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勇者パーティーって、本当に大丈夫  作者: 風に舞う楓


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第六章「旅立ちと決意42」

「三好さん。ちょうど見回りの途中でしたか?」


「はい……エイスおじいちゃん。さっき村の中と外周の巡回を終えたところです」


 魔物が村を襲ったあの日以来、エイスさんの私への態度は少し変わった。


 相変わらず普段は怖い顔をしているけれど、人目のないところでは私たちのことを気に掛けてくれる。


 今朝、旅館でカイアさんの件に頭を下げていた時のように。


 ちなみに、エイスさんは《エイダディ工場》の工場長であると同時に、サブリル村の村長でもある。


 本人は「名ばかりの村長だ」と笑っているけれど、村で何か大きな出来事が起きるたび、真っ先に動くのはいつもエイスさんだ。


 私の毎日の巡回報告も、必ず彼に直接伝えている。


 どう見ても「名ばかり」なんかじゃない。


「今日は魔物を六体追い払いました。それと、クリス隊長のほうでも四体討伐したそうです。全部、村へ向かってきていた魔物でした」


「合わせて十体か……。


 そうだ。工場でも、また期限切れのタロ果が二樽なくなっていた」


「また盗まれたんですか?


 これで九日連続ですよね? 私たちが村へ来た頃からずっと……」


 そう言った途端、エイスさんの視線が私へ向く。


 私は慌てて両手を振った。


「わ、私たちじゃありませんよ!?」


「誰も君たちが盗んだなんて言っとらんぞ?」


「エイスおじいちゃん!」


「はっはっは、冗談だ。


 まあ、どうせ廃棄予定だった物だから、なくなっても損はないんだが……」


 そこでエイスさんは森の奥へ視線を向け、険しい表情になった。


「魔物までタロ果を食べ始めたとなれば……もっと悪いことが近付いている証拠だ」


「…………」


 私は何も言えなかった。


 あの強烈な臭いを、一度体験したことがあるからだ。


 あんな物を魔物が口にするなんて、普通じゃない。


「……もう限界かもしれんな」


「…………」


 私はまた黙り込んだ。


 この一週間、自警団と一緒に戦ってきた魔物は減るどころか、日に日に増えている。


 小七の話では、本来、魔物は人間と敵対しているとはいえ、人間の戦力を恐れているため、自ら村へ攻め込むことはほとんどないらしい。


 村へ現れる理由の多くは、食料を探して生き延びるため。


 だから普段は、人間の集落を積極的に襲うことはないという。


 けれど、この数日の状況を見れば、そんな説明では到底片付けられなかった。


 魔物たちの行動は、もはや『食料探し』という言葉では説明できないほど変わってしまっている。


 その最大の原因――


 それが、《スヴァルト・ヘイム》。


 《黄昏期》に必ず発生する、大規模な魔物の大移動だ。


 一度始まれば、周囲に潜む魔物までもが活発化する。


 それこそが、《スヴァルト・ヘイム》が最も恐れられている理由だった。


 エイスさんも同じことを考えていたのだろう。


 しばらく黙ったあと、額を押さえて小さく息を吐いた。


「……最終避難を始めるしかないな」


 そう呟きながら、エイスさんは村の方角を見つめた。


 実際、クリス隊長率いる偵察隊からの報告では、《スヴァルト・ヘイム》本隊は、すでにサブリル村の近くまで迫っている。


 今なお村人たちが落ち着いて暮らせているのは、魔物たちにも移動の制約があるからだ。


 群れは最も遅い魔物に速度を合わせるため、人間の約二倍の時間をかけて進軍する。


 しかし、その代わりに、進路上に存在する建物も、生き物も、何もかも飲み込みながら進み続ける。


 だからこそ、この世界の人々は《スヴァルト・ヘイム》を恐れている。


 もちろん弱点がないわけではない。


 群れで行動する以上、基本的には一直線に進み続けるしかない。


 もし進めない理由があれば、群れ全体で回り道をする。


