第六章「旅立ちと決意40」
「おはようございます、楓鈴さん。今日は少し遅くまでお休みでしたね」
「おはよう、ルミナ……カイアさん、昨日の夜もあまり調子が良くなくて……」
今回、《霧と槌》で負ったカイアさんの怪我は、私が思っていた以上に重かった。
フレアおばさんとルミナが献身的に看病してくれたおかげで外傷はほとんど治ったものの、《ルーンの短杖》によって負った深い筋肉の損傷だけは、ルミナの《恩恵》をもってしても完全には治せなかった。
つまり――完治するには、少なくとも一週間は安静にしていなければならない。
そんなわけで、その間も私たちは《晨光旅館》に滞在することになった。
「おはよぉ……ございます、主人……」
「おはよう、小七」
「楓鈴さん、朝食をお持ちしました」
「ありがとう、ルミナ」
眠たそうに目をこすっている小七は、本当に可愛い。
……カイアさんと毎日のように喧嘩さえしなければ、ごく普通のペットの鳥にしか見えないんだけど。
「はい、小七さん。お口を開けて、『あーん』してください」
「……おいし……おいしぃ……」
「いい子ですね。もう一回『あーん』しましょう。すぐ飲み終わりますからね」
ルミナが優しく世話をする姿を見ていると――
なぜだろう。
私まで少し羨ましくなってしまう。
私も……あんなふうに優しくお世話してもらいたいな。
(ち、違うもん! ルミナに「あーん」してほしいなんて思ってないんだから! 絶対に違うから!)
「楓鈴さん? どうしました? さっきからずっと私のことを見ていますけど……」
「え、えっと……何でもないよ! こ、小七を見てただけ!」
『私も小七みたいに食べさせてほしい』なんて、そんなこと言えるわけないじゃん!
しかも、ルミナと目が合った瞬間、胸がドキドキして止まらなくなってしまった。
頭の中が真っ白になっていると、不意にルミナは小七へ食事を与える手を止め、真剣な表情で私を見つめた。
「あの……楓鈴さん。宴会の日の明け方のこと、覚えていますか?」
「明け方……? あっ――」
頭の中で何かが弾けたように、その翌朝ルミナが私を呼び止めてくれたことを思い出す。
でも……何を話そうとしていたのかだけが、どうしても思い出せない。
ルミナは少し視線を揺らし、意を決したように小さな声で言った。
「もしよかったら……私と一緒に――」
「ルミナ! テーブルと食器を片付けて!」
その瞬間、厨房から聞こえてきたフレアの声に、私たちは二人同時に肩を震わせた。
悪いことなんて何もしていないのに、なぜか見つかってしまったような気持ちになる。
「……はい、女将さん!」
ルミナはすぐにいつもの笑顔へ戻り、返事をして厨房へ向かっていった。
その場に残されたのは、まだ鼓動が収まらない私と、夢の中で気持ちよさそうに眠っている小七だけだった。
しばらくして小七を起こし、二人でカイアさんのお見舞いへ向かう。
部屋の前まで来たところで、中から言い争う声が聞こえてきた。
私と小七は顔を見合わせ、足音を忍ばせながら耳を澄ませる。
「本当に申し訳ありません、カイアさん。孫娘がご迷惑をお掛けしました! エリナ、お前も早く謝りなさい!」
「おじいちゃん! この人が勝手に商品を触ったからこうなったんでしょう!? どうして私のせいになるの!」
「お前があんな危険な魔道具ばかり作るから、カイアさんや三好さんがこんな目に遭ったんだ!」
「おじいちゃん!」
言い争いはどんどん激しくなっていく。
その低く落ち着いた老人の声を聞いた瞬間、私は思わず息を呑んだ。
(ちょ、ちょっと待って……この声って、エイスおじいちゃん!?)
その時、ベッドの上のカイアさんが静かな口調で口を開いた。
「エイス工場長。今回の件でお嬢様を怖がらせてしまい、さらに私自身も護衛としての役目を果たせなくなりました。本当に――」
「もう結構です、カイアさん!
今回の損失は、私が必ず三好さんとあなたへ償わせていただきます。
どうか孫娘を許してやってください……お願いします!」
(エイス工場長……? エリナお姉さんって、エイスおじいちゃんのお孫さんだったんだ!)
頭が真っ白になる。
その事実だけでも十分衝撃だった。
すると隣で、小七が小さく呟いた。
「主人……あのバカ魔法使い、ちょっと大げさじゃないですか?」
「小七、確かに少し大げさかもしれない。
でも、本当に大怪我だったのは事実だし……私たちは何も聞かなかったことにしよう?」
「主人がそう言うなら……そうします」
私と小七は静かにその場を離れ、誰にも気付かれないよう廊下を歩き、大きな扉の方へ向かった。




