第10話 男子二十人の迎撃と、青い外套
翌日の放課後。
俺は教室から一歩も出なかった。
「前扉、固定完了!」
「後ろも閉めた!」
「窓は?」
「縄を張った! 外から開けばすぐ分かる!」
教室の中を、男子生徒たちが慌ただしく動き回っている。
机と椅子を利用した簡易障害物。
煙玉。細縄。訓練用の木剣。盾。杖。
さらに窓際には、俺を逃がすための縄まで用意されていた。
「……本当にここまでやるのか?」
「やる」
ダンが真顔で答えた。
「昨日まで三人だった」
「ああ」
「だから今日は二十人だ」
「理屈は分かるけどな」
俺は教室を見回した。
三年生男子の最上位クラス。
総勢二十人。
前衛を担当する戦士組。
罠や奇襲を担当する盗賊・探索組。
俺を含む魔法使い。
さらに今日は、僧侶のスタロンもいる。
「一応確認するけど」
スタロンが杖を握りながら尋ねた。
「これは学校公認の護衛訓練じゃないんだよな?」
「違う」
「先生の許可は?」
「取ってない」
「相手は一年生?」
「そうだ」
「中級職?」
「〈魔法戦士〉だ」
「……僕、保健室へ避難していい?」
「駄目だ!」
「冗談だよ」
スタロンは苦笑した。
「でも、二十人でも油断はできないと思う」
セリア。一年生首席。中級職〈魔法戦士〉。
昨日、俺とダンとルウの三人を一人で倒した後輩。
そして。
男子の間では、別の意味でもかなり有名な少女だった。
「なあ、ユーリ」
一人の男子が尋ねてくる。
「何?」
「実際、近くで見るとどうなんだ?」
「何が?」
「セリアさん」
「今それを聞くのか?」
「大事だろ」
「大事じゃない!」
「裏人気投票一位だぞ」
「今日はその一位が僕を捕まえに来るんだよ!」
「だからこそ聞いてるんだ」
別の男子まで乗ってきた。
「可愛い?」
「……」
昨日のことを思い出す。
長い青髪。
おっとりした垂れ目。
柔らかな笑顔。
それから。
近づいたときに感じた、甘い香り。
「ユーリ?」
「敵として強い」
「答えになってない」
「そこ以外を考えるな!」
「でも昨日、お姫様抱っこされたんだろ?」
「誰から聞いた!」
「ダン」
「ダン!」
「事実だろ」
「広めるな!」
「しかも『いい匂いがして集中できない』って本人に言ったとか」
「それまで知ってるのか!?」
教室のあちこちから声が飛ぶ。
「そりゃ負けるわ」
「俺でも無理そう」
「戦う前から諦めるな!」
そんなやり取りの最中だった。
こんこん。
前扉が。
外側から。
優しく叩かれた。
教室が。
一瞬で静まり返る。
「ユーリ先輩」
柔らかな声。
「いらっしゃいますか?」
「来た!」
「本当に来たぞ!」
「全員、配置につけ!」
男子たちが一斉に動いた。
前衛。
左右。
後衛。
俺は教室の一番奥。
ダンが戦士組の中央。
ルウはすでに教壇の陰へ消えている。
スタロンは俺の少し前で杖を構えた。
「セリア!」
ダンが扉越しに叫ぶ。
「今日は帰ってくれ!」
「そうですか……」
本当に残念そうな声だった。
「ですが、今日はユーリ先輩をお迎えに参りました」
「迎えは頼んでない!」
俺も叫ぶ。
「昨日も言っただろ!」
「はい」
少しだけ沈黙。
「ですが昨日、ルーチェ先輩の外套の中では、とても大人しくしていらっしゃいましたね」
「え?」
十九人の視線が。
一斉に俺へ集まった。
「外套?」
「ルーチェ様の?」
「中に入ってたのか?」
「包まれただけだ!」
「何だその羨ましい状況」
「羨ましがるな!」
「暖かくて落ち着く、ともおっしゃっていましたね」
「そこまで聞こえてたのか!?」
ざわっ。
男子たちが俺を見る目が変わった。
「ユーリ」
「何だ」
「お前、結構満喫してない?」
「してない!」
「でも落ち着いたんだろ?」
「それとこれとは別だ!」
