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転生した世界は女神様に支配された世界だった  作者: 忘れな草


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第2話 三人の連携と、賢者


 冒険者ギルドの奥には、依頼へ出る前の確認や冒険者同士の訓練に使われる広い訓練場があった。


 地面は乾いた土で固められ、周囲には訓練用の木剣や盾、標的が並んでいる。


 その中央で、俺たち三人とリリアナは向かい合っていた。


 リリアナは宣言どおり杖を受付へ預けている。


 魔法は使わない。


 対するこちらは三人。


 俺は魔法を使っていい。


 ダンは剣と盾。


 ルウは短剣だけでなく、煙玉や細縄も持ち込んでいる。


 条件だけ聞けば、かなりこちらに有利だった。


「本当に魔法は使わないんだな?」


 念のため確認すると、リリアナは胸の前で腕を組んだ。


「何度確認なさるのです? 使わないと申し上げたでしょう」


「途中で気が変わった、とか言わないだろうな」


「わたくしを何だと思っていますの?」


「突然人の依頼書を押さえて、三対一の勝負を始める賢者」


「正確な認識ですわね」


「認めるのかよ」


 周囲には、さっきまでギルドの広間にいた冒険者たちが集まっていた。


 どうやら〈賢者〉リリアナと男子三人の勝負という組み合わせが、かなり珍しいらしい。


「準備はよろしいですか?」


 リリアナが尋ねる。


 俺はダンとルウを見る。


 二人とも頷いた。


「最初から予定どおりでいく」


「ああ」


「一撃でも入れれば十分だ。正面から倒そうとは考えるなよ」


「分かってる」


 俺たちは、この短い時間でも最低限の作戦を決めていた。


 一対一なら勝ち目はない。


 三人同時に攻撃しても、それだけでは足りない。


 だから相手の注意をずらし続ける。


 俺が正面。


 ダンが圧力をかける。


 ルウが死角を狙う。


 誰か一人が決めるのではなく、三人で一つの隙を作る。


「では」


 リリアナが優雅に片手を上げた。


「いつでもどうぞ」


 俺は息を吸った。


「散開!」


 三人が同時に動く。


 ダンは右。


 ルウは左。


 リリアナの視線が、ほんの一瞬だけ二人へ動いた。


 その瞬間を狙う。


「《風の刃》!」


 圧縮した風が三日月状の刃となり、リリアナへ飛んだ。


 もちろん訓練用に威力は落としてある。


 それでも速度は落としていない。


 真正面から顔を狙う。


「なるほど」


 リリアナは避けなかった。


 ほんの半歩。


 身体を横へずらす。


 それだけだった。


 風の刃が顔の横を抜ける。


 そして。


 ぱちん。


「……え?」


 金色の縦巻きをまとめていた細いリボンが切れた。


 片側の美しく巻かれていた髪が少しだけほどけ、金色の一房が肩へ流れ落ちる。


 周囲から小さなどよめきが起きた。


「入った!」


 ダンが叫ぶ。


 だが。


「違う!」


 俺はすぐに否定した。


 当てたんじゃない。


 リリアナは避けられなかったわけじゃない。


 自分で選んだんだ。


 風の刃が当たっても構わない場所を。


「悪くありませんわ」


 リリアナはほどけた髪へ指を触れた。


「わたくしの髪へ魔法を届かせた男子は、あなたが初めてかもしれません」


「なら、次は髪じゃなくて本体だ!」


「今だ、ダン!」


 ダンが正面から踏み込んだ。


「うおおっ!」


 両手で訓練剣を握り、肩口へ振り下ろす。


 男子戦士としてはかなり重い一撃だ。


 だが。


 リリアナは剣を受けなかった。


 振り下ろされる直前。


 ダンの手首を片手でつかむ。


「なっ!?」


 腕を引かれ、ダンの身体が前へ流れた。


