第六章「旅立ちと決意41」
「そ、それじゃあ、行ってきます!」
さっき聞いた話がまだ頭から離れず、少し声が上ずってしまったけれど、それでも何とかそう言って宿を出た。
「いってらっしゃい、小リン!」
「楓鈴さん、いってらっしゃい!」
私は静かに《晨光旅館》の扉を閉め、村へ向かって歩き始めた。
気付けば足は、あの日魔物に襲われた広場へ向かっていた。
目の前に広がるサブリル広場は、今もなお傷跡が残ったままだ。
まだ修復されていない瓦礫や崩れた建物が、あの夜の惨状を静かに物語っている。
胸が少し締め付けられ、言葉にできない寂しさが込み上げてきた。
「もっと……あの時、私が早く来られていたら……こんなことにはならなかったのかな……」
その時、小七が声を掛けてくれた。
「主人、そろそろ時間ですよ」
「あっ、そうだった!」
私は深呼吸を何度かして頬を軽く叩き、小七へ笑顔を向ける。
「じゃあ今日も、お仕事頑張ろうね、小七!」
「おーっ!」
サブリル村へ滞在しているこの一週間。
こうして村を見回ることが、すっかり私の日課になっていた。
時々クリス隊長に訓練場へ呼ばれて自警団のみんなと訓練をしたりもするけれど、それ以外の時間は、勘だけを頼りに広場や通りを歩き回り、この村を見守っている。
もちろん、お仕事と言ってもお給料が出るわけじゃない。
それでも私が続けている理由は、この村に滞在している間、私たち三人の生活費をほとんど村のみんなが負担してくれているからだ。
みんな口を揃えて、
『村を救ってくれたお礼だから』
と笑って言ってくれる。
数日だけなら甘えてしまってもいいのかもしれない。
でも今はカイアさんが大怪我をしていて、しばらく旅には出られない。
そんな中で、いつまでも食べさせてもらって泊めてもらうだけなんて、私にはどうしても耐えられなかった。
だから私は、自分から自警団のお手伝いを申し出て、毎日村を巡回することにしたのだ。
しかも《スヴァルト・ヘイム》が近づいていることや、先日の魔物襲撃も重なり、この小さな見回りは思っていた以上に村のみんなから喜ばれていた。
そんな毎日を一週間。
今では村を歩くだけで、みんなが笑顔で声を掛けてくれる。
「やあ、小七ちゃんに小さな英雄さん! 今日もご苦労様!
ほら、今朝採れた玉ねぎだよ。女将さんに渡せば、美味しい玉ねぎサラダを作ってくれるからね!」
「楓鈴お姉ちゃん!
昨日ルミナお姉ちゃんから英雄のお話を聞いたよ!
僕も大きくなったら、お姉ちゃんみたいな立派な男になる!
だから……ずっとこの村にいてよ! 小七と一緒に!」
「三好さん! 以前あなたの靴を作った工場の者です!
どうです? 《エイダディ》のイメージキャラクターになりませんか?
《スヴァルト・ヘイム》が来る前に、エイス工場長の高級商品を全部売り切りたいんです!
『サブリル村のエイダディ!』
あっ、三好さん! 決まり文句を叫んでる間に逃げないでくださいよー!」
――こんな毎日。
ここで過ごす時間は、日に日に楽しくなっていた。
それでも私は、晞夏たちのことがずっと気になっていた。
だから少し前、小七に《肉体転生》についてもう一度詳しく聞いてみた。
すると、前には教えてくれなかったことまで話してくれた。
どうやら、この世界でも現実世界でも、時間は同じように流れているらしい。
ただし、この世界で一日過ごしても、現実では数分しか経たない。
だから多くの勇者は使命を終えて元の世界へ帰っても、生活にほとんど影響が出ないのだという。
さらに、《黄昏期》と《諸神期》についても教えてもらった。
この世界では、およそ四十年ごとに交互に訪れる自然な周期なのだそうだ。
だから、この世界の人たちにとっては、普段の暮らしが大きく変わるわけではない。
何より、《女神の翼》のような強力な騎士団が、国や街を守ってくれている。
つまり勇者だからといって、毎日休まず旅を続けたり、正義のヒーローみたいに世界中の問題を全部背負う必要はないということだった。
その話を聞いて、私は少しだけ肩の力を抜くことができた。
そんなことを思い返しているうちに、村を一周する巡回も終わる。
私はそのまま村の外へ足を向けた。
「小七、またあとでね!」
「主人、くれぐれもお気を付けください!」
村の外まで来ると、私は毎日、小七を自由に飛ばしてあげる。
翼を動かす練習を兼ねて、高所恐怖症の克服訓練でもある。
その間、私は村の外周を巡回し、最後に郊外にある《エイダディ工場》の周辺を見回るのが日課になっていた。
今日は少し長めに巡回していたせいだろう。
工場へ着くと、ちょうど外から戻ってきたエイスさんと鉢合わせになった。




