第五章 「霧と槌の影37」
「うるさいっ! どこの客だい!? 買う気もないなら、とっとと帰りな!」
三人そろってごくりと息を呑む。
ギシ……ギシ……。
床板が軋む音とともに、奥の仕切りの向こうから足音がゆっくりと近付いてきた。
「す、すみません。うちのお嬢様が騒がしくしてしまって……すぐ連れて帰りますので」
「ちょっ、カイアさん!? なんで服の襟を引っ張るんですか!」
カイアさんは私の襟首を掴み、そのまま入口へ引っ張っていこうとする。
その時だった。
奥へ続く扉が開き、店主らしき女性がこちらへ視線を向けた。
「――待って!」
「えっ……あれ?」
カイアさんは突然手を離し、その場で固まった。
頬をぽりぽりとかきながら、どこか落ち着かない様子だ。
何が起きたのか分からなかったけれど、その隙を逃さず私は店主さんの前まで駆け寄り、両手を高く上げて目を輝かせた。
「お姉さん、お姉さん! このお店、すっごく素敵! めちゃくちゃかっこいいです!」
「あらぁ、小さいのによく分かってるじゃない♪ ここにあるのは全部、あたしの自信作なんだよ!」
店主さんは満面の笑みを浮かべ、しゃがんで私の頭を優しく撫でてくれた。
赤茶色の髪を短いポニーテールにまとめ、頭には立派なゴーグル。
日に焼けた健康的な肌に、整った顔立ち。
頬には煤が少し付いていて、綺麗というより格好いいという印象の女性だった。
「どうしたの? あたしの顔に何か付いてる?」
「あ、いえ……」
店主さんがカイアさんを見ると、彼は慌てて顔を逸らし、前髪をいじりながら何食わぬ顔で口笛を吹き始めた。
私は再び店内を見渡し、一つの商品を指差す。
「特にあの空飛ぶ骸骨! 本物みたいで最高です!」
「おおっ! お嬢ちゃん、見る目あるねぇ! あれはあたしが心血を注いで作った最高傑作なんだよ!」
「本当ですか? でもさっきカイアさん、『こんなの子供を騙すための物だ』って言ってましたよ!」
「楓鈴ちゃん!? 変なこと言わないで!」
カイアさんは慌てて割り込み、そのまま勢いよく続けた。
「ち、違います! 僕が言いたかったのは――もし誰かがこのお店を『子供騙し』なんて侮辱したら、僕は全力でその人を止めるってことです!」
そう言いながら、私をじろりと睨んでくる。
うん。
どうして急に態度が変わったのかは何となく分かった。
でも――せっかくだし、もう少しからかってみよう。
「でもカイアさん、『こんな田舎にまともな魔道具屋なんてあるわけない』っても言ってましたよ?」
「ぐっ……!」
カイアさんの顔が一瞬で真っ青になる。
慌てて駆け寄ると、私の口を塞ぎ、引きつった笑顔のまま店主さんへ向き直った。
「し、失礼ですが、お名前は!? お、お歳は!? お住まいは!? ご結婚は――」
「え……?」
「あっ! ち、違います違います! 失礼しました! えっと……店長さんのお名前だけ教えていただければ!」
「えっと……エリナだけど……」
店主さん――エリナさんは目をぱちぱちさせ、少し戸惑いながら答えた。
それだけで満足したのか、カイアさんは今度は近くの商品を指差して大声で褒め始める。
「いやぁ! 本当に素晴らしいお店ですね! どの商品も芸術品ですよ! 特にあの杖! あの太さといい、重厚感といい、一流の素材を使った逸品に違いありません!」
「あ、ごめん。それ、壊れた箒の柄だよ。薪にしようと思って置いてあるだけ」
「え……そ、そうでしたか……。で、ですが! 物を無駄にしない姿勢こそ、店長さんのこだわりが感じられますね! ほ、ほら! あの立派な剣なんて! 一目で名工の作品だと分かります! きっと伝説級の名剣ですよね!」
「あー、それ失敗作の鈍剣だよ。鞘だけは友達が作ってくれたんだけど、捨てるのももったいないから飾ってるだけ」
「え……。で、ですが、その鞘を作った方はきっと伝説級の職人で――」
「いや、その子、仕事なくて暇だったから店で適当に作って遊んでただけ」
「…………」
カイアさんは完全に黙ってしまった。
笑顔は固まり、まるで石像みたいに動かない。
さすがに少しかわいそうかもしれない。
せっかく頑張って褒めても、その全部をエリナさんがあっさり否定してしまうんだから。
――ところが次の瞬間。
カイアさんはいきなりエリナさんの両手をぎゅっと握った。
「ひゃっ!?」
エリナさんは感電したように肩を震わせ、一歩後ずさる。
それでも相手はお客だからだろう。
ぎこちない笑顔を浮かべながら尋ねた。
「ど、どうしました? お客様……?」
しかしカイアさんは離そうとしない。
引きつった笑顔のまま商品の素晴らしさを語り続け、その間もずっと手を握ったままだった。
私と小七は、その様子を黙って見つめる。
正直、少しだけ感心してしまった。
ここまで断られているのに、まだ笑顔で褒め続けられるなんて。
ある意味、本当にすごい人だ。
……でも。
その人が、この世界で私の保護者なんだと思うと――
なんだか涙が出そうになってきた。
私と小七は顔を見合わせ、同時に深いため息をつく。
そして、その瞬間だった。
どうやらエリナさんも我慢の限界だったらしい。
勢いよくカイアさんの手を振り払うと、作り笑いを完全に崩し、先ほどよりも鋭い口調で言い放った。
「お、お客様っ!
結局、買うんですか!? 買わないんですか!?
買わないなら、これ以上あたしの仕事の邪魔をしないでもらえます!?
お願いしますっ!!」




