第三章 「サブリル村冒険の旅・前編25」
工場を後にした私とルミナは、そのまま村への帰り道を歩いていた。
道中、私は何度も新しい靴の性能を試していた。
たとえば、思いっきり地面を踏み込んでも足の裏が痛くならないかとか、全力で走った後に急停止しても滑らないかとか――そんな子供っぽい実験ばかりだ。
そして結論。
どれだけ試しても、この靴には欠点らしい欠点が見当たらなかった。
ほとんど完璧と言っていい。
「ふふっ。楓玲さん、ずいぶん気に入ったみたいだね。」
「べ、別に!? た、ただ靴に問題がないか確認してるだけだよ! あの怖いおじいさんが、あんな高価そうな物を親切でくれるわけないじゃん! きっと、きっと何か欠陥があるに決まってるんだから!」
「ふふふ。」
ルミナは私の反応を見て楽しそうに笑う。
うぅ……恥ずかしい。
新しい靴を履いただけで嬉しくなって、ぴょんぴょん跳ね回るなんて、まるで子供みたいじゃない。
……あれ?
私、もともと子供だった。
ルミナはまるで微笑ましいものを見るような目で私を見ている。
その優しくて包み込むような視線に耐えられなくなって、私は慌てて話題を変えた。
「そ、そういえばさ……どうしてこんな田舎に工場なんてあるの?」
「うーん、それはね……ちょっと待ってて、楓玲さん。」
そう言うと、ルミナは道端の小さな森へ入っていった。
数秒後。
戻ってきた彼女の手には、赤い果実が握られていた。
どこか見覚えがある。
「楓玲さん、これね――」
「タロの実?」
「えっ? もう知ってたの?」
「うん。あの臭いガスを噴き出す果実でしょ!」
私が露骨に嫌そうな顔をすると、ルミナはいたずらっぽく微笑んだ。
「残念だなぁ。知らなかったら絶対面白かったのに。」
「ルミナ……絶対私に潰させるつもりだったよね?」
彼女は目を閉じて、ぺろっと舌を出した。
完全に悪戯がバレた子供の反応だった。
「それで、その実と工場に何の関係があるの?」
私が尋ねると、ルミナは果実を軽く揺らしながら説明する。
「これはタロの実っていう果物なの。普通の人は『臭くて気持ち悪い』って思うんだけど、ちゃんと工場で精製すると、中に含まれてる油分を高品質な天然ゴムに変えられるんだよ。」
「なるほど……だから工場があるんだ。」
「それだけじゃないよ。もう一つ大事な理由があるの。」
そう言ってルミナはタロの実を私の手に乗せる。
そしてポケットから、さっき私の涙を拭いてくれたハンカチを取り出した。
彼女はそれを広げながら説明する。
「これは『天糸』で作られたハンカチなの。」
「天糸?」
「うん。この糸は強度、防水性、着心地、その全部が最高クラスなの。他の糸じゃ全然敵わないくらい。」
「じゃあ、まさか……」
「そのまさかだよ。」
ルミナは得意そうに胸を張った。
「エイダディの服も手袋も帽子も、全部この最高級の天糸で作られてるんだ。」
丁寧な説明を聞きながら、私はふと疑問を抱く。
「でもルミナ、それなら他の場所でも手に入れられるんじゃないの?」
「それが無理なんだよ。」
「えっ? どうして?」
「だって、この二つの資源は――サブリル村の周辺にしか生えないから!」
彼女は村の方角を見つめながら誇らしげに言った。
その瞳には、優しさと誇りが溢れている。
……まあ、それも当然か。
だってエイダディは、彼女たちの自慢なんだから。
「なるほどね。だからエイダディが有名なんだ。」
「そういうこと!」
説明を終えたルミナは、私の手の上にあったタロの実をひょいっと持ち上げる。
そして――
「えいっ♪」
森の奥へ向かって放り投げた。
数秒後。
ぶわっ、と。
風に乗って凄まじい悪臭が流れてくる。
かなり遠くへ投げたはずなのに、それでも十分臭かった。
「うわっ……!」
私は思わず鼻を押さえる。
ルミナは慣れた様子で笑った。
「だからこの辺を歩く時は足元に気を付けてね。もし踏んじゃっても絶対に走っちゃダメだよ?」
「どうして?」
「臭いを撒き散らしながら移動することになるから。」
「最悪じゃん!」
「ふふっ。でも村のみんなは慣れてるよ。」
「私は絶対慣れたくない!」
私は慌てて周囲を見回した。
地面にタロの実が落ちていないか、念入りに確認する。
「ふふふ。楓玲さん、本当に靴を大事にしてるね。」
「ち、違うから! これは高級な靴だから――じゃなくて! あの臭いが付くのが嫌なだけだから!」
私は慌てて否定する。
するとルミナはまた楽しそうに笑い出した。
どうしてだろう。
同い年くらいの女の子なのに、ルミナの方がずっと大人っぽく見える。
……なんだか悔しい。
でも、おかげで分かったこともある。
前にルミナが言っていた。
――工場で事故が起きた時、一時期は周辺の生き物が近づけなくなった。
その理由。
たぶん間違いなく、このタロの実だ。
想像しただけで鳥肌が立つ。
こ、怖すぎる……。