扉の向こうから、セリアの楽しそうな声がする。
「ご安心くださいませ」
「何を?」
「本日は、私もきちんと準備して参りました」
「何を準備した!?」
「あとでのお楽しみですわ」
「嫌な予感しかしない!」
かちり。
扉の鍵が外れた。
「来るぞ!」
「机を押さえろ!」
前扉には机と椅子を積み上げている。
だが。
ふわり。
「え?」
一番上の椅子が浮いた。
次に机。
「《風運び》」
柔らかな風に乗り。
一つ。
また一つ。
障害物が教室の端へ丁寧に積み直されていく。
「……壊さないんだ」
「学校の備品ですもの」
そして。
扉が開いた。
「ごきげんよう、先輩方」
セリアが立っていた。
長い青髪。
おっとりした垂れ目。
穏やかな笑顔。
俺たち男子より遥かに高い背丈。
すらりと伸びた長い脚。
制服越しにも分かる女性らしい体つき。
そして今日は。
肩から小さな鞄を下げていた。
「……」
「……」
男子二十人。
誰も動かない。
「あの」
セリアが少し首を傾げる。
「どうかなさいました?」
「か」
一人が。
「可愛い……」
「おい!」
俺が叫んだ。
「もう始まってるぞ!」
「いや、ユーリ」
「何だ!」
「これはちょっと仕方ない」
「何が仕方ないんだ!」
「近くで見ると想像よりずっと……」
「笑ったぞ」
「今こっち見た」
「全員を見てるだけだ!」
セリアが口元へ手を添える。
「皆様にそう言っていただけて、とても嬉しいです」
ふわり。
さらに柔らかく笑う。
「……」
「……可愛い」
「増えた!」
「待て、俺までちょっと分かってきた」
「理解するな!」
前衛の男子の一人が、剣を握り直しながら呟く。
「戦わないで話し合いじゃ駄目かな」
「駄目だ!」
「でも、あんな笑顔で来られたら」
「僕が連れていかれるんだぞ!」
「あ」
「目的を思い出せ!」
セリアはそんな男子たちを見ながら、不思議そうに瞬きをした。
「ユーリ先輩」
「何?」
「皆様、とてもお優しい方々なのですね」
「今の反応を優しいで済ませるな!」
ダンが剣を構えた。
「悪いが、セリア」
「はい、ダン先輩」
「……」
「ダン?」
「名前覚えてた……」
「そこで喜ぶな!」
「だ、誰のせいだ!」
セリアは嬉しそうに微笑む。
「もちろん覚えております。昨日も、とても勇敢に戦っていらっしゃいましたから」
「……勇敢」
ダンの顔が僅かに赤くなる。
「ダン!」
「分かってる!」
剣を構え直した。
「今日はユーリを連れていかせない!」
「どうしてでしょう?」
「本人が嫌がってる!」
セリアの笑顔が少しだけ薄くなった。
「そうですか」
俺を見る。
「ユーリ先輩」
「何?」
「本当に、私と一緒には来てくださらないのですね?」
「行かない」
「……残念です」
本気で悲しそうに眉を下げる。
その表情を見て。
「……」
前衛の数人が一瞬黙った。
「おい」
「分かってるけど」
「何でこっちが悪いことしてる気分になるんだ……」
「惑わされるな!」
その直後。
セリアの笑顔が戻った。
「でしたら」
細剣を抜く。
「皆様には、少しお休みいただきますね」
「戦士組、前へ!」
六人が一斉に踏み込んだ。
「囲め!」
正面。
左右。
後方への進路まで塞ぐ。
一人では全部見られない。
「行くぞ!」
三本の木剣が同時に振られる。
「とてもよい連携です」
セリアが。
一歩。
前へ。
「ですが」
青い髪が揺れた。
「少し遅いですね」
「なっ!」
次の瞬間には。
前衛の中央へ入り込んでいる。
「近い!」
「うわっ!」
左右から木剣。
細剣の一振り。
二本まとめて弾かれた。
「強っ!」
正面の盾。
セリアが片足を乗せる。
「飛ぶぞ!」
軽やかに跳躍。
空中で身をひねる。
長い脚が大きく弧を描いた。
「うわ」
一人が。
攻撃より先に。
「脚、長……」
ぱんっ!
