第三章 「サブリル村冒険の旅・前編24」
「じゃあ、私が何か買えば見学してもいいんですよね!」
「お前みたいな子供に、そんな金がどこにあるんだ。ほらほら、さっさと保護者を連れて出直してこい。」
「そ、そんな言い方しなくてもいいじゃないですか! 酷すぎませんか!?」
「やかましいガキだな。ルミナ、遊ぶなら外で遊べ。今うちがどんな状況か、お前だって分かっとるだろ。」
「……はい。」
ルミナはしゅんと肩を落とした。
……何なのこの人。
ルミナが“優しいおじさん”みたいに言ってたから少し期待してたのに、今日会ってようやく分かった。
このおじいちゃん、性格がひねくれすぎてる!
私はむっとしながらルミナの手を引き、その場を離れようとした。
けれど彼女はそっと私の手を離し、エースおじいちゃんへ向かって深く頭を下げる。
「エースおじいちゃん、本当にごめんなさい。ちゃんと分かってたんです。でも、だからこそ最後に……」
「お前の気持ちは分かっとる。だが、それと大人の仕事を邪魔していいかは別の話だ。」
「……はい。ごめんなさい、エースおじいちゃん。」
ルミナが叱られている姿を見て、私は納得いかなかった。
確かに、大人の仕事を邪魔しちゃいけないっていうのは正しい。
でも――だからって、子供相手にこんな態度を取らなくてもいいじゃない!
胸の奥からじわじわと怒りが込み上げてくる。
私は再びルミナの手を引き、今度こそ階段へ向かおうとした――その時だった。
「おい、そこのお嬢ちゃん。」
呼び止められて振り返る。
けれどエースおじいちゃんは、こちらを見ることもなく、相変わらず作業を続けていた。
「……何ですか?」
「次から気をつけろ。そんなボロボロで汚れた靴を履いて、人様の仕事場を歩き回るな。見てるだけで品がない。」
「なっ――」
言い返そうとして、私は思わず自分の足元を見下ろした。
その靴は、一年前に買った古い靴。
今日だけでも森を歩き回り、ブラウンウルフと戦い、泥だらけになって、今ではひび割れだらけのボロボロ状態だった。
“肉体転生”のルール上、今の私は現実世界の身体を複製した存在。
つまり、この世界で靴を履き替えても、現実の私には何の影響もない。
……それでも。
私はエースおじいちゃんを睨み返した。
「この靴、ボロボロでも私にとって一番大事なものなんです! これは……弟の晞夏が、私のために選んでくれたプレゼントで……私が一番大好きな、大切な靴なんです!」
言い終わった瞬間、私は自分が思った以上に感情的になっていたことに気づいた。
ルミナだけじゃない。
階下で働いていた工員さんたちまで階段を上がってきて、こちらを覗き込んでいる。
恥ずかしくなって俯いた、その時だった。
エースおじいちゃんが手を止め、ゆっくり私の前まで歩いてくる。
「儂は工場を汚されるのが嫌いなんだ。そんなに大事な靴なら、なおさらこんな田舎道を履いて歩き回るもんじゃない。すぐ壊れるだろうが。まったく、ガキってのは物を大事にする感覚が足りん。」
そう言いながら、彼はしゃがみ込み、私の靴のサイズをざっと確認すると、階段の方へ向かって怒鳴った。
「おい、お前ら! この騒がしいガキどもをA0区画へ連れて行け! 代わりの靴を持ってこい!」
「えっ……? A0区画ですか?」
階段にいた工員の一人が目を丸くする。
「何をぼさっとしとる! さっさと連れて行け!」
エースおじいちゃんは面倒くさそうに手を振った。
工員さんたちは慌てて駆け寄り、私たちを階段へ案内する。
そして、階段へ入る直前――再びエースおじいちゃんの声が飛んできた。
「勘違いするなよ、小娘。A0区画にあるのは全部、儂の失敗作だ。売り物にもならん靴ばかりだが、好きなのを選んで履いていけ。……次からは汚い靴で人の職場に来るんじゃないぞ。」
そうして私たちは階段を下り、“A0”と書かれた部屋へ案内された。
工員さんが慣れた手つきでカードキーを使って扉を開ける。
中に並んでいたのは――思わず息を呑むほど高級そうな靴ばかりだった。
私が呆然としていると、ルミナが嬉しそうに私の手を引く。
「せっかくだし、一足もらっちゃおうよ!」
工員さんたちは棚から好きなデザインを選ばせてくれて、さらに箱の中から私のサイズに合うものを取り出してくれた。
そして――履いた瞬間。
「……すごい。」
思わず声が漏れた。
身体がふわっと軽くなる感覚。踏み込んだ力が、そのまま綺麗に返ってくる。
まるで少し跳ねるだけで、そのまま空を飛べそうだった。
……もちろん、本当に跳んだりはしない。
まだ私は、“勇者の力”の加減を覚えてないから。
私が感動しながら歩き回っていると、工員さんの一人が小さな革袋を持ってきた。
「ほら、元の靴はここに入れて持って帰りな。」
「ありがとうございます!」
私は慌てて頭を下げ、革袋を受け取る。
改めて元の靴を見ると、本当にボロボロだった。靴底なんて、完全に擦り減って平らになっている。
「こりゃあ、すげぇな……」
一人の工員さんが呟く。
すると別の工員さんも笑いながら続けた。
「ここまで履き潰してもらえたら、靴も本望だろうよ。」
「そういうものなんですか?」
「『もちろんだ!』」
「できれば、その靴と同じくらい大切にしてやってくれ。その靴は実は――」
「……?」
私は首を傾げてルミナを見る。
彼女はただ、意味深に微笑むだけだった。
すると案内してくれていた工員のおじさんが、そっと私の耳元へ顔を寄せ、小声で囁いた。
「その靴な――この国最高の職人、エース工場長が最初から最後まで一人で作った、VIP向け特注品なんだよ。」
「えっ……?」
「王族とか教会の偉い奴らくらいしか手に入れられねぇ代物だ。しかも普通は、金を積まれても売らねぇ。」
おじさんはニヤリと笑う。
「だからよ、お嬢ちゃん。“失敗作”ってやつを、大事にしてやんな。」