「力任せですわね」


 腰を落とす。


 次の瞬間、男子の中ではかなり大柄なダンの身体が、あっさりと宙を舞った。


「うわっ!」


 投げられたダンが地面へ落ちる。


 だが。


 そこまでは予定どおりだ。


 ダンが正面から意識を奪った瞬間、ルウはすでに背後へ回っている。


「後ろだ!」


 ルウの訓練用短剣が、リリアナの背中へ迫る。


 リリアナは振り返らなかった。


 代わりに。


 倒れかけていたダンの足首を軽く蹴った。


「え?」


 ダンの身体が地面を滑る。


 そのままルウの進路へ入った。


「ちょっ、ダン!」


「俺のせいじゃない!」


 ルウは慌ててダンを跳び越える。


 だが、空中では急に方向を変えられない。


 リリアナが半回転した。


「盗賊が真正面から飛び込んで、どうしますの?」


「しまっ」


 掌がルウの腹部へ触れる。


 強く殴ったようには見えなかった。


「ぐえっ……!」


 それでもルウは息を奪われ、そのまま地面へ転がった。


「二人とも!」


「人の心配をしている場合ですの?」


「!」


 距離は十歩以上あった。


 そう思っていた。


 だが、次の瞬間には。


 金色の髪が、目の前で揺れていた。


「速っ……!」


 俺は反射的に後ろへ下がった。


「風よ!」


「遅いですわ」


 リリアナの指先が、俺の顎へ軽く触れた。


 近い。


 魔法使いにとっては、最悪の距離だった。


「ここから魔法を放てば、あなた自身も巻き込まれますわよ」


「だからって……」


 俺は歯を食いしばる。


「まだ負けてない」


「ええ」


 リリアナは微笑んだ。


「あなたなら、そうおっしゃると思っていました」


 視界の端で。


 ダンが起き上がろうとしている。


 ルウも腹を押さえながら、煙玉へ手を伸ばしていた。


 だったら。


「《風圧》!」


「っ?」


 狙ったのはリリアナではない。


 足元の地面だった。


 圧縮した風を叩きつける。


 乾いた土が一気に舞い上がった。


 茶色い砂煙が俺とリリアナを包み込み、周囲の視界を遮る。


「今だ!」


「待ってました!」


 左側でルウが跳ね起きた。


 煙玉を地面へ叩きつける。


 砂埃に白煙が混じった。


 今度は視界だけではない。


 人の気配まで分かりにくくなる。


 俺は後ろへ下がりながら両手を構えた。


「ダン!」


「任せろ!」


 盾を構えたダンが、煙の中へ突っ込む。


 倒すためじゃない。


 逃げ道を塞ぐためだ。


 同時に。


 ルウは気配を殺しながらリリアナの背後へ回る。


「火よ……」


 俺は火球を作る。


 ただし、リリアナへ直接撃たない。


「《遅延火球》!」


 火球が煙幕の上を飛んでいく。


 狙いは完全に外れている。


 少なくとも。


 そう見える。


「捕まえた!」


 煙の向こうからルウの声がした。


 細縄がリリアナの腕へ巻きつく。


「なるほど」


 落ち着いた声が返ってきた。


 次の瞬間。


「うわっ!?」


 ルウの身体が煙の中へ吸い込まれた。


 リリアナが縄を逆につかんで引いたのだ。


「こっちだ!」


 ダンが盾を突き出す。


 リリアナの正面を塞ぐ。


 その盾へ。


 リリアナは片足を乗せた。


「なに!?」


 盾を踏み台にして跳ぶ。


 煙の上へ。


 そこへ。


「そこだ!」


 さっき頭上を通り過ぎた火球が急旋回した。


 風だ。


 俺があらかじめ作っておいた風の流れへ乗せ、背後から戻している。


「時間差……!」


 初めて。


 リリアナの表情から余裕が消えた。


 空中では避けにくい。


 背後から火球。


 正面には盾を構えたダン。


 ルウの細縄もまだ残っている。


 これなら。


