第五章 「霧と槌の影36」
「楓鈴ちゃん、こんな田舎に……そんな高級なお店があると思う?」
「えっ? 魔道具屋さんってそんなに高級なお店なんですか? でも、この世界では魔法ってもう生活の一部なんですよね?」
私の質問に答えたのは、前を歩くカイアさんではなく、肩に乗っていた小七だった。
「ご主人様、魔法っていうのはねぇ、ご主人様の世界でいう『大型家電』みたいなものなんだよ」
「えっ?」
「確かに日用品ではあるけど、どこの家にも何台も置いてあるわけじゃないでしょ? それに、こんな田舎の村に家電量販店がないのと同じで、山奥にパソコン専門店が一軒だけ建ってたりしないでしょ?」
「あー、なるほど!」
さすが二つの世界を知っている小七だ。
今回の説明はとても分かりやすかった。
……戦いではほとんど役に立たないし、食いしん坊で、お金もかかるけど。
こういう時だけは本当に頼りになる。
小七の説明を聞いたカイアさんは、どこか納得いかないような顔をしながらも、商店街を歩き回って別の店を探し始めた。
私は彼の手に提げられた補給用の袋と、少しずつ夕暮れ色に染まり始めた空を見上げる。
そろそろ《晨光旅店》へ戻りませんか――そう声をかけようとした、その時だった。
カイアさんが急に足を速め、ある曲がり角でぴたりと立ち止まる。
私と小七は顔を見合わせ、不思議な予感を覚えながら慌てて後を追った。
「――Mist & Hammer(霧と槌)」
小七が、カイアさんの立ち止まった店の看板を読み上げる。
相変わらず私は文字が読めない。
二人の方を見ると――
カイアさんも小七も、信じられないという表情で店を見つめていた。
「えっ? どうしたの?」
首を傾げて尋ねると、二人は顔を見合わせ、ほぼ同時に叫ぶ。
「こ、ここは……魔道具屋だ!」
「ご主人様……バカ魔法使いの言う通り。このお店、本当に魔道具屋さんだよ」
「え? いいことじゃない! 夢だった魔法のお店なのに、どうしてそんな顔してるの?」
「全然よくないよ、楓鈴ちゃん!」
「ご主人様の世界で例えるなら……公衆トイレの中でりんご飴の屋台が営業してるくらい違和感あるんだよ」
「うわぁ、それは確かに変すぎるよ!」
小七の絶妙な例えのおかげで、二人が世界観を覆されたような顔をしている理由がようやく理解できた。
カイアさんは店の外をぐるりと一周し、建物をじっくり観察する。
赤レンガ造りの二階建て。
外観は清潔感があり、煙突も備わっていて、出入口も二つある。
見た目だけなら、なかなか立派なお店だった。
「楓鈴ちゃん、ハゲ神獣……中を見てみよう」
「『うん!』」
そう言うと、カイアさんは慎重にドアノブへ手を伸ばした。
ここまで警戒する必要があるのかな、とは思ったけれど、私は何も言わず二人について店の中へ入る。
ところが――
外の綺麗な赤レンガとは対照的に、店内は薄暗かった。
明かりは奥で燃える炉の炎だけ。
橙色の火がゆらゆらと揺れ、その弱々しい光だけが店内を照らしている。
天井の照明もなく、窓から差し込む光もない。
棚には様々な品物が並んでいたが、値札も説明書きも一切なく、まるで適当に置かれているようだった。
剣や弓、斧、鎧のような普通の武器なら理解できる。
だけど、それ以外は――
炎を灯したままの木の枝。
蔦が絡み付いた箒。
宙にゆっくり浮かびながら回転する骸骨。
そして、何かをぼそぼそ呟いているように見える水晶玉。
店の中は、何もかもが神秘的で、不思議で。
私は思わず息を呑んだ。
「か、楓鈴ちゃん……だ、大丈夫だからね! 俺と小七がいるから! もし何かあっても、ぼ、僕たちがちゃんと守るから! こ、これで分かったでしょ!? こんな田舎にまともな魔道具屋なんてあるわけないんだよ! さ、さあ、店主に見つかる前に早く――」
「すごーーい!! カイアさん! 小七! これ全部何!? 私、全部欲しい!!」
「『ええぇぇぇぇっ!?』」
驚いたのはカイアさんだけじゃない。
小七まで目を丸くして、まるで信じられないものを見るような顔をしている。
二人がどうしてそんな反応をするのかは分からない。
でも、このお店って最高じゃない!
「見て見て! あの光る玉! 昔見てた魔法アニメに出てきたのとそっくり! それにあっちは……空飛ぶ箒!? すっごくかっこいい!」
「はぁ……やっぱり子供だなぁ」
「カイアさん、私は最初から子供ですよ! それに、このお店って夢みたいなんですもん! 全部持って帰りたいくらい!」
「お、俺は買わないからね!? こんな子供を騙すためだけのお店の商品なんて絶対に買わない! だからそんな――」
――コトッ。
その時だった。
暖炉のある奥の木の床から、小さな物音が響いた。
私たち三人は同時に振り返る。
身体がぴくりと強張り、薄暗い影の奥へと視線を向けた。




