第六章「旅立ちと決意47」
「……」
演壇から降りてきたフレアさんとヨカゲが、うつむいたままの私のそばへ静かに歩み寄ってきた。
けれど、二人とも何も言わなかった。
きっと……カイアさんが口にした言葉こそが――
みんなの、本音なんだ。
どれほどの時間が流れたのだろう。
やがてエイスが再び口を開いた。少しかすれた声だったが、その威厳は失われていなかった。
「では、これから取るべき行動を決めよう。まずはクリス隊長に――」
しかし、その言葉が最後まで続くことはなかった。
張りつめていた空気が限界を迎えたように、人々の中から一人が大声を上げる。
「村長! まずは村のみんなを避難させるべきです!」
「そうですよ、村長! ルミナが心配なのは分かります。でも、一番大事なのは村全体でしょう!」
「助けに行くとしても、まずは全員が安全になってからで十分です!」
「その通り! 予定どおり村ごと避難して、そのあとで救助隊を出せばいいじゃないですか!」
「女将さん、ルミナだって馬鹿じゃありませんよ! 本当に危険なら、自分でちゃんと身を隠しますって!」
「エイス村長も年を取りましたねぇ。一人の女の子と村の命運、そのどちらが重いのかも分からなくなったんですか?」
「そうだそうだ! この騒ぎで商売に損害が出たら、ちゃんと補償してもらいますからね!」
その言葉の一つ一つが――
鋭い矢のように、私の胸へ突き刺さっていく。
本当なら、私は子どもらしく泣いて、逃げて、誰かの後ろに隠れてしまえばよかった。
なのに――
胸の奥で、何かが。
ぷつんと音を立てて切れた。
私はそっと、頭に置かれていたフレアさんの手を払いのける。
そして次の瞬間――演壇へ駆け上がり、思いきり拳を床へ叩きつけた。
ドォンッ――!!
教会中が震えた。
もう涙なんて堪えられなかった。
私は顔を上げ、胸に溜め込んでいた感情を全部ぶつけるように叫ぶ。
「みんな……みんな馬鹿なの!?」
「ルミナのことを小さい頃から見てきたあなたたちが……どうして……どうしてあの子のことを何も分かってないの!?」
「どうしてあの子がこんなことをしたの!? どうして危険だって分かっているのに行ったの!? どうして……どうして誰も助けようとしないの!?」
「分からないの!?」
声が震える。
涙が止まらない。
「あの子は――ルミナは……誰よりも、この村を愛しているんだよ!」
「あなたたち全員よりも! 自分の選択を『賢い』とか『正しい』とか言ってる大人たちよりも、この村のことを大切に思ってるの!」
「あの子は馬鹿なんかじゃない! こんな選択をしたのは、この村のみんなを守りたかったからなんだよ!」
私は泣き叫んだ。
その声が教会中に響き渡る。
「小さな英雄さん、落ち着いてください。私たちだって、本当に村を見捨てたいわけじゃ――」
「――嘘だ!!」
私は演壇の上から教会中を見渡した。
フレアさんも。
クリス隊長も。
自警団のみんなも。
見慣れた村人たちも。
誰一人として、私がどうして怒っているのか理解していなかった。
誰も、私の悲しみに気づいていなかった。
私は小さく笑う。
まるで、ようやく答えにたどり着いたみたいに。
「……そっか。」
「そういうことだったんだ。」
「もし本当に諦めていなかったなら――どうして今になっても、誰もルミナが何をしようとしているのか分からないの?」
エイスが眉をひそめる。
「三好さん……何が言いたい?」
私は会場を見回した。
フレアさんも。
クリス隊長も。
自警団のみんなも。
村人たちも。
全員が困惑した顔をしている。
当然だ。
だって――
私はようやく思い出したのだから。
あの宴会の夜。
宴が終わったあとの深夜。
ルミナは、疲れ切っていた大人たちに向かって、小さな声で提案した。
私の力を借りて、一緒に『スヴァルタ・ヘイム』へ立ち向かえないか、と。
だけど――
誰一人、本気では受け止めなかった。
「子どもが口を出すことじゃない。」
「よその子に迷惑をかけるな。」
「これは大人の責任だ。」
そう言って、彼女を止めた。
彼女は……ただ、みんなを助けたかっただけなのに。
「だからずっと不思議だったんです。」
私は静かに言葉を続ける。
「広場で私が戦う姿を、みんな見ていましたよね。」
「なのに、誰一人として『スヴァルタ・ヘイム』を何とかしてほしいって頼まなかった。」
「冗談半分でさえ、誰も言わなかった。」
「最初は、この村の人たちが優しすぎるんだって思っていました。」
「でも違った。」
「今回のことで、ようやく分かったんです。」
私はゆっくりと演壇を降り、教会の出口へ向かって歩き出す。
「――みんな、最初から諦めていたんだ。」
「だから、自分たちの子どもにも『他人を頼るな』って教えた。」
「ルミナに言ったのと同じように。」
教会は静まり返った。
それでも、一人の村人が耐えきれずに声を上げる。
「小さな英雄さん! これは私たちの村の問題なんです! よそ者のあなたを巻き込むわけにはいかないでしょう!」
「それに『スヴァルタ・ヘイム』は、あなた一人でどうにかできる相手じゃない! あの銀髪の男性だってそう言っていたじゃありませんか! あまり独りよがりなことを言わないでください!」
私は立ち止まる。
何も答えない。
ただ、大きく息を吸い込んで――
ドォォンッ!!
天井へ向かって、思い切り拳を振り抜いた。
教会の天井に大穴が開き、眩しい陽光が斜めに差し込む。
「だから誰も、ルミナが何をしようとしていたのか分からなかったんだよ!!」
「あなたたちは誰も信じようとしない!」
「最初から希望なんて捨てていたんだから!!」
その叫びのあと、教会には完全な沈黙が訪れた。
もう、誰一人として口を挟む者はいなかった。
やがて演壇の上のクリス隊長が静かに問いかける。
「……小さな勇者さん。もしかして、ルミナの行き先に心当たりがあるの?」
「事前に何か聞いていたの?」
「クリス隊長。」
私は首を横に振る。
「ルミナは何も言っていません。」
「でも、少し考えれば分かることなんです。」
「お願い……もう時間がありません。」
「分かるように説明してくれますか?」
私は深く息を吸い、教会の入口で振り返る。
「エイスおじいちゃん。」
「ルミナから聞きました。」
「昔、工場で起きたある事故が原因で、周囲の生き物が近づけなくなったことがあるって。」
エイスは重々しくうなずく。
「ああ……タロの実のせいだ。」
私は続けた。
「私たちがこの村へ来てから毎日、期限切れのタロの実が入った樽が少しずつ消えていました。」
教会中を見回しながら、はっきりと言う。
「そして今日。」
「ルミナは荷馬車いっぱいに木樽を積んで、カナン草原へ向かいました。」
「『スヴァルタ・ヘイム』の進路が変わる条件。」
「数年前の事故。」
「ルミナがあの日言っていたこと。」
「消え続けていた期限切れのタロの実。」
「全部つなげれば、答えは一つしかありません。」
私は拳を強く握りしめる。
「ルミナは、自分一人で期限切れのタロの実を運び出し――」
「『あの日の事故』をもう一度起こして、『スヴァルタ・ヘイム』の進路を変え、この村を救おうとしているんです!」




