第一章 「すべての始まり06」
休憩を終えてから、十分ほど歩いただろうか。
相変わらず前には、鬱蒼とした茂みと枝に塞がれた細い道が続いている。
その時、ふと私はひとつのことを思いついた。
私は頭上を見上げた。
空のほうは意外にも木の葉に覆われておらず、
上までまっすぐ抜けている。
それから肩の上にいる小七を見る。
小七はさっきと同じように、
頭を翼の中にうずめて、
気持ちよさそうにくつろいでいた。
「ねえ、小七」
「……んにゅ?」
「空は塞がってないんだからさ。上まで飛んで、どっちに道があるのか見てきたりできない?」
「えっ?」
小七はぱっと顔を上げた。
「おおっ……そんな方法が!」
黒い点みたいな目を輝かせて、
勢いよく羽を広げる。
「主人様! 小七、今すぐ行ってきます!」
そう言うと、
小七はそのまま空へ向かって飛び上がった。
最初は驚くほど順調だった。
羽ばたきも軽く、
すいすいと上へ昇っていく。
けれど――
樹冠の半分くらいまで来たあたりで、
その羽ばたきが少しずつ乱れ始めた。
「……あれ、小七?」
見上げながら声をかける。
「もうちょっと勢いよく飛べないの?」
「主人様……しゃべらないでください……!」
上の方から、
必死そうな声が返ってくる。
「今は……っ! 全神経を……羽ばたきに……っ!」
「ご、ごめん」
ただ上に飛ぶだけなのに、
そんなに集中が必要なの?
というか、
羽って本当に飛ぶのに大事なんだ……。
私は小七を見上げながら、
頑張ってほしい気持ちと、
落ちて怪我しないか心配な気持ちが、
胸の中でぐちゃぐちゃに混ざっていた。
小七は必死に羽をばたつかせながら、
少しずつ高度を上げていく。
あと少しで木のてっぺんを越えそう――
そう思った次の瞬間だった。
ぷつん、と。
まるで上から吊られていた糸が切れたみたいに、
小七の身体が真っ逆さまに落ちてきた。
「きゃっ!?」
私は慌てて両手を伸ばし、
なんとかその小さな身体を受け止める。
小七の身体はぐったりしていて、
全身がびっしょり濡れていた。
どれだけ必死だったのか、
それだけで伝わってくる。
小七は私の手のひらの上で、
へろへろになりながら言った。
「主人様……小七、お風呂に入りたいです……」
「……さっき、力尽きたの?」
私は呆れながらも聞いた。
「あと少しで森を見渡せそうだったのに」
「主人様」
小七は私の手の上で翼を広げて、
妙に真剣な顔で私を見上げた。
「はい?」
「主人様、勘違いしてます」
「え?」
小七は胸を張る。
「小七の飛行限界高度は、雲の上までいけます!」
「でも羽ないよね?」
私が首を傾げると、
小七はなぜか固まった。
「主人様……」
小七は震える声で言う。
「小七は神獣朱雀ですよ? 羽がなくても、大空くらい自由に飛べます!」
「じゃあ、なんであんなに苦しそうだったの?」
その瞬間。
小七はふいっと視線を逸らした。
そして小さな声で呟く。
「……高いところ、すごく怖いんです」
「……」
私は完全に言葉を失った。
神獣かどうかはともかく。
翼のある飛行生物が、
高所恐怖症。
その時点で、
この世界の常識がまたひとつ崩れ去った気がした。
そこへさらに、
私みたいな勇者が突然召喚されてくる。
……やっぱりこの世界、
いろいろおかしい。
「主人様」
小七は気を取り直したように顔を上げる。
「村に着いたら、まず小七をあったかいお風呂に入れてください」
「うん、それはいいよ」
「それから超高級なごはんと」
「うん?」
「超高級なマッサージもお願いします」
「後半二つは、どう考えても頑張った報酬の範囲超えてるよね?」
そう言うと、
小七はしゅんと肩を落とした。
その姿があまりにも露骨で、
少しだけ胸が痛くなる。
苦手なものは苦手。
それは仕方のないことだ。
私だって、
勉強は苦手だし。
全部が全部、
小七のせいってわけでもない。
だから私は、
落ち込んだ小七の頭を
ぽん、と軽く撫でた。
すると小七が、
信じられないものを見るみたいに
顔を上げる。
「主人様……?」
「あっ……!」
私は慌てて手を引っ込めた。
今のは、
いつも晞夏にしていた癖だった。
初対面の相手に、
こんなことするなんて。
(わ、私、失礼すぎる……!)
そう思ったのに。
小七は嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます、主人様!」
「えっ、あ……う、うん」
なんだか急に恥ずかしくなって、
私は顔を背けた。
「と、とにかく……行こっか」
小七が何を思っているのかは分からない。
でも、
あんなふうに笑ってくれるなら。
少なくとも、
嫌ではなかったんだと思う。
私は熱くなった頬を手であおぎながら、
もう一度、
村を探すための道を歩き始めた。