木剣が蹴り上げられた。
二本目。
三本目。
「三人まとめて!?」
「今の格好よくないか!?」
「敵だぞ!」
着地したセリアが。
驚いている男子の胸元へ細剣の柄を当てる。
「よそ見はいけませんよ」
「……はい」
「素直に返事するな!」
軽い当て身。
一人目が倒れた。
もう一人。
「あなたも」
セリアが身体を支えながら。
「危ないですから」
「え?」
「お休みください」
倒れる方向まで受け止め。
そっと床へ寝かせる。
「……優しい」
二人目が気絶する直前に呟いた。
「何を言ってるんだ!」
左右から二人。
「今だ!」
だが。
セリアの長い脚の方が先に届く。
手首を蹴り上げ。
木剣を落とす。
反対側。
踵で剣を弾く。
「リーチが違いすぎる!」
「近づけ」
そこで。
セリアが振り返った。
真正面。
柔らかな笑顔。
「……ない」
「最後まで言え!」
「すまん、今ちょっと無理だった」
「何がだ!」
「笑顔が近い」
その隙に。
細剣の峰。
三人目。
四人目。
倒れる。
「なら俺が止める!」
盾役の男子が正面から突進した。
「うおおお!」
セリアは盾へ片手を添えた。
「え?」
止まった。
完全に。
「そんな」
盾役が全身で押す。
動かない。
セリアはその顔を見下ろし。
「男子の方で、これほど力があるのは素晴らしいと思います」
「え」
「一生懸命鍛えていらっしゃるのですね」
「……」
盾役。
顔が赤くなる。
「ほ、褒められた」
「喜ぶな!」
「だってセリアさんに!」
「戦闘中だ!」
「ですが」
セリアが盾を僅かに下へ押した。
「あ」
「力の向きが素直すぎます」
膝をつかされる。
「次はもっとよくなりますよ」
「……はい」
軽い掌底。
「お休みなさい」
五人目。
倒れながら。
笑っていた。
「何で嬉しそうに負けてるんだよ!」
残った前衛はダン。
「俺まで同じだと思うな!」
「ダン先輩」
「な、何だ」
「今日は昨日より、ずっと集中していらっしゃいますね」
「当然だ!」
「素敵です」
「……」
「ダン!」
「分かってる!」
耳まで赤い。
「くそっ!」
上段。
振り下ろす。
セリアが細剣で受ける。
甲高い音。
「ぐっ!」
「昨日より力も入っています」
「そうやって褒めるな!」
「いけませんか?」
「調子が狂う!」
「ですが本当のことです」
「だから困るんだよ!」
打ち合う。
一撃。
二撃。
三撃。
昨日より確かに良い。
だが。
セリアが一歩踏み込む。
ダンより高い位置。
顔が近い。
青い髪が揺れる。
「……っ」
「ダン先輩?」
「見ない!」
「何をです?」
「何もだ!」
「私のお顔も?」
「それはもっと危ない!」
「顔も駄目なのかよ!」
教室から突っ込みが飛ぶ。
セリアがくすっと笑った。
それだけで。
ダンの剣が僅かに遅れる。
「しま」
「隙です」
細剣が絡む。
木剣の軌道を外へ流す。
懐へ。
「昨日より、とてもよかったですよ」
「……それは」
柄が脇腹へ。
「嬉しいな」
「ダン!」
次。
顎の下。
ダンが崩れ落ちる。
「くそ……負けたのに……」
床へ倒れながら。
「なんか悪い気がしねえ……」
「重症だ!」
「戦士組全滅!」
「探索組!」
ルウたちが一斉に動いた。
「正面から見るな!」
「煙幕!」
「それ戦術として正しいのか!?」
「セリアを見なければ動揺しない!」
「一理ある!」
煙玉。
白煙が教室を包む。
「これなら笑顔も見えない!」
「香りも分からない距離を保て!」
「何の対策会議なんだ!」
撒菱。
細縄。
机の陰。
梁。
左右。
「行け!」
八人。
同時。
「なるほど」
煙の中。
セリアの声。
「皆様、昨日のお話を聞いて対策なさったのですね」
「そうだ!」
「顔は見ない!」
「近づきすぎない!」
「匂いにも気を取られない!」
「口にすると余計に情けないぞ!」
「とても一生懸命ですね」
セリアの声が。
嬉しそうに響く。
「素敵です」
「……」
「……」
「声だけでも駄目な奴がいるぞ!」
「気をしっかり持て!」
