第38話 鬼と人
「鬼族は、人間と敵対したいわけではない。」
朧響は話し始める。
「しかし、我ら鬼族が人間に近づこうとすると、恐怖を感じるらしい。まともに話ができぬのだ。」
(まぁ…鬼だから第一印象は怖いよね。)
「でも、人間全てではないんでしょ?全ての人間が見た目で判断するわけじゃないよ。中には、話を聞いてくれる優しい人だったり、変わり者で鬼が好きだって人もいたんじゃない?」
俺は疑問を口にするが、朧響は首を左右に振りつつ、
「今までそんな人間は居らんよ。我だけではない。長老も、他の鬼族も……皆そう言っている。」
(話せる知性をもちながら、全ての鬼族がただ一人の人間とすらまともに話せたことがないって…。)
朧響は再び話し出す。
「人間の基準で言えば我らの顔が怖いのは理解している。」
朧響は一度言葉を切る。
「だが、怯え方が異常なのだ。我らを見るや否や悲鳴を上げ、話すら聞いてもらえない。武器を持っている者は問答無用で襲ってくる。魔物に襲われている人間を助けたり…人間同士の争いをやめさせたり、善意で行動したとしても斬りかかってくる。」
(俺は朧響さんの顔を怖いとは思わないんだけどな…あの赤黒い影は不気味ではあったけど。それにしても助けても駄目なのか……。)
「そして何より、我ら鬼族を知らぬ、年端も行かない幼子ですら、悲鳴を上げ石を投げる。」
朧響は拳を握る。
「我らが何をしたわけでもない。ただ近くにいるだけで…だ。」
朧響は、苦い記憶を思い出しているのだろう。その目はとても悲しそうだ。
(年端も行かない子供ですら敵対行動をとるのか…だったらどうすれば人間と鬼族は共存できるんだ?)
「だから我らは人間と争わないために隠れて暮らしているのだが、完全に隠れて暮らすのは難しい…人間に見つかると討伐隊を組まれて襲われてしまう。まぁ襲われると言っても…我の強さを体感したであろう…人間を殺したくないので手加減して追い払い、その隙に別の地へ移り住む。そんな暮らしを繰り返している。」
(ここまでされても人間を傷つけないようにしているのか…。)
「なぜそうなるのか、我らにも分からぬ。」
(……誰かがそうなるように仕向けているのか?)
「我らはそういうものだと諦めているのだが、長老がずっと憂いている。」
(鬼族だって、人間と同じように感情がある。なのに、なぜ人間はここまであからさまに鬼族を嫌う?一体何が原因なんだ?)
「なら長老や年配の鬼族は原因や心当たりとか知ってるんじゃない?」
朧響はまたも首を左右に振る。
「知らぬ。ただ……原因を知るため長老は長きにわたり手掛かりを探していた。」
朧響は視線を俺に向ける。
「だが八年前……長老の固有スキルが発動した。」
朧響は一度、言葉を止める。
[世界の理を覆す者が生まれた。その者、鬼族の希望となる。中央大陸の辺境に住む。]
「たったこれだけの予言だった。」
朧響は静かに息を吐く。
「我はそれから八年間、この辺りを探し続けた。」
(この予言の[世界の理を覆す者]か…思い当たる節がある……。)
「辺境って分かってるなら、もっと早く見つけられたんじゃ?」
朧響は俺の疑問に、
「世界の理を覆すとは何なのか。その者が、鬼なのか人間なのか、はたまた魔物なのか…人間だったなら無用に恐れさせたくなかった。」
朧響はそう言って森の奥へ視線を向ける。
「だから我は村には近づかず、森の中から人間たちの暮らしを探った。まぁ、人間を見たところで誰がその人物か分からんのだがな。」
朧響はしばらく黙った。
「しかし、我は見つけた。出会ってすぐに確信を得た。我を見てもすぐに敵対するでもなく、大声で喚くのでもなく、当たり前のように我に話しかける人間を。」
(ああ、確かに話しかけた。こんにちはって…冗談言いながら逃げようと思っただけなんだけど…話を聞く限り、朧響からしたら驚くよな。普通に話しかけてくる人間がいたら。朧響にとっては、特別なことだったんだから。)
「世界の理を覆す者……ソウ。我ら鬼族の里に着いてきてくれないか?」
第38話 終




