第一章 「すべての始まり08」
「ちょ、ちょっと小七……あの人ってまさか――」
「(ごくり)主人様……小七も、同じことを思いました……」
私たちは同時に視線を向けた。
――彼ではなく、その背後へ。
そこにいたのは。
彼のすぐ後ろを猛スピードで追いかけてくる、
三匹の茶色い狼型の魔物だった。
思わず小七と目を合わせる。
言葉にしなくても分かる。
今、あの人が置かれている状況。
そして――
ようやく彼の叫び声がはっきり聞こえた。
「助けてくれええええええ!!」
「誰かあああああ!!」
「そこの少女! 逃げろおおおおお!!」
「「遅いよおおおお!!」」
私と小七は同時に叫び、
そのまま反転して全力で走り出した。
直後、
あのお兄さんも合流して、
私たちと同じ方向へ逃げ出す!
小七は必死に羽をばたつかせ、
さっきまでの余裕は完全に消えていた。
走りながら、
私はちらっとお兄さんを見る。
そして思わず叫んだ。
「なんで早く言ってくれなかったの!?」
それに対して、
汗だくでボロボロのお兄さんが怒鳴り返す。
「助けてくれる人だと思って叫んだんだよ!!
まさかこんな田舎道で、ペット連れの少女が来るとは思わねえだろ!!」
「誰がペットよ!?
小七は四大神獣なんだから!」
「はあ!? そんな低級魔物が神獣――って、
お前、今しゃべったのか!?」
お兄さんは驚いて振り向き――
次の瞬間。
「うわっ!?」
足を滑らせて、
派手に転んだ。
「『お兄さん!』」
私と小七は同時に叫び、
すぐに引き返す。
私は迷わず手を伸ばして、
彼を引き起こした。
でも――
そのほんの数秒の間に。
さっきまで距離のあった三匹の狼が、
一気に距離を詰めてきていた。
牙を剥き、
今にも飛びかかろうとしている。
「走って!」
私は彼の手を引いて、
再び走り出す。
だけど――
(ダメだ……)
一目で分かった。
彼はもう限界に近い。
さっきの転倒か、
それともずっと走り続けていたせいか。
明らかにスピードが落ちている。
このままじゃ――
「ダメ……絶対ダメ!」
「主人様!? 何を――」
「お嬢ちゃん、何してる!?」
私は答えなかった。
その場で足を止め、
振り返る。
三匹の狼と正面から向き合う。
身体を少し前に倒し、
踏み込みの姿勢を取る。
(こんなに動いてるのに……
全然疲れてない……)
(やっぱりこれが――勇者の力……!)
「お嬢ちゃん戻れ!
本少……いや本大爺は、
ガキに助けられるほど弱くねえ――」
「主人様! 戻ってください!!」
二人の声を背中で聞きながら。
私は、もう動き出していた。
最初に視界に入ったのは、
先頭を走る一番大きな一匹。
獲物を待ち構えるように、
唸りながら突っ込んでくる。
(信じるしかない……!)
(お願い――勇者の力!)
飛びかかってきた瞬間。
私は反射的に身体をひねり、
ギリギリで回避した。
(え……今の、避けた……?)
自分でも信じられなかった。
子どもの頃に体操をやってたとはいえ、
これは明らかに人間の動きじゃない。
でも――
安心する暇なんてない。
すぐに二匹目が低く唸りながら飛びかかる。
私はとっさに身体を反らして、
なんとか避けた。
心臓は激しく鳴っているのに、
頭だけが妙に冷静だった。
(三匹目は――!?)
視線を走らせる。
いない。
消えた。
その瞬間。
「主人様! 右の草むらです!」
小七の声。
次の瞬間――
草むらから三匹目が飛び出してきた。
(間に合わない――)
身体が動かない。
私は目を閉じて、
腕で顔をかばう。
「ごめんなさい……
お父さん、お母さん、晞夏、小七――」
その時。
「――っ!!」
鈍い衝撃音が響いた。
目を開けると。
そこには――
銀髪のお兄さんが、
狼に体当たりしていた。
「本大爺はな――
少女に助けられる趣味はねえんだよ!!」
そのまま二人は地面を転がる。
土と草が舞い上がる。
小七が私の肩に戻ってきて、
私たちは思わず叫んだ。
「「か、かっこいい……!」」
お兄さんはふらつきながら立ち上がる。
明らかに無理をしている。
さっきの一撃で、
ほぼ力を使い果たしたのが分かる。
実際、
ぶつかられた狼は
まだ起き上がれていない。
お兄さんはよろよろと歩いてきて、
私の前で止まる。
そして怒鳴った。
「お前、何やってんだ!?
死にたいのか!?」
「え……」
「ヒーロー気取りか!?
ガキはガキらしく逃げてろ!
こういう時はな、逃げるのが正解なんだよ!!」
「そうです!!」
小七も続ける。
「主人様、どれだけ心配したと思ってるんですか!
もし怪我でもしたら……
小七は……小七は……!」
怒っているのに、
翼は震えていた。
声も揺れている。
その不安が、
痛いほど伝わってくる。
「……ごめんなさい」
私は深く頭を下げた。
さっきの自分が、
どれだけ無謀だったのか。
やっと理解した。
顔を上げて、
再び前を見る。
さっき避けた二匹の狼が、
こちらを睨んでいた。
仲間が倒されたことで、
少し警戒しているのか、
すぐには飛びかかってこない。
私は視線を外さないまま、
隣のお兄さんに聞く。
「……武器、持ってますか?」
もし武器があれば。
この力で、
なんとかできるかもしれない。
そんな根拠のない自信があった。
すると――
銀髪のお兄さんは、
無理やり胸を張り、
不敵に笑った。
「武器だと?」
そして言い放つ。
「そんなもん必要ねえよ。
なぜなら――」
彼は堂々と宣言した。
「俺は『魔法』を使える天才だからな!」




