第一章 「すべての始まり05」
そのまま少し歩き続けると、ちょうど木々の間にぽっかりと開けた小さな空き地を見つけた。
梢の隙間から差し込む陽の光が、近くの岩の上にやわらかく降り注いでいる。
その時、小七が休憩したいと言い出した。
確かにこの場所は居心地がよさそうで、私もその提案に従って、少しだけここで休むことにした。
日差しでほんのり温まった岩にもたれかかると、身体がじんわりとほぐれていく。
上を見上げると――
巨大な鳥のような生き物が空を覆っていて……
……なんてことはもちろんない。
ただ単に、小七が気持ちよさそうに翼を広げて飛び回っているだけだった。
もう昼に近いからだろうか。
頭上の太陽はまぶしいくらいに輝いている。
そんな空を見ていると、晞夏と一緒に見ていた子ども向け番組に出てきた、
飛竜とか、空に浮かぶ島とか、
そんな場面を思い出してしまって。
自分でもちょっと子どもっぽいなと思った。
周囲を見回すと、
小七は遊び疲れたのか、
少し離れた岩の上に止まって翼をぺろぺろ舐めていた。
私はそれ以上気にせず、
ただ空を見上げながら、
静かな森の空気に身を委ねる。
どれくらいそうしていただろう。
気づけば、
身体に少しずつ眠気が広がっていた。
「主人様、やっぱり疲れてるんじゃないですか?」
うとうとしていた私を見て、小七が心配そうに声をかけてくる。
私は首を横に振って、笑ってみせた。
「ううん。ただ陽だまりが気持ちよくて、少し眠くなっちゃっただけ」
そう答えながら身体を軽く動かしてみる。
でも、やっぱり少し変だった。
ここまでかなりの距離を歩いてきた。
しかも、のんびり散歩じゃない。
ほとんど早歩きみたいな速さで、
枝や茂みをかき分けながら進んできたのに、
息ひとつ乱れていない。
「これも森のフィトンチッドの力……なのかな」
小さく呟いてみる。
けれどすぐに首を振った。
もし本当にそれだけだとしたら、
さすがに効き目が強すぎる。
私は手をかざして、
指の隙間から太陽を見上げた。
(……私が『勇者』だから、なのかな)
どうやら――
小七の話は本当らしい。
私はこの世界に
“システム”によって召喚され、
“勇者”としてここに来た。
別に簡単に信じたわけじゃない。
でも、小七の話と、
ここまでの出来事をひとつずつ整理してみれば――
答えは驚くほど単純だった。
私が特別前向きだからじゃない。
ただ――
「もう死んでしまった」
そう考えるよりは、
「私は勇者として呼ばれた」
そう思うほうが、
まだ受け入れやすかっただけだ。
だって、子どもって勇者に憧れるものだし。
……まあ、本当を言うなら、
勇者になるより
どこかの国のお姫様になって、
お城で白馬の王子様を待つほうがよかったけど。
これはたぶん、
女の子ならみんな一度は思うことであって、
決して私だけじゃない。
……たぶん。
それでも。
ほんの少しだけ。
本当に少しだけ。
嬉しいと思ってしまったのも事実だった。
でも――
こんなふうに突然、
何の説明もなく別の世界に呼ばれるなんて、
やっぱり勝手すぎる。
雪澈パパも、
蝶祈ママも、
晞夏も、
みんな私を待っているのに。
特に晞夏は、
日に日に身体の調子が悪くなっていた。
雪澈パパも仕事で忙しくて、
蝶祈ママも前よりずっと疲れて見えた。
そんな状況で。
こんな場所に放り込まれて。
「よし! この世界は私が救う!」
なんて。
そんな恥ずかしいこと、
普通に言えるわけがない。
たとえ私が、
昔から
「楽観的すぎる」
「鈍感」
「深く考えてない」
って言われ続けてきたとしても。
こんな意味のわからない世界で、
たった一人で笑って生きていけるほど、
私は強くない。
私は深く息を吐いて、
小七を見た。
「ねえ、小七。この世界の勇……勇者って」
勇者、という言葉を口にするだけで、
なぜか少し恥ずかしくなってしまう。
「どうしていきなり森の中に放り出されるの?」
「それは仕方ないんです、主人様」
小七は真面目な声で答えた。
「世界勇者救済システムは、出現位置やタイミングを指定できません。でも主人様の状況は、歴代勇者の中ではかなり恵まれてるほうなんですよ」
「……これで?」
思わず眉をひそめる。
「前の勇者たちって、どんな場所に落とされたの……?」
「知りたいですか? 小七が教えてあげますよ!」
本当はまったく聞きたくなかった。
でもその黒い点みたいな目が、
きらきら輝いていて。
なんだか断れなかった。
「……聞くだけ聞く」
「やった! じゃあまず青龍様の時なんですが――」
そこから小七の
『歴代勇者受難物語』が始まった。
楽しい時間ほど早く過ぎると言うけれど、
気づけば太陽はもう西へ傾き始めていた。
最初は、
小七の期待に満ちた目に負けて聞いただけだった。
でも聞けば聞くほど、
小七の言った
「主人様はまだマシ」
という言葉に、
まったく誇張がなかったことを思い知らされた。
海の真ん中。
火山の火口。
魔獣の群れのど真ん中。
空中からの自由落下。
聞いているだけで
こっちが冷や汗をかく。
そんな目に遭っておきながら、
よく世界を救おうなんて思えたものだ。
むしろ世界を滅ぼしても
おかしくない気がする。
「……そのシステム、だいぶ適当じゃない?」
私が呆れて言うと、
小七は困ったように首を傾げた。
「小七にもわかりません。システム自体は四大神獣の管轄じゃありませんから。小七たちが関われるのは、勇者の相棒を選ぶところだけなんです」
「それはそれで大変そう」
「でも安心してください!」
小七は元気よく胸を張る。
「森を抜ければ道に出ます。そこから村を見つけて、『聖光教会』の駐在騎士に連絡すれば、すぐにたくさんの人が迎えに来てくれますから!」
「聖光教会?」
「このエデロ大陸の人々が信仰する宗教組織で、最強の騎士団を持つ――」
「短く。私に関係あるところだけ」
「えっと……勇者の旅をいろいろ助けてくれる、大きな組織です!」
「でも私が前にやったRPGだと、教会ってだいたいラスボスなんだけど」
「そんなことありません!」
小七はぷるぷる震えながら抗議した。
「聖光教会はずっと歴代勇者を助けてきたんです! 世界の平和を守るための組織なんですから!」
「……まあ、それはいいけど」
私は岩から身体を起こし、
服についた土を払う。
それから小七を肩に乗せ直して、
再び山道へ足を踏み出した。
「その前にまず、村へ続く道を見つけないとね」




