第三章 「サブリル村冒険の旅・前編26」
「この先、本当にもう見て回る場所はないよ? 無理やり挙げるなら……訓練場くらいかな。見に行ってみる?」
「嫌! 絶対に嫌!」
私はほとんど反射的に叫んでいた。
あまりにも勢いよく否定したせいで、自分でも少し驚いてしまう。
当然、ルミナもびくりと肩を震わせ、一歩後ろへ下がった。
その瞳には、わずかな驚きが浮かんでいる。
私は慌てて頭を下げた。
しかし彼女は気にした様子もなく、柔らかく微笑みながら呟く。
「楓玲さんって、そんなに訓練場が嫌いだったんだね。」
私は答えなかった。
今の表情を見られたくなくて、ただ顔を背ける。
ルミナもそれ以上は追及せず、静かに私の隣を歩き続けた。
そんな風に、私たちは村へ戻る道を並んで進んでいく。
さっきの一件のせいで、何を話せばいいのかわからなくなってしまった。
しばらく考えた末、私はこの機会に気になっていたことを全部聞いてしまおうと決める。
「ルミナ……ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
「ん? 楓玲さん、何を聞きたいの?」
「えっと……前に話したよね? 私、他の国から来たって。」
少し照れながら頬を掻き、私は続けた。
「だから……こっちの常識を教えてほしいなって。」
「もちろん!」
ルミナは歩調を緩め、私の隣に並ぶ。
「楓玲さんのためなら、私が知ってることは何でも教えるよ。」
私は慎重に言葉を選びながら、一番気になっていた疑問を口にした。
「勇者って……いったい何なの?」
「……え?」
ルミナはぽかんと目を丸くした。
私は慌てて補足する。
「いや、その……前にカイアさんが、勇者はすごく強い人だって言ってたんだけど、どうして強いのかまでは教えてくれなくて……。」
「ああ、そういうことか。」
ルミナは納得したように頷いた。
「でも前に楓玲さん、自分で勇者だって言ってなかった? なのにそんなことも知らないなんて、不思議だなぁって思っちゃった。」
「あ、そ、そうだよね。あはは……あははは。」
私は乾いた笑いで誤魔化した。
ルミナはどう説明するか考えるように顎へ手を添える。
その様子を見て、私は質問を変えることにした。
「ごめん、ルミナ。じゃあさ――勇者が倒さなきゃいけない『魔王』って、どんな生き物なの?」
「魔王?」
ルミナは首を傾げた。
「新種の動物?」
「えっ?」
「それに、どうして勇者が倒さなきゃいけないの?」
「ええっ!? ルミナ知らないの!?」
「聞いたことないよ? そんなに有名なものなの?」
困惑している様子を見る限り、嘘をついているようには見えない。
私は別の聞き方を試してみる。
「じゃあ、世界を滅ぼそうとしてる超悪い奴が復活しようとしてて、それを止めるために勇者が召喚されるとか……。」
「へぇー。勇者様ってそんな大変なお仕事があるんだ。」
「いや、私もよく知らないんだけど……。」
駄目だ。
召喚された理由が全然わからない。
ゲームだったら普通そうじゃない?
魔王を倒して、世界を救って、ついでに仲間を集めて――。
なのに私の場合、魔王がいるかどうかすらわからない。
もう本当に何なの、この世界!
大した用事がないなら早く家に帰してよ!
人を勝手に異世界へ呼び出さないでほしいんだけど!
私が一人でむくれていると、ルミナが不思議そうな顔で言った。
「勇者様のお仕事は、女神様の代わりに世界を見て回ることだよ?」
「女神様の代わりに?」
私が聞き返すと、ルミナは本気で驚いた顔になる。
「楓玲さん、それも知らないの?」
「ご、ごめん。私の国では聞いたことなくて……あはは。」
またしても苦笑い。
ルミナは一瞬、
――どんな国なのそれ?
と言いたげな顔をしたが、すぐにいつもの笑顔へ戻った。
そして、本当に一から説明を始めてくれる。
「女神様っていうのは、この世界を統べる一番偉い存在なの。」
「一番偉い存在?」
「楓玲さんにわかりやすく言うなら、『一番上の社長さん』みたいな感じ!」
そう言うと、ルミナは少し恥ずかしそうに頬を膨らませた。
その小さな気遣いが、なんだか嬉しい。
「でも世界はとっても広いから、女神様一人じゃ管理しきれないの。」
ルミナは指を四本立てた。
「だから自分の権能を四つに分けて、四体の存在へ託したんだよ。」
「四体って……。」
「青龍、白虎、朱雀、玄武。」
「そこは知ってる。」
「えっ、知ってるの!?」
「うん。前に小七――じゃなくて、カイアさんが教えてくれたから。」
「ああ、なるほど。」
ルミナは納得したように頷く。
そして話を続けた。
「でも女神様は、四大神獣だけに力を与えるのは危険だと思ったの。」
「危険?」
「うん。だから権能の一部を人にも分け与えたんだよ。それが――魂力。」
「魂力って、つまり魔力のこと?」
「そうだよ。」
ルミナは微笑んだ。
「女神様は、人々が危険から身を守れるように、その力を与えたの。」
「危険って……四大神獣が世界を壊しちゃうとか?」
「半分だけ正解かな。」
「半分?」
私は眉をひそめる。
ルミナは小さく頷いた。
「神獣たちは、別に世界を壊そうとしてるわけじゃないの。」
「じゃあ?」
「時々、無意識のうちに被害を出しちゃうことがあるんだよ。」
「無意識で?」
「うん。」
私がさらに質問しようとすると、ルミナは人差し指をそっと私の唇へ当てた。
まるで先生が「静かにね」と言うみたいに。
「人間も四大神獣も、力の源は女神様から来てるの。」
彼女は優しく語る。
「そして女神様の力は、この世界そのものから生まれている。」
一度言葉を区切り、少しだけ真剣な表情になった。
「でも、世界の力は無限じゃないんだ。」
「……。」
「だから女神様は、定期的に休まないといけないの。」
森を抜ける風が静かに吹いた。
ルミナは遠くを見るような目で続ける。
「世界が本来の姿へ戻るための時間。そして――その期間こそが、一番危険な時代。」
「どうして?」
私が問いかける。
するとルミナは静かに答えた。
「その間、人々は少しずつ権能を失っていくから。」
「権能を……?」
「うん。」
彼女は小さく頷いた。
「つまり、人間が魔法を使えなくなっていくの。」




