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第三章 「サブリル村冒険の旅・前編27」

「魔法が……使えなくなる?」


「えっ? 楓玲さん、もしかして魔法そのものも知らないの?」


「え、えっと……知らないっていうか……実際に見たことがないというか。」


「ええ? だって、あの魔法仕掛けのお人形を連れてるじゃない。」


「(カイアさん! そういう大事なことは先に言っておいてよ! どう説明すればいいの!?)」


 私がしどろもどろになっていると、ルミナは小さくため息をついた。


 そして足元に落ちていた細い枝を拾い上げると、不意に私の手を取る。


「ちょ、ちょっと待って、ルミナ。何を――きゃっ!」


 枝の先が手の甲をちくりと刺した。


 小さな痛みが走る。


「動かないで。大丈夫だから。」


 優しい声だった。


 けれど、不思議と逆らえない強さもあった。


 手の甲から赤い血がにじむ。


 ルミナはもう片方の手を傷口の上にかざし、小さく何かを唱えた。


 次の瞬間――


「わあっ!」


 柔らかな金色の光が彼女の掌から溢れ出す。


 すると、痛みはみるみる消えていき、傷口も私の目の前で塞がっていった。


 ルミナが微笑みながら手を離す。


 そして私は――


 興奮のあまり飛び跳ねそうになっていた。


「すごい! ルミナ、すごすぎるよ! 今の何!? めちゃくちゃ綺麗だった!」


 私があまりにも大騒ぎしたせいだろう。


 ルミナは少し頬を赤くしながら、照れたように頬を掻いた。


「こ、これは私の光魔法、『恩恵ギフト』だよ。まだ上手じゃないけど、このくらいの傷なら治せるの。」


 そう言ってから、彼女は少し首を傾げた。


「それに……工場でも魔法を見たでしょう? 職人さんたちが水槽から液体を取り出していた時のあれも魔法だよ。正確には魔法道具にあらかじめ魔法が込められていて、その力を使ってるんだけどね。」


「本当!? でも私、工場の魔法道具よりルミナの魔法の方が好き! 本当にすごかったもん!」


「と、とにかく!」


 ルミナはくるりと背中を向け、ぱたぱたと手で風を送りながら話を続けた。


「普段は四大神獣を恐れている魔物たちも、この時期になると活発になるの。そして神獣たち自身も……女神様がいない間は、ちょっとだけいたずらをしたりするんだよ。」


「それ、普通に悪い子じゃない!?

 しかも絶対わざとやってるよね!?」


「神獣たちは人を傷つけたいわけじゃないの。」


 ルミナは少し振り返りながら言った。


「ただ、力の差が大きすぎるんだよ。神獣たちにとっては軽い冗談でも、私たちにとっては大災害になっちゃう。だから『無意識の破壊』って呼ばれているの。」


「じゃあ勇者の仕事は、暴走した神獣たちを止めて世界を救うこと?」


「違うよ。」


 ルミナは首を横に振った。


「そういう出来事を記録して、女神様に報告すること。女神様が神獣たちを叱ってくれるんだよ。」


「……つまり勇者って、何もできないの?」


「そんなことないよ。」


 ルミナはこちらを見つめながら続ける。


「でも神獣を追いかけ回すより、女神様を見つける方がずっと早いの。だって、この期間は神獣だけじゃなくて魔物も暴れるでしょう? どんな勇者でも、一人で全部を止めるなんて無理だから。」


「つまり――勇者は女神様を探して、この期間に世界で起きたことを全部伝える。そして女神様が人間の権能を元に戻して、魔物に対抗できるようにする。神獣たちも女神様には逆らえないから、大人しくなる……そういうこと?」


 私がそうまとめると、ルミナは嬉しそうに笑った。


「楓玲さんって、本当に世間知らずなのに頭の回転は速いよね。」


「うっ。」


「その通りだよ。女神様がいない間は、魔法が消えて、魔物が活発になって、神獣たちも騒ぎ出す。私たちはその時代を『黄昏期』って呼んでるの。」


「面倒だなぁ。

 テストで0点取って落ち込んでるのに、その答案用紙をクラス中に見せ回されるみたいな感じ?」


「どうして焼き肉にお湯をかける話になるの?」


「ご、ごめんなさい!」


(何でそう変換されるの!? 発音システム仕事しすぎでしょ!?)


「逆に、女神様も神獣たちもちゃんといる時代は、人間は豊富な魔法を使えるし、魔物も比較的おとなしいの。」


 ルミナは穏やかに続ける。


「それを『諸神期』って呼ぶんだよ。」


「なるほど。

 家に大人がいる時が『諸神期』で、いない時が『黄昏期』って感じか。」


 私は腕を組みながら頷いた。


「そう考えると、魔物ってちょっとやんちゃな子供みたいで可愛いかも。」


「ふふっ。」


 ルミナは思わず口元を押さえた。


「そんな例えをする人、初めて見たよ。確かに可愛いかもしれないけど、その子たちは家を壊すからね?」


 私たちは顔を見合わせて笑った。


 そしてルミナは少しだけ真面目な顔になる。


「じゃあ最後に一つだけ。

 楓玲さんは『黄昏期』と『諸神期』、どっちで暮らしたい?」


「それはもちろん諸神期!」


「だよね。」


 ルミナは満足そうに頷いた。


「みんなそう思ってる。だから勇者様には早く女神様を見つけてほしいの。黄昏期は短ければ短いほどいいから。」


「なるほど。

 魔法が使えないのは危険だもんね。」


「その通り!」


 ルミナは嬉しそうに笑いながら、子供を褒めるみたいに私の頭を撫でた。


 いやいや。


 同い年だよね!?


 どうしてルミナは優しいお姉さんみたいなのに、私は小学生扱いされてるの!?


 私の心を見透かしたように、ルミナはくすくす笑っている。


 恥ずかしくなった私は、慌てて話題を変えた。


「でもさ、それって女神様も世界も可哀想じゃない?

 やっと休めるのに。」


「そうかもしれないね。」


 ルミナは少し考えてから答えた。


「でも、それも女神様自身が決めたルールだから。」


「なんだか申し訳ない気がするなぁ。」


「ふふっ。」


 ルミナは微笑んだ。


「これで説明は終わりかな。本当は勇者様の旅についてもっと細かい話もあるんだけど、そこは省略ね。」


「ううん、大丈夫!

 もうちゃんと理解できたよ! ありがとう、ルミナ!」


「どういたしまして。私もこんな説明の仕方は初めてだったから、すごく楽しかったよ。」


 私たちは顔を見合わせて笑った。


 ルミナのおかげで、この世界のことがだいぶ分かってきた気がする。


「あっ、そうだ! 大事なことを言い忘れてた!」


 ルミナが何かを思い出したように声を上げる。


「旅を終えた勇者様は、女神様に一つだけ願い事を――」


 その瞬間だった。


 ドォンッ!!


「――きゃあああっ!!」


「――あああああっ!!」


 私たちが歩いている道の先。


 つまり、村の方角から――


 凄まじい轟音と、人々の悲鳴が風に乗って響いてきた。


 しかも一人や二人じゃない。


 大勢の叫び声だった。

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