。
でも。
「いい匂いがして、集中できない!」
言ってしまった。
「まあ」
セリアが目を丸くした。
次に。
顔が赤くなる。
「そのようなことを、正直におっしゃるのですね」
「言わせるような捕まえ方をするな!」
俺は身体をひねった。
「この!」
足を踏ん張る。
腰を落とす。
腕の隙間から頭を抜く。
「まだ抵抗なさるのですね」
「当たり前だ!」
「そうですか」
セリアが少しだけ考える。
「でしたら」
首に回っていた腕が離れた。
「え?」
解放?
違った。
次の瞬間。
腰へ両腕が回る。
「こういたします」
「うわっ!?」
身体が浮いた。
「ちょっと待て!」
足。
床から完全に離れた。
「下ろせ!」
「これなら踏ん張れませんね」
「対策するな!」
足をばたつかせる。
届かない。
セリアは俺を抱えたまま、普通に立っている。
「この!」
肩を押す。
動かない。
「大人しくしてくださいませ」
「嫌だ!」
「では」
抱く腕へ。
ほんの少しだけ力が加わる。
「ぐっ……!」
呼吸。
集中。
両方が乱れた。
魔法を組めない。
「まだ……!」
それでも。
抵抗する。
だが。
視界が。
少しずつ霞む。
「ユーリ先輩」
耳元。
柔らかな声。
「本当に頑張り屋さんなのですね」
「まだ……負け……」
最後まで言えなかった。
力が抜ける。
意識が落ちた。
◇
「……」
反応がなくなった俺を。
セリアはすぐに抱き直した。
首や腰を締める形ではない。
背中へ片腕。
膝裏へもう片腕。
完全なお姫様抱っこ。
「……本当に眠ってしまわれました」
セリアは腕の中の俺を見下ろした。
さっきまで必死に抵抗していた。
今は。
力なく身体を預けている。
頭は自然にセリアの胸元へ寄りかかっていた。
「私の匂いで集中できない、ですか……」
思い出したらしい。
セリアの頬が赤くなる。
「そのようなことを言われたのは、初めてです」
俺の髪を指先で整える。
「ふふっ」
少しだけ。
嬉しそうに。
「可愛い先輩」
足元。
少し離れたところに、ダンとルウが倒れている。
二人とも呼吸は正常。
大きな怪我もない。
「お二人には申し訳ありませんが」
セリアは二人へ小さく頭を下げた。
「今回、リリアナ様からお連れするよう頼まれたのは、ユーリ先輩だけですので」
そのまま歩き出した。
俺は軽い。
少なくとも。
セリアにとっては。
「リリアナ様も、きっとお喜びになります」
数歩。
進む。
そこで。
セリアの足が止まった。
「……ですが」
もう一度。
腕の中の俺を見る。
気絶している。
抵抗しない。
普段なら生意気なくらい言い返す俺が。
今だけは。
完全にセリアへ身体を預けている。
「すぐにお渡ししてしまうのは」
青い瞳が少しだけ細くなる。
「少々、惜しいですわね」
抱く腕へ。
僅かに力を込める。
「これほど可愛らしい方だとは思いませんでした」
もちろん。
俺から返事はない。
「少しくらい」
セリアは楽しそうに微笑んだ。
「私が独占しても、リリアナ様はお怒りにならないでしょうか?」
答えはない。
「……きっと大丈夫ですわね」
何を根拠に。
などと。
意識があれば絶対に突っ込んでいただろう。
だが。
今の俺は何も知らない。
こうして。
リリアナ。
ミナ。
そして今度は。
一学年下の可憐な〈魔法戦士〉。
俺は三日連続で女子生徒との戦いに敗れ。
三度目の連行をされることになった。
しかも。
今回の連行役は。
目的地へ着く前から。
俺を素直に依頼主へ渡すことが。
少し惜しくなり始めていた。