 届く。


 そう思った。


 リリアナが細縄を強く引いた。


「え?」


 引っ張られたルウの身体が、火球の軌道へ入った。


「ルウ!」


 俺は反射的に魔法を止めようとした。


 その瞬間。


 リリアナは縄を離す。


「なっ……!」


 ルウは火球に当たらない。


 だが。


 俺の集中は乱れた。


 わずかに火球の軌道がずれる。


 リリアナは、その狭い隙間へ身体を滑り込ませた。


 炎が制服の袖をかすめる。


 布の端が焦げた。


 細い煙が上がる。


「……届いた」


 俺は思わず呟いた。


 今度は。


 避ける場所をリリアナが選んだわけじゃない。


 俺たちが。


 そこまで追い込んだ。


「素晴らしいですわ」


 着地したリリアナは、焦げた袖を見た。


「風で視界を奪い、盗賊の煙幕で気配を隠す。戦士で移動先を限定し、最後に時間差の火魔法」


「まだ終わってない」


「ええ」


 リリアナの唇が、楽しそうに上がる。


「ですから、わたくしも少しだけ真面目にお相手いたします」


 嫌な予感がした。


 直後。


「ルウ!」


「え?」


 リリアナが消えた。


 そう見えた。


 最初に狙われたのはルウだった。


「盗賊は最初に潰すべきですわね」


「しまっ……!」


 逃げる間もない。


 掌が胸元へ触れる。


 身体が回転した。


 ルウが地面へ転がる。


 その背中へ軽い当て身。


「ぐっ……」


 力が抜けた。


「ルウ!」


「よそ見するな、ユーリ!」


 ダンが叫びながら盾を構え、突っ込んだ。


「うおおおっ!」


 リリアナは。


 今度は避けなかった。


 盾の縁を片手でつかむ。


「ぐっ……!」


 ダンが両脚を踏ん張る。


 それでも。


 動かない。


「力比べなら、勝てると思いました?」


「思ってない!」


 ダンは歯を食いしばる。


「それでも前へ出るのが、戦士だ!」


「その答えは」


 リリアナが少しだけ笑った。


「嫌いではありませんわ」


 次の瞬間。


 ダンが盾ごと宙を舞った。


「ダン!」


 残ったのは俺だけ。


 考える。


 距離を取る。


 魔法を撃つ。


「火よ、集え!」


 掌の前へ赤い光が集まる。


「《火炎弾》!」


「詠唱が長いですわ」


 リリアナが踏み込んだ。


 遠い。


 はずだった。


 一瞬で距離を潰される。


「っ!」


 火球を撃つより早く。


 リリアナの身体が俺の横を抜けた。


 背後。


「捕まえましたわ」


「うぐっ!?」


 腕が首へ回る。


 頭を脇へ抱え込まれた。


 ヘッドロックだ。


 完成しかけていた火球が火の粉になって消える。


「離せ!」


 両手でリリアナの腕をつかむ。


 駄目だ。


 びくともしない。


 上級職〈賢者〉。


 魔法職。


 そんな言葉から想像する身体能力ではなかった。


 俺が両腕を使っても、リリアナは片腕だけで拘束を維持している。


「まだ……!」


 指先へ魔力を集める。


「風よ……!」


「させません」


 腕へわずかに力を加えられた。


「ぐっ……!」


 集中が切れる。


 作りかけた術式が崩れた。


「男子首席」


 耳元から声がする。


「降参なさい」


「嫌だ」


「即答ですのね」


「まだ意識がある」


「では」


 リリアナが、少し考えた。


「意識がなくなれば、負けを認めます?」


「待て。それは理屈がおかし」


「痛くはしませんわ」


「何を」


 拘束の形が変わった。


 首筋へ。


 軽い衝撃。


「あ……」


 視界が大きく揺れる。


 脚から力が抜けた。


 地面へ落ちる。


 そう思った身体を。


 リリアナが抱き留める。


「十分に頑張りましたわ」


