第五章 「霧と槌の影35」
食事を終えた後、私たち三人は揃って村の中へ向かった。
「こんにちは、小英雄ちゃん!」
「お嬢ちゃん、こんにちは!」
「リンちゃんだ! やっほー!」
旅館を出てまだ数歩しか歩いていないのに、村の人たちが次々と声をかけてくる。
正直なところ、私はみんなの名前をほとんど覚えていない。
それでも、こうして挨拶してもらえるのはとても嬉しかった。
そんなふうに手を振りながら歩いていると、隣のカイアさんが不満そうな声を漏らした。
「あーあ。みんな楓鈴ちゃんしか見てないなぁ、小英雄さん?」
「え? カイアさん、急に何言ってるんですか。感じ悪いですよ」
「別にぃ? たださ、昨日は俺だって一緒に魔物と戦ったのに、みんな『楓鈴ちゃんが村を救った』ってことしか覚えてないじゃん? そりゃ少しくらい拗ねたくもなるよ」
「ええっ!? そんなこと誰も言ってませんよ!」
「気付いてないだけでしょ。俺も一緒に歩いてるのに、みんな視線も挨拶も全部楓鈴ちゃんに向けてるじゃない」
そう言いながら、彼はぷいっと顔を背ける。
本当に怒っているというよりは――子供みたいに拗ねているようにしか見えなかった。
「バカ魔法使い、本当に子供みたいだね」
「なっ!? ハゲ神獣、お前今なんて言った!」
「そのままの意味だよ。そんなに拗ねるなんて子供以外の何なんだよ!」
また二人の言い争いが始まった。
私は苦笑しながら見守るだけにする。
するとカイアさんがふと思い出したように言った。
「それはそうと、楓鈴ちゃんの勇者の正体、まだバレてないみたいだね」
「……そうなのかな?」
「もしバレてたら、今頃誰かが『スヴァータ・ヘイムを何とかしてください!』って頼みに来てるはずでしょ」
「(そういえば……)」
クリス隊長の言葉は少し気になっていた。
でも昨日から今まで、誰一人として『スヴァータ・ヘイム』の話を持ち出してはいない。
私が考え込んでいると、小七が口を開いた。
「ご主人様、やっぱり勇者だってことは言わない方がいいと思うよ!」
「え? 小七?」
「だって、ご主人様がこの世界に来た理由は『魔王討伐』なんかじゃないでしょ? もう分かってるよね!」
「おお、珍しく意見が合うじゃないか、ハゲ神獣」
「でも……私は世界を救うために召喚されたんだよ?」
「ご主人様は少し勘違いしてると思うなぁ」
小七は羽をぱたぱた動かしながら続ける。
「ご主人様の強さは、戦うためのものじゃないんだよ。旅を無事に進めるための『便利機能』みたいなものであって、危険に飛び込むための力じゃないんだ」
「……」
「この世界にとって一番大事なのは、ご主人様自身なんだから。ご主人様が怪我をしたら、それこそ大損害なんだよ」
確かにその通りだった。
勇者の本当の役目は魔物を倒すことではない。
世界の状況を女神へ伝え、『黄昏期』の問題を解決してもらうことだ。
もし私が倒れたら――その時点で終わってしまう。
小七の言うことは正しい。
でも。
昨日みたいな状況を見捨てるのが、本当に正解なんだろうか。
もし晞夏がここにいたら、どうしただろう。
村を助けただろうか。
それとも見て見ぬふりをしただろうか。
――まあ、いいや。
何が正しいかなんて分からない。
でも私は昨日の選択を後悔していない。
あの時、自分が正しいと思ったことをしただけだ。
その結果、みんなが笑顔になれたのなら、それで十分じゃないか。
カイアさんも小七も私よりずっと賢い。
だからこそ色々考え過ぎてしまうのかもしれない。
でも、何もしないままセイビル村が滅びるのを見ていたら――その後で世界を救ったところで何の意味があるんだろう。
そんなことを考えながら歩いているうちに、私たちは今日の目的地へ辿り着いていた。
村の商店街だ。
カイアさんは私の頭をぽんと撫でる。
「難しいことは後で考えな。まずは補給だよ」
そう言ってにっこり笑った。
小七も大賛成らしい。
「行こう行こう! お買い物! お買い物! 食べ物ー! 甘い物ー!」
――しかし。
わずか五分後。
カイアさんの言う『補給』は終わってしまった。
食料品店で買い物を済ませ、そのまま帰ろうとしている。
「ええっ!? もう終わりなの!?」
「つまらなすぎるよ、バカ魔法使い」
「お前ら本当にうるさいな! 買い物したら帰る! 普通だろ!」
私と小七の不満にぶつぶつ文句を言いながらも、結局カイアさんは商店街を最後まで付き合ってくれた。
「ご主人様。バカ魔法使いって、もしかして『口は悪いけど優しい人』なのかな?」
「小七、『もしかして』じゃなくて最初からそういう人だよ」
「えっ!? そうだったの!?」
「だって普段ケンカばっかりしてるから気付かなかっただけでしょ」
棕狼事件の後から思っていた。
口も悪いし態度も悪い。
でも、ほとんど初対面の女の子にここまで気を遣える人が、本当に悪い人なわけがない。
(それに、フレアおばさんの話だと、宿代も全部カイアさんが立て替えてくれたらしいし。私がゆっくり休めるように、わざわざ高いファミリールームまで選んでくれたんだよね)
私と小七は先を歩くカイアさんを見ながら、こっそり顔を見合わせて笑った。
すると前を歩いていた本人が突然振り返る。
「楓鈴ちゃん、ハゲ神獣。次はどこ見たいんだよ!」
「うーん……そうだなぁ」
さっきまでに食料品店、服屋、パン屋は見て回った。
でも、特別面白いものはなかった。
せっかく異世界なんだから――
「魔法のお店に行きたい! 魔道具屋さん! カイアさん、連れて行って!」
「はぁぁぁっ!?」
カイアさんは盛大に叫び、頭をがりがりとかいた。
その表情は、なんとも言えない微妙なものだった。