 だから意外にも、被害者の数だけで言えば、もっと予測できない災害のほうが多いこともあるらしい。


 小七によれば、《スヴァルト・ヘイム》を止める方法は、大きく三つ。


 一つ目は、最も確実で最も早い方法。


 ――勇者が旅を終え、《黄昏期》を終わらせること。


 その話を聞いた時、私はすぐ小七へ相談した。


 けれど、その案は即座に却下された。


 神獣の記憶では、歴代最速の勇者でも旅を終えるまで二か月。


 今の状況では、とても間に合わない。


 二つ目は、《スヴァルト・ヘイム》が自然に崩壊するのを待つこと。


 巨大な魔物の群れである以上、食料が尽きれば飢えによって数が減り、やがて群れそのものが崩壊する可能性がある。


 ただ、それより先に勇者が《黄昏期》を終わらせてしまうため、実際に崩壊したという記録は歴史上一度も残っていない。


 三つ目は、最も単純で、最も力任せな方法。


 ――《スヴァルト・ヘイム》そのものを殲滅すること。


 群れは進路を変えない。


 だから進路の両側へ大量の兵を配置し、遠距離攻撃を浴びせ続ければ、理論上は全滅させることもできる。


 だが、その代償はあまりにも大きい。


 莫大な軍資金が必要になるだけでなく、高い知能を持つ魔物が群れを離れ、人間側へ反撃してくる可能性も高い。


 その結果、多くの犠牲者が出ることになる。


 実際、古代には一人の王が十年分もの国家予算を費やし、《スヴァルト・ヘイム》の進路上へ『絶対防衛要塞』を築いたことがあった。


 しかし記録によれば、その要塞は半日も持たず崩壊し、王国そのものも滅び去ったという。


 つまり――


 《絶望》としか呼べないこの災厄を前にして、人間にできることは、ほとんど残されていないのだ。


 エイスさんは工場を見つめたあと、静かに目を閉じた。


 まるで女神へ祈るように、小さく呟く。


「現状を考えれば……私は決めた。


 サブリル村を捨て、残った住民全員を避難させる」


「えっ……!」


 その一言で、胸を強く握り潰されたような気がした。


 思わず叫んでしまう。


「わ、私、もっと頑張って見回ります!


 だから、エイスおじいちゃん……もう一度考え直してください!」


「三好さん……。


 君一人で十数体の魔物を倒せたとしても、《スヴァルト・ヘイム》の前では何の意味もない」


「…………」


 何も返せなかった。


 たとえ私が百体、二百体倒せたとしても、《黄昏期》が終わらない限り、魔物は次から次へと押し寄せてくる。


 その時には、私だけじゃない。


 自警団も、エイスおじいちゃんも、フレアおばさんも、エリナお姉さんも、ルミナも、夜影も――みんな、《スヴァルト・ヘイム》に呑み込まれてしまう。


 それに私は、自分を責めてもいた。


 毎日の巡回報告が、エイスさんの決断を後押ししてしまったのかもしれない。


 それでも――


 考えるより先に、言葉が口をついて出た。


「その……みんなの意見も……聞いてみたら、どうでしょう……?」


「駄目だ!


 もう時間がない!


 話し合っている間に、《スヴァルト・ヘイム》は村へ着いてしまう!」


「で、でも……もう少しだけ……」


「考えは変わらん。


 村長として、この命令を出せるのは私しかおらんのだ」


「エイスおじいちゃん……」


「三好さん。


 どうしたんだ?


 今日の君は、らしくないぞ」


 そう言われても、私は答えられなかった。


 ――理屈では分かっている。


 危険が迫っているのなら、一刻も早く逃げる。


 それが正しい判断だ。


 むしろ、もっと早く決断すべきだったのかもしれない。


 それなのに、どうして――。


 胸の奥が何かにつかえたように苦しくて、息ができなかった。


 結局、私はエイスさんの決意を止めることはできなかった。


 その夜。


 サブリル村には緊急避難命令が発令された。


 ――だが。


 まるで悪魔の悪戯のように。


 翌朝。


 ルミナは、村から姿を消していた。


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