 薄れていく視界の向こうで。


 金色の髪と。


 満足そうな笑顔が見えた。


「ですから、今はお休みなさい」


 そこで。


 意識が途切れた。


◇


「……ん……」


 まぶたの裏に光を感じた。


 ゆっくり目を開く。


 最初に見えたのは。


 金色だった。


 ほどけた髪の一房が肩から垂れ、俺の頬へ触れそうになっている。


 その向こう。


 リリアナの顔があった。


「お目覚めですか?」


「……リリアナ?」


「ええ。おはようございます、ユーリ」


「……あれ?」


 身体を起こそうとする。


「待ちなさい」


 額へ手を置かれた。


 軽い。


 軽く押さえているだけ。


 なのに。


 起き上がれない。


「何を……」


 そこでようやく。


 後頭部の感触に気づいた。


 柔らかい。


 温かい。


「…………」


 嫌な予感がする。


 横を見る。


 座っているリリアナ。


 その脚。


 そして俺の頭。


「な、なんで膝の上なんだよ!」


「地面へ寝かせたままでは可哀想でしょう?」


「長椅子とか治療室とかあるだろ!」


「わたくしが気絶させたのです。目を覚ますまで責任を持つのは当然でしょう?」


「当然の方向がおかしい!」


 周囲を見る。


 訓練場の隅。


 どうやら勝負は終わってから、それほど時間は経っていない。


「ダンとルウは?」


「無事ですわ」


 リリアナは何でもないことのように答える。


「ルウは当て身。ダンは投げられた衝撃と疲労。二人とも少し休めば起きます」


「……僕だけ扱いが違わないか?」


「当然です」


「何が当然なんだ」


 リリアナは焦げた制服の袖を持ち上げた。


「あなたは」


 次に。


 少しほどけた自分の金髪へ触れる。


「わたくしの髪を乱し、制服を焦がした男子です」


「三人でだけどな」


「ええ。三人の連携は見事でした」


 その評価だけは。


 少し嬉しかった。


「だったら」


 俺はリリアナを見上げる。


「依頼を受ける資格は認めるんだな?」


「認めますわ」


「よし」


 身体を起こそうとする。


「じゃあ、もう起こしてくれ」


「嫌です」


「なんでだよ!」


 胸元へ手を置かれた。


 押さえつけるような力ではない。


 それなのに、俺の身体は完全に止まった。


「ユーリ」


「なんだよ」


「あなたは弱いですわ」


「膝枕しながら言うことか?」


「事実ですもの」


 リリアナは平然と続けた。


「わたくしと比べれば、驚くほど弱い。力も、速さも、耐久力も。魔力を除けば、標準的な女子生徒へ届かない能力も多い」


「……知ってるよ」


「今日の戦いでも、わたくしが魔法を使えば勝負にはなりませんでした」


「それも知ってる」


「ですが」


 リリアナの瞳が、楽しそうに細くなる。


「面白い」


「……何が?」


「あなたが、ですわ」


 身を屈める。


 顔が少し近くなる。


「一つ目の攻撃が通じなければ、すぐに別の方法を考える。風を攻撃以外へ使い、煙幕と合わせ、味方の位置まで使って魔法の軌道を作る」


「僕一人じゃない。ダンとルウがいたからできた」


「そこも含めてです」


 リリアナは焦げた袖を指でなぞった。


「力で敵わないと理解したうえで、それでも勝つ方法を考える。負ける直前まで、新しい手を探していた」


「褒めてるのか?」


「ええ」


 嫌な予感がする。


「だから」


 リリアナが微笑んだ。


「もっと近くで観察したくなりました」


「やっぱりそっちか!」


 俺は膝の上から逃れようとした。


 だが。


 額を押さえられ、簡単に戻される。


「僕は研究材料じゃないぞ」


「研究材料より、もう少し丁寧に扱いますわ」


「安心できる要素が一つもない!」


「必要な魔導書も」


「聞いてない」