「《風輪》」
旋風。
煙が大きく動く。
撒菱が教室の端へ吹き飛ばされた。
「まずい!」
煙が晴れかける。
そして。
「ごきげんよう」
「うわっ!」
いきなり目の前にセリア。
「近い近い近い!」
「離れてください!」
「近づいたのは皆様では?」
「それはそうだけど!」
セリアの脚。
一人目。
短剣を蹴り上げる。
「足!」
「見るな!」
「でも目の前!」
手首を軽く蹴られ。
短剣が落ちる。
「怪我はありませんか?」
「……大丈夫です」
「よかった」
にこっ。
「……可愛い」
当て身。
「お休みなさい」
「……はい」
「完全に落とされてる!」
二人目。
縄。
セリアが身体をひねる。
避ける。
その動きに青髪が大きく揺れた。
「綺麗だな……」
「髪を見るな!」
「じゃあどこを見ろっていうんだ!」
「武器!」
「剣まで格好いい!」
「もう駄目だ!」
三人目が倒れる。
梁から一人。
「上だ!」
飛び降りる。
セリアが気づく。
「あっ」
落下。
その男子を。
両腕で受け止めた。
「え?」
一瞬。
完全にセリアの腕の中。
「危ないですよ」
顔が。
近い。
「高いところから飛び降りてはいけません」
「……はい」
男子の顔が真っ赤になる。
「おい! 返事する前に離れろ!」
「いや」
抱かれたまま。
「ちょっと待って」
「何を待つんだ!」
「今すごくいい匂い」
「戦闘しろ!」
セリアは何も気づいていないのか。
優しく床へ下ろした。
「お怪我は?」
「ないです」
「よかったです」
「……ありがとうございます」
「そこまで丁寧に会話するな!」
「では」
掌底。
「お休みなさい」
「……幸せかも」
倒れた。
「何が幸せだ!」
煙の中。
残る探索組も。
次々。
セリアへ接近した瞬間に動きが鈍っていく。
「近くで見ると、本当に……」
「可愛い」
「分かったから攻撃しろ!」
「でも手加減まで丁寧で」
「次、俺をお願いします」
「順番待ちするな!」
次々と。
当て身。
峰打ち。
足払い。
誰一人大怪我をさせない。
そして。
倒される直前に。
ほぼ全員が。
嬉しそうな顔をしていた。
「なんだこれ……」
俺は頭を抱えた。
「敵が増えるどころか、ファンが増えてる!」
「まだだ!」
ルウ。
背後。
短剣の柄。
「俺は昨日一回やられてる!」
「ルウ先輩」
「振り返るな!」
セリアが振り返る。
「昨日より、動きがとても良くなっています」
「聞かない!」
「私の蹴りにも対応できるようになりましたね」
「聞いてない!」
「格好いいです」
「……」
ルウの動きが。
止まった。
「ルウ!」
「今」
「何だ!」
「格好いいって」
「言われたな!」
「……もう一回言ってくれないかな」
「戦え!」
「はい?」
セリアが首を傾げる。
「何でしょう?」
「何でもない!」
だが。
もう遅い。
「隙です」
足払い。
「しまっ!」
姿勢を崩す。
セリアが肩を支える。
「危ないですよ」
「近い……」
「昨日より頑張りましたね」
「……はい」
軽い当て身。
ルウも倒れる。
「三度目は……もっと頑張る……」
「次を楽しみにしております」
笑顔。
ルウ。
完全に沈んだ。
「探索組全滅!」
「魔法組!」
「お、おう!」
返事が少し弱い。
「お前ら!」
「だって今の見てたら」
「ちょっと羨ましい」
「羨ましがるな!」
「俺も『頑張りましたね』って言われたい」
「目的が変わってる!」
それでも。
戦う。
「一斉詠唱!」
俺を含めた魔法使い。
スタロンが後方。
「《防護》!」
光の膜。
「ユーリ!」
「属性と着弾時間をずらす!」
「了解!」
「正面の風は囮!」
「土は足元!」
「水は上!」
「行くぞ!」
複数の魔法。
一斉。
セリアへ。
「とても綺麗な連携です」
「褒めるな!」
「ですが」
細剣。
「《風払い》」
一閃。
風魔法。
砕ける。
水球。
霧。
土の拘束。
崩れる。
「すご……」
「感心するな!」
「でも今の剣、格好よくなかった?」
「敵だって!」
