第五章 「霧と槌の影38」
「え……買えばいいんじゃない?」
カイアさんは悪びれる様子もなくそう言うと、店内の商品をきょろきょろ見回し始めた。
そして、一番危険がなさそうな品物を手に取る。
まだよく見てもいないうちに、エリナさんが慌てて声を上げた。
「素人は勝手に触っちゃダメ! 危ないよ!」
しかし、カイアさんは前髪をかき上げ、自信満々に胸を張る。
「僕は天才魔法使いだからね!」
そう言い放つと、店長の忠告などまるで聞こえなかったかのように、その道具をくるくる回し始めた。
正直、この場で一言ツッコミたかった。
(『究極魔法』を一つしか使えなくて、その魔法で毎回自分が大怪我する人の、どこが天才魔法使いなんだろう……)
……でも、よく見ると。
余裕そうな顔をしながらも、危なそうな品だけはしっかり避けている。
やっぱり、少しは怖いんだろうな。
やがて彼は、銀と黒を基調にした金属製のガントレットを手に取り、両拳へ装着した。
「それは《ストームガントレット》っていう、魔法格闘用の防具だよ! この装備は――」
エリナさんの説明を遮るように、カイアさんはにっこり笑って私へ振り向いた。
「おっ、防具か! 楓鈴ちゃん、これ買ってあげよう!」
「い、いりませんよぉ、カイアさん……。私、殴り合いとか一番苦手ですし……」
「大丈夫大丈夫! 楓鈴ちゃんは何があっても一発殴れば解決なんだから! 得意になる必要なんてないよ! ねぇエリナさん、この装備最高じゃないですか! 絶対最強の魔法防具ですよ!」
自分の作品を褒められて嬉しかったのだろう。
エリナさんは少し照れくさそうに頬を掻き、胸を張った。
「これはあたしの自信作の一つなんだよ!
銀と黒のカラーリングで汚れも目立たないし、高級感も抜群!
表面には水属性の魔石を埋め込んであって、攻撃すると《ウォーターシールド》を展開して使用者を守ってくれるの!
そして一番の自慢が、この先端部分!
あたしが独自開発した新技術――」
「あれ? ちょうどサンドバッグがあるじゃん」
カイアさんは興奮した様子で割って入る。
「実際に試し打ちして性能を確かめよう!」
そう言って構えを取り、サンドバッグへ全力で拳を叩き込んだ。
その瞬間も、エリナさんは落ち着いた口調で説明を続ける。
「その名も――《風圧二段変換》。
衝撃を風圧へ変換し、その風圧を吸収して雷属性攻撃へ変える、攻防一体の革命的魔法防具なんだよ」
「ぎゃあああああああああああああああああああっ!!」
商店街中に響き渡るような絶叫とともに、カイアさんは勢いよく後ろへ吹き飛んだ。
私は思わず固まる。
……そして、その瞬間。
昔、先生が言っていた言葉の意味を理解した。
「人って感電すると、本当に骨が見えるんだなぁ」
(……って、今はそんなこと考えてる場合じゃない!)
「カイアさん!? だ、大丈夫ですか!?」
カイアさんは床へ倒れ込み、身体をぴくぴく痙攣させていた。
数秒経っても体には電流がぱちぱちと走っている。
どれほど強烈な電撃だったのか、一目で分かった。
こ、怖すぎる……。
しばらくして。
爆発したようなアフロ頭に、煙を上げる服。
カイアさんは呆然と床へ座り込んでいた。
そして何かを吹っ切ったように、突然エリナさんへ向かって怒鳴り散らす。
「誰だよっ!! 水属性と雷属性を組み合わせようなんて考えたバカはぁぁぁぁっ!!
導電率百パーセントじゃないかぁぁぁ!!」
声が裏返るほどの勢いだった。
「革命的防具じゃない!!
これは革命的《自虐》防具だぁぁぁぁぁぁっ!!」
「いやいや、考え方が浅いって!
ほら、軽く一発殴るだけでウォーターシールドが発動して自分を守れるでしょ?
そのあと風圧で敵を吹き飛ばして、最後に雷属性でトドメ!
最高の防具じゃない!」
「誰が戦闘中に『軽く一発』なんて殴るんだよ!!
命懸けなんだぞ!?」
カイアさんは完全に別人だった。
これが大人の言う『頭に血が上る』という状態なんだろう。
「くそっ!!
美女だろうが発明家だろうが、結局は怪しい魔道具屋じゃないか!」
私が慌てて止めようとしたその時、小七が呆れたように口を開いた。
「もう……バカ魔法使い。
店長の説明を最後まで聞かずに勝手に使ったのは自分じゃん。
そうなって当然だよね? 店長さん」
「あ……うん、それはそうなんだけど……
それより、君は……?」
驚いたように見つめるエリナさんの前で、小七は空中を優雅に一回転し、胸を張る。
「こんにちは!
僕はご主人様の仲間。
四大――じゃなくて、魔法人形です!
これからよろしくお願いします!」
「えっ!? 魔法人形だったの!?
こんなタイプ初めて見た!
ちょっと詳しく調べさせてくれない?」
「ひっ、ひぃっ!?
て、店長さん!
あ、あっちの短杖は何に使う物なんですか!?」
エリナさんの目が危険な光を放ったのを察した小七は、慌てて話題を変える。
ぱたぱたと羽ばたきながら私の肩へ逃げ込み、小さく身を縮めた。