「触媒も」


「いらない」


「魔力回復薬も」


「話を進めるな!」


「研究室に部屋を用意してもよろしいですわね」


「よくない!」


 俺は何とか身体を横へ滑らせ、膝枕から抜け出した。


 立ち上がる。


 まだ少し足元がふらつく。


「とにかく、僕たちは依頼を受ける。資格は認めたんだろ?」


「ええ」


「だったら話は終わりだ」


「いいえ」


「まだ何かあるのかよ」


「一番大切な話が残っていますわ」


 リリアナが立ち上がった。


 俺より遥かに高い位置から、紫色の瞳がこちらを見下ろす。


「ユーリ」


「……なんだ」


「わたくしのものになりなさい」


「断る」


 即答した。


 リリアナが僅かに目を見開く。


「もう少し迷いませんの?」


「迷う理由がない」


「わたくしの研究室を自由に使えますのよ?」


「監禁される研究室なんかいらない」


「男子では手に入らない魔導書も」


「いらない」


「高級触媒も」


「いらない」


「わたくしの指導も」


「それは少し惜しいけど、いらない」


「今、少し迷いましたわね?」


「気のせいだ!」


 リリアナはしばらく俺を見つめた。


 やがて。


 楽しそうに笑った。


「そうですか」


「分かってくれたか?」


「では、考えを変えさせますわ」


「全然分かってない!」


「お願いではありませんもの」


 逃げる。


 そう思ったときには遅かった。


「うわっ!」


 身体が浮く。


 リリアナに抱え起こされた。


「ちょっ、離せ!」


 胸元を押す。


 びくともしない。


「このまま研究棟へ参りましょう」


「行かない!」


「部屋も用意いたします」


「勝手に用意するな!」


「食事も衣服も触媒も、必要なものはすべて揃えますわ」


「それ監禁を快適にしようとしてるだけだろ!」


「保護です」


「監禁だ!」


「言葉の選び方の違いですわ」


「全然違う!」


 俺は必死にもがいた。


 だが。


 離れない。


 リリアナの片腕だけで完全に抱え込まれている。


「ダン! ルウ!」


 助けを求める。


 だが。


 二人ともまだ地面で伸びていた。


「役に立たない!」


「――そこまでにしてください」


 突然。


 訓練場の空気が変わった。


 リリアナが止まる。


 俺も声のした方向を見る。


 入口。


 銀色の長い髪。


 白を基調とした学園制服。


 腰には細身の聖剣。


「ルーチェ!」


 三年生首席。


 上級職〈聖女〉。


 そして、俺が昔からよく知っている少女が、訓練場の入口に立っていた。


 ルーチェの視線が。


 リリアナ。


 その腕。


 そして。


 抱え込まれている俺へ向く。


「ユーリ」


「助けてくれ!」


「……何をなさっているのですか、リリアナ?」


「見て分かりません?」


「本人の意思に反して抱えているところまでは分かります」


「研究棟へお招きしようとしているだけですわ」


「招待される側が助けを求めていますけれど」


「少し照れているだけです」


「拒否してるんだ!」


「本人もこう言っています」


 ルーチェが一歩踏み込む。


「離してください」


「お断りします」


「リリアナ」


 ルーチェの声は静かだった。


 だが。


 さっきまで周囲で面白そうに見物していた冒険者たちが、一斉に黙った。


「これは、わたくしとユーリの問題です」


「いいえ」


 ルーチェは即答した。


「ユーリが助けを求めました。でしたら、私にも関係があります」


「わたくしが離さないと言ったら?」


「離してもらいます」


 リリアナが笑う。


「力ずくで?」


「必要なら」


 二人の視線がぶつかった。


 俺は。


 完全に二人の間に挟まれている。


