第四章 「サブリル村冒険の旅・後編32」
「わぁっ!」
あまりにも息の合った返事に、驚いたのは私だけじゃない。
カイアさんも小七も目を丸くしていた。
けれど次の瞬間には、まるで何事もなかったかのように宴会の騒がしさが戻ってくる。
フレアさんは笑いながら私の肩をぽんと叩いた。
「これはこの村独特の掛け声みたいなものなのよ。もう反射みたいなものね。
サブリル村は元々どこにでもある無名の田舎村だったの。でも『天糸』と『タロ果』っていう珍しい資源に恵まれたおかげで、今みたいな暮らしができるようになったのよ」
「でも今の、みんな同時に叫んでましたよね! すごい!」
「ふふっ。それだけアイダディが村に根付いているってことね。
村人が着る服も、馬の防具も、蹄鉄だってアイダディ製なんだから。
だから私たち、子供の頃からあの宣伝文句を叩き込まれて育つのよ」
「なるほど……」
私はうなずいた。
どこか懐かしい気持ちになる。
元の世界でも、晞夏と一緒にテレビのヒーロー番組を真似して、決め台詞を叫んだことがあったっけ。
今思い出すと少し恥ずかしい。
「楽しそうでしょ?」
「うん!」
そう答えた直後――
ぐぅぅぅぅ。
お腹が盛大に鳴った。
緊張が完全に解けたせいだろう。
「いただきます!」
私は思わず大きな声で宣言すると、目の前の料理に飛びついた。
どれも見たことのない料理ばかりだったけれど、驚くほど美味しい。
一口食べるたびに自然と笑顔になる。
周囲の大人たちも静かになり、優しい目で私を見守っていた。
まるで子供が安心して食事している姿を眺める家族みたいに。
けれど勢いよく食べすぎたせいで喉に詰まりそうになる。
慌てて果汁を飲み込んでいると、フレアさんがまた近寄ってきた。
「リンちゃん、何か食べたいものはない?
おばちゃん、大抵のものなら作れるわよ」
私は料理の並んだテーブルを見つめた。
本当は食べたいものがあった。
でも材料らしきものが見当たらない。
言おうかどうか迷っていると、フレアさんが先に口を開く。
「今並んでるのはお酒のおつまみ用だからね。
普段の食材はあんまり出してないのよ」
「えっと……それなら……」
「何かしら?
お肉? 魚?
高級食材でも頑張って探すわよ?」
「そうだぞー! 小英雄!
せっかくだから豪華なもの頼めー!」
「リンちゃんのためなら頑張って作るわ!
もちろん材料代はあの人たち持ちだけど!」
「高いものだけは勘弁してくれぇぇぇ!」
酔っ払いたちが騒ぎ始める。
私は思わず吹き出した。
そして頬を掻きながら、小さな声で言う。
「その……たぶん無いと思うんですけど……」
いつの間にか周囲は静まり返っていた。
みんな期待に満ちた目で私を見ている。
私は恥ずかしくなって俯いた。
蚊の鳴くような声で答える。
「……和風オニオンが食べたいです」
『えっ?』
フレアさんも、村人たちも、小七も、カイアさんも。
みんな揃って首を傾げた。
(あれ?
また発音変換がおかしくなったのかな?)
説明しようとした瞬間――
『あっはっはっはっはっはっ!!
なんだ! マリネ玉ねぎが好きなのか!』
「あっ……うん!
大好き!」
『変わった子だなぁ!』
『もっと豪華な料理頼めばいいのに!』
「本当に好きなんです!
すっごく美味しいんだから!」
『そこまで言うなら仕方ない!』
一人の酔っ払いが勢いよく立ち上がる。
『女将さーん!
マリネ玉ねぎ持ってきてくれー!
壺ごとだ! 壺ごと!』
「えっ!? そんなに!?」
ぐぅぅぅ。
お腹がまた鳴った。
『あっはっはっはっはっ!!』
なぜかみんな大笑いする。
理由は分からない。
でも楽しそうだったから、私もつられて笑った。
料理が来るまでの間、酔っ払いたちは代わる代わる私の頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。
髪はめちゃくちゃになったけれど、不思議と嫌じゃない。
むしろ胸の奥がぽかぽかしていた。
しばらくして、フレアさんが黒い壺を抱えて戻ってきた。
蓋が開く。
その瞬間――
中にぎっしり詰まった和風オニオンが姿を現した。
香りを嗅いだだけで、涙がこぼれそうになる。
フレアさんは丁寧に取り分けて、私の皿へ載せてくれた。
少し不安だった。
味が違ったらどうしよう、と。
けれど一口食べた瞬間――
懐かしい味が口いっぱいに広がる。
まるで元の世界で食べていたものと同じだった。
「おいしいっ!」
私は夢中で食べ始めた。
そんな私を見て、酔っ払いのおじさんたちはまた妙な笑みを浮かべていた。