「セリアさん、可愛いだけじゃないな」
「強い」
「綺麗」
「だから攻撃しろ!」
「まだだ!」
俺だけは。
撃っていない。
仲間の魔法。
囮。
「火よ」
両手へ。
赤い光。
「集え!」
魔力。
限界近くまで。
「ユーリ!」
スタロンが気づく。
「それ以上は危険だ!」
「これで決める!」
セリアが剣を振り切った。
今。
「《集束火炎弾》!」
巨大な炎。
一直線。
「入った!」
「今度こそ!」
セリアは。
避けない。
剣すら使わない。
「炎の魔法は」
左手。
人差し指。
「こうです」
俺の火球へ。
触れる。
「……は?」
止まった。
「嘘だろ……」
炎は消えていない。
それなのに。
指一本を。
押し切れない。
「すご……」
魔法使いの一人が。
思わず。
「セリア様……」
「様になった!?」
その声をきっかけに。
「いや、これは様でも仕方ない」
「中級魔法を指一本だぞ」
「格好いい……」
「お前ら!」
セリアが魔力を流す。
火球が。
どんどん小さくなる。
最後には。
蝋燭ほどの炎。
「制御は悪くありません」
俺を見る。
「ですが」
ふっ。
炎を消す。
「やはり、魔力を込めすぎていますわ」
「やはり……?」
「昨日の戦いで、ユーリ先輩の癖は覚えました」
「最初からこれを狙って」
「はい」
笑顔。
「ですが、とても強い魔法でした」
「……」
「素敵でしたよ」
「……っ」
今度は。
俺の顔が熱くなる。
「ユーリまで!」
「うるさい!」
「首席も落ちた!」
「落ちてない!」
「顔真っ赤だぞ!」
「魔力使ったからだ!」
セリアが。
少し嬉しそうに笑う。
「褒めてよかったです」
「だからそういうのが効くんだよ!」
もう。
魔力はほとんどない。
ほかの魔法使いも同じ。
「まだだ!」
一人が。
俺の前へ立つ。
「魔法がなくても、ユーリは渡さない!」
「俺たちも!」
「押さえろ!」
五人。
杖を棍のように構える。
セリアは。
その姿を見て。
「本当に」
優しく微笑んだ。
「素敵なご友情です」
「……」
「その笑顔ずるい!」
「俺、今ちょっと降参してもいいと思った」
「駄目だ!」
「ですが」
セリアが一歩。
「ユーリ先輩は」
もう一歩。
「今日は私がお連れします」
「来るぞ!」
一瞬。
最前列。
「勇敢ですわね」
「え」
掌底。
一人目。
倒れる。
次。
「皆様、本当にお優しい方々です」
「そんな顔で言うな!」
二人目。
手首。
姿勢を崩す。
「お休みなさい」
「……はい」
三人目。
「ちょっと待って、俺まだ褒められて」
当て身。
「寝た!」
四人目。
杖を振る。
セリアが受け止める。
「魔法使いなのに、最後まで前へ出るのですね」
「ユーリは仲間だから!」
「素敵です」
「……もう一回言って」
「お前もか!」
倒れる。
最後。
スタロン。
俺の前へ立つ。
「ここは通さない!」
「スタロン先輩ですね」
「名前まで!」
「僧侶なのに、皆様を最後まで守っていらっしゃいました」
「……」
「立派です」
「スタロン!」
「分かってる!」
必死に杖を構える。
「でもこれは……ちょっと嬉しい!」
「お前まで!」
「《防護壁》!」
光の壁。
セリアの細剣。
一撃。
亀裂。
二撃。
砕ける。
「出力も、男子の方としてはとても高いです」
「本当?」
「本当です」
「……満足した」
掌底。
「お休みなさい」
「はい……」
スタロンまで。
満足そうに倒れた。
「何で全員幸せそうなんだ!」
教室。
立っている男子は。
俺だけ。
十九人。
全滅。
しかも。
負けた悲壮感がほとんどない。
「……二十人いたんだぞ」
「はい」
「二十人で迎撃したんだぞ」
「はい」
「どうしてみんな、倒されるたびにお前のこと好きになってるんだよ!」
セリアが。
本気で分からない顔をした。
「私、何かいたしましたでしょうか?」
「そこが一番怖い!」
セリアがこちらへ歩いてくる。
「待て!」
「はい?」
「来るな!」
「もう戦えませんよね?」
「まだ逃げられる!」
窓。
走る。