「ちょっと待て」


 嫌な予感しかしない。


「僕を持ったまま戦うなよ?」


「戦いません」


 ルーチェが答えた。


「取り返すだけです」


「え?」


 銀色が消えた。


 そう見えた。


 次の瞬間。


「なっ……!」


 リリアナの手首を、ルーチェがつかんでいる。


「離しなさい!」


「嫌ですわ!」


 初めて。


 リリアナが力を込める。


 だが。


 腕が。


 ゆっくりと。


 開いていく。


「くっ……!」


 ルーチェがリリアナの足を軽く払った。


 体勢が崩れる。


 その一瞬。


「うわっ!」


 俺の身体だけが、リリアナの腕から抜き取られた。


 浮遊感。


 次に。


 背中と膝裏へ腕が回る。


「大丈夫ですか?」


 気づけば。


 今度はルーチェに抱えられていた。


「……助かった」


「はい」


「でも」


 俺は自分の状態を見る。


 完全なお姫様抱っこ。


「下ろしてくれ」


「駄目です」


「なんで!?」


 即答だった。


「先ほど気絶したばかりでしょう?」


「もう歩ける!」


「その直後に、また捕まっていました」


「それは僕の体調とは関係ない!」


「念のためです」


「その念のためが恥ずかしいんだよ!」


 リリアナはすぐに体勢を立て直した。


「今回は譲りますわ」


「譲るも何も、最初から僕はお前のものじゃない!」


「ですが」


 リリアナは焦げた制服の袖を指先で撫でた。


「諦めたとは申し上げていません」


「諦めろ!」


「いずれ、あなたの方からわたくしの研究室へ来るようにして差し上げます」


「絶対に行かない!」


「楽しみにしていますわ」


 ルーチェが俺を抱えたまま踵を返す。


「では、治療室へ行きましょう」


「だから歩けるって!」


「首筋に当て身を受けたのでしょう?」


「軽くだ!」


「軽くても気絶しました」


「それは……」


 反論できない。


 訓練場を出ようとしたところで。


 ようやくダンが身体を起こした。


「……ユーリ?」


「起きたか!」


 続いてルウも頭を押さえながら起き上がる。


「勝負は……?」


「負けた」


「やっぱりか……」


 ダンがこちらを見る。


 そして。


 ルーチェに抱かれている俺を見る。


「……なんでお前だけお姫様抱っこなんだ?」


「好きでやってるんじゃない!」


「賢者に膝枕されて、そのあと聖女に抱かれてるのか」


 ルウまで余計なことを言った。


「お前たちを置いて帰るぞ!」


「待て待て!」


 ダンとルウが慌てて立ち上がる。


 その様子を確認してから。


 ルーチェは俺を抱えたまま、治療室へ向かって歩き始めた。


「ルーチェ」


「はい?」


「本当に、もう下ろしてくれない?」


「治療室までです」


「人が見てる」


「もう十分見られています」


「それが嫌なんだよ!」


 周囲では。


 さっきまで勝負を見ていた冒険者たちが、楽しそうにこちらを見ていた。


 男子三人で〈賢者〉へ挑み。


 二度、攻撃を届かせ。


 それでも最後には全員敗北。


 そして俺だけ。


 賢者に膝枕され。


 研究棟へ持ち帰られかけ。


 最後には聖女へ抱えられて治療室行き。


「……冒険者登録しに来ただけだったんだけどな」


 俺が呟く。


 ルーチェが少しだけ笑った。


「まだ依頼へ出てもいませんね」


「言わないでくれ」


 異世界で。


 仲間と一緒に。


 初めての冒険へ出る。


 俺が長い間楽しみにしていた、その第一歩。


 それはどういうわけか。


 冒険へ出発するより先に、上級職の女の子に気絶させられるところから始まってしまった。


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