第四章 「サブリル村冒険の旅・後編31」
「このバカ、本当にしつれーなんだから。もぐもぐ……」
「口いっぱいにお肉を詰め込んだまま喋るほうが失礼だと思うよ、小七」
私の目の前にいるのは、もう見慣れた小七だった。
ただし、今の姿は以前とはかなり違う。
あの羽の抜け落ちた丸っこい姿では、とても神獣には見えなかったけれど――
今は全身を真っ赤な羽毛で覆われていて、食いしん坊なところさえ無視すれば、確かに「朱雀」らしく見えなくもない。
「ご主人、それはしょーがないんだよ! ごくん! だってさっき小七も、魔物と大激戦を……ごくん……したんだから――」
「何言ってるのか全然分からないよ! まず口の中のものを飲み込んでから話して!」
小七は素直に肉を飲み込んだ。
――が、次の瞬間。
目を見開き、苦しそうに首を伸ばした。
どうやら喉に詰まったらしい。
「ちょっ――!」
私は慌てて柑橘ジュースを器に注ぎ、小七の前へ差し出す。
小七はすぐに嘴を突っ込み、ぐびぐびと飲み干した。
ようやく息を整える。
「やっぱり小七は小七だね」
「い、今なんて言ったの、ご主人?」
「別にー。それより、どうして羽が生えてきたの?」
「あっ、そういえばまだ説明してなかったっけ!」
小七は胸を張った。
「小七の能力だよ!」
「能力? えーっと、『とぼける能力』と『高所恐怖症』と『食いしん坊』の三つじゃなかった?」
「ご、ご主人ーーーっ!!」
痛いところを突かれたらしく、小七は羽をばたばたさせながら猛抗議する。
私は思わず吹き出しそうになりながら、小七を捕まえてテーブルの上へ戻した。
「ご主人! 小七は本体ほど強くないけど、勇者のお供として召喚された特別な存在なんだからね! ちゃんと特殊能力くらいあるんだよ!」
「へぇ? 例えば?」
私が半信半疑で聞くと、小七は周囲をきょろきょろ見回したあと、声を潜めた。
「これは小七の能力の一つ――その名も『浴熱再生』!」
「おおっ! ……って待って。浴熱? 浴火じゃなくて?」
「ご主人……何言ってるの?」
小七は心底不思議そうな顔をした。
「小七は生き物なんだよ? 火の中でお風呂なんて入れるわけないじゃん」
「……」
思わず黙り込む。
言われてみれば確かにその通りだった。
鳥が火の中で入浴するわけがない。
でも――何かがおかしい。
ゲームとかテレビとかでは、朱雀ってもっとこう……炎そのものみたいな存在だった気がするんだけど。
ふと、ある考えが浮かんだ。
「小七……もしかして火、怖いの?」
その瞬間。
小七の動きがぴたりと止まった。
数秒の沈黙。
そして慌てたように顔を背ける。
「そ、そんなことないよ!? 小七は神獣朱雀なんだから! 火なんて怖いわけないでしょ!? ご、ご主人ったら変な冗談を――」
(やっぱりだーーーっ!!)
(高い所が苦手なだけでも十分なのに、朱雀なのに火まで怖いの!?)
(この世界どうなってるの!?)
今日何度目かも分からないツッコミを心の中で入れながら、私は深いため息を吐いた。
そんな私の反応に気付いたのか、小七は慌てて飛び上がる。
「ご主人! 今のは能力の一つって話だからね! 小七は神獣だけど、魔物でもあるんだよ! 攻撃力は高くないけど、ちゃんと戦えるんだから!」
「本当に?」
「もちろん!」
小七は得意げに胸を張る。
「夜影とあのバカ魔法使いと一緒に戦ったんだから! 小七たちは村で魔物と大激戦だったんだよ!」
「夜影とカイアさん? じゃあ三匹目の魔物は本当にみんなが倒したんだ?」
「当然だよ!」
小七はさらに胸を張った。
「小七が颯爽と登場して、二人とも危ないところを助けたんだからね!」
その話を聞いた瞬間、私は急に興味が湧いてきた。
どんな戦いだったのか聞こうとした――その時。
「リンちゃん、全然食べてないじゃない!」
明るい声が聞こえた。
振り向くと、フレアさんが湯気の立つ料理を二皿運んでくるところだった。
「おおーっ! 新メニューだ、女将さん!」
「お前たちおっさん連中は酒でも飲んでなさい!」
フレアさんはぴしゃりと言い放つ。
「これはリンちゃんのために作ったんだから!」
『ええーーっ!?』
村の大人たちが一斉に不満の声を上げた。
「はい、リンちゃん。食べてみて」
フレアさんは優しく微笑みながら料理を私の前に置いた。
「おばちゃん、頑張って作ったんだからね」
そして付け加える。
「もちろん代金はあの人たち持ちだけど」
『それは不公平だろーーーっ!!』
みんなのやり取りを聞いていると、自然と笑みがこぼれた。
やっぱり、この村の大人たちはみんないい人だ。
その時だった。
視界の端に、誰かの視線を感じる。
見ると、遠くでエイスさんがこちらを見ていた。
けれど目が合った瞬間、何事もなかったかのように酒を飲み始める。
「リンちゃん、エイスおじいちゃんとも知り合いなの?」
「うん!」
私は靴へ視線を落とした。
「今日ルミナに工場を案内してもらったの。最初は怖い人だと思ってたけど――」
思わず笑顔になる。
「すごく素敵な靴をくれたんだ!」
「えっ!? あのエイスおじいちゃんが!?」
フレアさんは目を丸くした。
そして何か思いついたように、私の耳元へ顔を寄せる。
こそこそと何か囁いてきた。
……正直、意味はよく分からなかった。
でもなぜかフレアさんは悪戯っぽく笑っている。
私は言われるまま立ち上がった。
ものすごく恥ずかしい。
普段の三分の一くらいの小さな声で呟く。
「……流行に乗りたいなら……買うべき……」
自分でも聞こえるか怪しいほど小さな声だった。
なのに――
さっきまで騒がしかった会場が、一瞬で静まり返る。
そして次の瞬間――
『サブリル村のアイダディ!!』
村人全員が声を揃えて叫んだ。