「捕まえました」
「うわっ!」
腰へ腕。
身体が浮く。
「また!」
「昨日より、抵抗しにくいようにいたします」
「改善するな!」
足。
床から完全に浮く。
「下ろせ!」
「嫌です」
「十九人をメロメロにしておいて!」
「メロメロ?」
「自覚ないのか!」
「皆様、とても親切でした」
「親切になったんじゃなくて惚れたんだよ!」
「まあ」
セリアが頬へ手を添えた。
「そんな」
「そこで照れるな!」
俺を抱え直す。
背中。
膝裏。
お姫様抱っこ。
「今日は、昨日より頑張りましたね」
「僕まで褒めるな!」
「本当にそう思っています」
「……」
「最後まで逃げようとなさるところも」
少しだけ顔を近づける。
「可愛らしいです」
「……っ」
「顔が赤くなりました」
「近いからだ!」
「ふふっ」
「笑うな!」
そこで。
セリアが肩の鞄へ手を伸ばした。
「何してる?」
「昨日」
中から。
青い布。
「ルーチェ先輩に、とてもよいものを教えていただきましたので」
「……待て」
広げる。
青い外套。
「それ」
「はい」
「外套ですわ」
「見れば分かる!」
「ユーリ先輩専用に」
「専用にするな!」
セリアは。
お姫様抱っこした俺の身体へ。
青い外套をかけた。
「ちょっ!」
肩。
身体。
脚。
全体が包まれる。
昨日の。
ルーチェの外套と似ている。
だが。
「……待て」
胸元。
金具。
「何だ、それ」
「留め具です」
「ルーチェのにはなかった!」
「はい」
一つ目。
ぱちん。
「昨日、拝見していて気づきました」
二つ目。
「ルーチェ先輩の外套では」
ぱちん。
「ユーリ先輩が自分で外へ出られてしまいます」
「だから!?」
三つ目。
「改善いたしました」
「改悪だ!」
外套の前が閉じる。
「これで」
セリアが満足そうに微笑む。
「安心ですわ」
「誰が!」
腕を出そうとする。
「……あれ?」
出ない。
身体をひねる。
駄目。
青い外套。
セリアの腕。
俺の身体。
全部まとめて固定されている。
「開かない!」
「はい」
「はいじゃない!」
「昨日のルーチェ先輩の外套では、先輩は自由に外へ出られました」
「そうだよ!」
「私の外套では」
楽しそうな声。
「出られません」
「そこを誇るな!」
外套の中で暴れる。
「この!」
「暴れると疲れますよ」
「誰のせいだ!」
「もう魔力も残っていないでしょう?」
「……」
外套の中。
暗い。
外からの視線はない。
その代わり。
セリアの身体が近い。
体温。
柔らかな感触。
甘い香り。
「……」
「ユーリ先輩?」
「何でもない!」
「静かになりましたね」
「なってない!」
「昨日のルーチェ先輩の外套も」
セリアが嬉しそうに言う。
「暖かくて落ち着く、とおっしゃっていましたね」
「それとこれは違う!」
「どう違うのでしょう?」
「あっちは出ようと思えば出られた!」
「はい」
「こっちは出られない!」
「はい」
「そこが最大の違いだ!」
「よくできていますでしょう?」
「褒めてない!」
◇
それから少しして。
「う……」
教室で。
一人の男子が目を覚ました。
「……ここは」
「負けた」
少し離れたところ。
ダンがゆっくり身体を起こす。
「俺たち二十人」
「……」
「セリア一人に全滅させられた」
次々。
男子たちが起き始める。
「俺、蹴りで剣飛ばされた……」
「俺は風で転がされた」
「俺、飛び降りたところ受け止めてもらった」
「俺は『よく鍛えてますね』って」
「俺、『勇敢です』って言われた」
「俺も褒められた」
「……」
教室。
妙な沈黙。
「なあ」
一人。
「負けたよな?」
「ああ」
「全滅だよな?」
「ああ」
「なのに」
顔を赤くする。
「もう一回戦いたくない?」
「……分かる」
「分かるのかよ!」
ダンが叫ぶ。
「次は勝つためだぞ!」
「それもある」
「それも?」
「また近くで笑ってほしい」
「重症だ!」
「俺も」
「俺も」
「俺、『頑張りましたね』ってもう一回言われたい」
