第六章「旅立ちと決意46」
「あのハゲ神獣……まさか直接ウレリアの聖光教会まで飛んで、楓玲ちゃんを保護してもらうつもりか!」
「……」
その瞬間になって、ようやく私はシャオチーの本当の狙いを理解した。
同時に――胸の奥が強く震えた。
(今、聖光教会の人たちに見つかったら……私は間違いなく、この村から強制的に連れ出される……)
「もうっ、最悪だ!」
カイアは苛立ちを隠そうともせず、大声で叫んだ。
「せっかく楓玲ちゃんを連れて、闘技都市ウレリアで一気に名声を稼ぐつもりだったのに! 全部台無しじゃないか!」
「……」
「……カイアさん? 今……何て言いました?」
私の声で、ようやく彼は私がまだそこにいることを思い出したらしい。
雷に打たれたように表情が固まり、顔には「しまった」と書いてある。
私は、いつものように笑って、
「冗談だよ」
そう誤魔化してくれるものだと思っていた。
でも――違った。
彼はただこちらを向き、開き直ったような表情を浮かべる。
「何だよ、その目は。まさか俺を軽蔑してるのか? お嬢ちゃん、今さらそんなことしたって遅いんじゃないか?」
「……」
私は何も言えなかった。
どうして……。
どうしてこんなことになっちゃったの?
シャオチーはいなくなってしまった。
カイアさんまで……私が一番嫌いな『大人』になってしまった。
不思議と悲しみすら感じなかった。
胸の中が空っぽで。
何も残っていないみたいだった。
泣きたいのに――涙さえ出てこない。
私は込み上げる感情を必死に押さえ込みながら、顔を上げて彼を見つめた。
「カイアさん……私を利用したいなら、それでも構いません。」
「でも――」
喉が詰まる。
涙が滲み始める。
「ルミナを助けに行って……くれますよね?」
私は信じていた。
きっと彼は、いつものように明るく笑って。
私の頭をぽんと撫でながら、
「もちろん!」
そう答えてくれると。
だけど現実は――
またしても、十歳の私の心を容赦なく打ち砕いた。
「はぁ? 何言ってるんだ、お前。冗談も大概にしろよ、楓玲。」
「これは英雄ごっこじゃないんだ。少しは現実を見ろ。」
口を開く。
でも、声にならない。
私は――
本当に、泣きたかった。
「カイアさん……まさか少しも……」
言葉が喉に引っかかる。
「心配してないとでも思ったか?」
彼は私の言葉を遮った。
声は強かった。
でも、どこまでも冷たかった。
「もちろん心配してるさ。」
「本当に、心の底からな。」
「だったら――」
「……だから、それだけだ。」
「……」
私は力なく肩を落とした。
「俺はルミナが嫌いじゃない。」
彼は続ける。
言い訳をするように。
あるいは、自分自身に言い聞かせるように。
「一週間、一緒に暮らした。」
「それに、あいつは俺の命も救ってくれた。」
「……」
「でもな――」
「人間、本当に命の危険が迫った時、一番大事なのは結局、自分自身なんだ。」
「カイアさん……どうして、そんなに……冷たいんですか。」
「冷たい?」
「俺が?」
その瞬間、私は悟った。
私はきっと――彼の逆鱗に触れてしまったんだ。
カイアはしばらく黙り込み、自分の額にそっと手を当てる。
そして、ふっと笑った。
けれど、その笑みには優しさなど欠片もない。
まるで刃物のように冷たい笑顔だった。
彼は私を見下ろし、低く静かな声で言う。
「楓玲。」
「俺は今、本気でお前に言ってる。」
「この教会で一番おかしいのは――」
言い終わる前に。
彼は突然、隣の壁へ拳を叩きつけた。
ドンッ!!
重い衝撃音が教会中に響く。
村人たちが一斉にこちらを振り向いた。
そしてカイアは、皆に聞かせるようにさらに大きな声で叫ぶ。
「――お前みたいな奴なんだよ!」
「自分の価値観を他人に押し付け!」
「自分の正しさだけを基準に、人の選択を裁こうとする!」
「自分が信じる『正義』のためなら、他人に犠牲を強いても平気なくせに、その人間が本当に望んでいるかどうかなんて、一度だって考えようとしない!」
「そんなお前こそ、本当の独り善がりなんだ!」
「……」
反論したい。
なのに、一言も出てこなかった。
「おい! もうその辺にしておけ!」
壇上からフレアが声を張り上げた。
今まで押し殺していた怒りが、その声には滲んでいる。
「言い過ぎよ! この子はただ、大切な友達を助けたいと思っているだけの、勇気ある子なのよ!」
「勇気ある子……か。」
カイアは鼻で笑った。
私に背を向ける。
その表情には疲れと嫌悪しか浮かんでいなかった。
彼は壇上のフレアを見上げ、冷たく言い放つ。
「それこそが――」
「俺が、この世で一番嫌いな生き物なんだ。」
「あなたって人は……!」
フレアが壇上を降りようとした瞬間、クリスが慌てて彼女を制した。
何か言おうと口を開く。
しかし、それより早く――
カイアが声を張り上げた。
「そこまで英雄ごっこがしたいなら、どうぞご自由に。」
「――俺は付き合いきれない。」
そう言い捨てると、彼は教会の出口へ歩き出す。
振り返ることなく、最後に吐き捨てた。
「最初から俺たちは、お互いを仲間だなんて思ってなかっただろ。」
「じゃあな――独り善がりの小さな英雄。」
バタンッ――。
教会の扉が勢いよく閉まる。
その音が静まり返った教会に長く響いた。
誰一人として口を開かない。
誰も、私に慰めの言葉をかけてはくれなかった。