「俺は受け止めてもらいたい」
「目的を見失うな!」
ルウが起き上がった。
「……三度目はお気をつけくださいませ」
「ルウ?」
「昨日言われたんだ」
「何が?」
「三度目は気をつけろって」
「それで?」
「……次、頑張ろうと思う」
「戦闘の話だよな?」
「たぶん」
「たぶんって何だ!」
スタロンも目を覚ました。
「僕は立派だって言われた」
「お前まで!」
「いや」
少し嬉しそう。
「結構効くね、あれ」
「分かる」
「分かるな!」
一人が。
真剣な顔をした。
「裏人気投票一位だった理由、今日分かった」
「ああ」
「遠くから見てるだけじゃ駄目だ」
「近距離が強すぎる」
「笑顔」
「声」
「香り」
「あと戦い方が綺麗」
「全部じゃないか!」
「手加減も上手かった」
「全員倒したのに、誰も怪我してない」
「しかも倒れるとき受け止めてくれた」
「優しい」
「襲撃者に対する評価じゃない!」
誰かが。
ぽつり。
「セリア様……」
「様!?」
「いや、今日の見たら様でもいいだろ」
「分かる」
「俺もセリア様でいい」
「俺も」
「ちょっと待て!」
ダンが止める。
だが。
「セリア様」
「セリア様だな」
「次の裏人気投票、俺セリア様に入れる」
「俺も」
「俺も」
「十九票全部入りそう」
「お前ら完全に落ちてるぞ!」
「ダンは?」
「俺は」
少し黙る。
昨日。
今日。
二度。
セリアから近距離で笑顔を向けられ。
褒められ。
最後には。
「昨日より良かったって……」
「ダン?」
「……俺も一票」
「お前もじゃないか!」
教室に笑い声が起きる。
そして。
誰かがようやく気づいた。
「ところで」
「何?」
「ユーリは?」
全員。
周囲を見る。
いない。
「……また連れていかれた」
「助けに行く?」
沈黙。
二十人。
顔を見合わせる。
「……今から?」
「ああ」
「セリア様のところへ?」
「様を外せ!」
「でも」
一人。
遠い目。
「もう一回会えるな」
「救出が目的だ!」
「分かってる」
「本当に?」
「……七割くらい」
「残り三割は何だ!」
「セリア様に会いたい」
「駄目だこいつら!」
こうして。
男子二十人による迎撃作戦は。
戦力的にも。
精神的にも。
完全敗北に終わった。
むしろ。
戦う前より。
セリアの男子人気だけが。
大幅に上昇してしまったのである。
◇
一方。
その頃。
俺は青い外套の中で。
「セリア」
「はい?」
「どこへ行ってる?」
「まだ秘密です」
「リリアナの研究室じゃないのか?」
「……」
返事が遅い。
「おい」
「今日は」
セリアの声が。
妙に。
嬉しそうだった。
「少しだけ、寄り道をいたしましょう」
「どこへ!」
「私のお部屋です」
「待てえええっ!」
外套の中で全力でもがく。
だが。
留め具。
抱擁。
圧倒的な体格差と腕力。
何一つ崩せない。
「リリアナのところより悪化してる!」
「まあ」
「何で嬉しそうなんだ!」
「ユーリ先輩を」
抱く腕が。
少しだけ強くなる。
「今日は」
柔らかな声。
「私が捕まえましたから」
「……」
昨日までとは。
少し違った。
リリアナに命じられたから。
ではない。
自分が捕まえた。
そう言った。
「セリア?」
「何でもありませんわ」
また。
いつもの。
おっとりした声。
「もう少しで着きます」
「着かなくていい!」
「安心してください」
「今の僕に安心できる要素が一つもない!」
「今日は」
青い外套越し。
すぐ近くで。
「私がずっと、お側におりますから」
「それが今一番不安なんだよ!」
こうして。
男子二十人を集めた迎撃作戦は。
セリア一人によって破られた。
しかも。
二十人のうち十九人は。
敗北したはずなのに。
目を覚ました頃には、ほとんどセリアのファンになっていた。
そして俺だけは。
そんなことも知らず。
ルーチェの白い外套を参考にして。
逃走防止の留め具まで追加された。
青い外套の中へ閉じ込められ。
そのまま。
セリアの私室へ運ばれていくことになったのだった。




